第5話 ネーミングだよ。運営捻くれてるな
前話のイキシア、アスタ、ベリーの買い物報告と、霞と影野との合流の間の話です。時系列前後になっててすみません。
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時は少し戻り───
そこは日差しが入ってこず、かと言ってしっかりと照らすランプもなく、仄暗い。行き交う人たちは、頭を刈り上げた厳つい男たちや、目の細いがたいのいい大柄な爺さんばかりで女はほとんどいない。いても、たいていは物言わぬ体にされて隅っこに転がされているか、男に媚びへつらっているかのどちかだ。
イキシアはそんな混沌の中を先ほどと同じように、素早く最低限の動きで駆けていった。違う点はアスタの上にベリーを乗せて抱えているところくらいのものだ。ここは道が狭いため、荷物のように両手に片方ずつ抱えてとはいかなかったからだ。
5分近く走って、ようやく目的地が見えてきた。そこはぱっと見、他と同じオンボロの一軒家だ。しかし、その窓には模様が描かれている。人と、狼と、木と……。チュートリアルで選択肢にあった種族を象徴するものだろう。
その扉を開くと、そこには魔法陣の型が彫られていた。
「もういいぞ」
イキシアはアスターとベリーの目隠しと耳栓を外した。
「ここなのですか?」
ベリーには魔法陣が見えていないようだ。対して、アスターは魔法陣を見据えている。
「いや、目的地はまだだ」
魔法陣の中心に立つと、アスターとベリーを手招きする。
「アスタ」
「はい」
アスターが魔法陣の中心部分に手を添え、魔力を流し込む。鈍く光ると、段々と彫られた溝が魔力で見たされていく。
しばらくし、魔法陣にその光がいきわたると3つの人影は一瞬にして消えた。
眩い光が収まると、それほど長くない列の最後尾に立っていた。
「成功だ」
おそらく、その列に並ぶ大半がイキシアと同じプレイヤーだろう。
「若様、先ほどのものはどういうものなのでしょうか?」
「ああ。話せば、長くなるから、掻い摘んで話そう。質問はまた今度だ。」
「あれは転移の魔法が刻まれた魔法陣だ。ただ、誰にも使えるわけじゃない。俺とアスターは初めてここに来た。初めてここに来てから1週間以内であれば、1回だけそれを使える。複数人で転移した場合もその魔法陣の中にいた人はカウントされる。だから、今アスターだけが魔法を発動していたが、俺も、もうこの転移は使えないということだ。」
「なるほど。疑問は尽きませんが、理解いたしました。」
今度はきちんと検問所を通ってきているので、歩いてきている。そのため、少し約束の時間に遅れそうだが、アスターが街並みも楽しんでいるから仕方ない。
この街は、転移先に設定されている公式公認の所謂始まりの街である。しかし、やはり運営がそんなプレイヤーにとって美味しいことをするはずがない。
「それにしても狭いですね」
「でも、空がとても澄んでいて綺麗です!」
そして、それは大当たりだ。この町の住人は100人いるかいないかのかなりの田舎だ。そのため、店も最低限しかなく、不便だ。おそらく、ここにプレイヤーが長く留まるのを防ぎたいのだろう。地図に表示されていた「始まらない街」と言うのも納得だ。ここにいても、何も始まらないだろう。
アスターが目をキラキラと輝かせている間に、最低限の薬や使用済みの魔石は手に入れた。勿論、こんな僻地に冒険者ギルドがあるわけがなく、代わり村長の家で
収集されていたので、そこでもらった。
◆◆◆
「何も言わずに連れてくるとか誘拐だよね。ごめんね。こんな兄で。あっ、お察しの通り、シアン───イキシアの妹です。リリスって呼んでね。よろしく!」
2人が好き勝手、自己紹介を始めた。
「リリスに同じくだ。僕はローだ。よろしく」
「ローは怖くないから、安心してね。補足すると、シアンの数少ない親友ってとこ。うん? 少なくない? いや、それは友達でしょ。心許せる親友はローくらいだよね」
「承知しております。若様はバカ様ではありますが、弱様ではありませんので。お二人の罰を逃げずにきちんと受けるところを見ますと、その信頼具合が分かります」
ローは満更でもないのか、何も反応しない。
「うんうん。良くわかってる! えらいえらい」
そう言って、2人はベリーの頭をナデナデした。
「それで、もう準備はできたのか?」
「うん。バッチリ」
「……」
ローの沈黙は工程だ。それを2人も雰囲気で読み取ったのか、スムーズに行っていっいる。
「よし、草原でレベル上げしに行くぞ!」
「うん!」
「……」
イキシアも何気に楽しみにしているのだ。そのため、顔にはニヤリという笑みを浮かべていた。
◆◆◆
通称、始まらない町───ラグナロク。その地は一方を山に、その他を広い草原に囲まれている。近くに他の村や国などはなく、行商人もめったにこない。そんな隔離された地だ。
そのどこまでも続きそうな草原を走っていた。草しかない光景だが、その開放感溢れるそこは不思議にもあまり飽きなかった。アスターは先ほどの村よりも落ち着いてはいるものの、やはり興味が尽きないらしく、目をキョロキョロとさせていた。
「〈ターゲット〉〈ピアス〉」
───ヒュン
リリスがつがえた弓から10数本の矢が山なりに飛んだかと思うと、数メートル先のスライムたちの群れを襲った。矢はスライムの体を貫き、串刺しにした状態で地面に縫い付ける。
スライムはその軽さ故に、地面と離れることができない。スライムは軽く、驚異的な速さを持つが、力や技術、知能では劣るため、速さを封じてしまえば大したことはない。
「〈ファイヤー〉」
そして、その瞬間にアスターが魔法を放ち、スライムたちを火だるまにした。
「アスターちゃん。凄いよな。スライムってHPばか高いのに、一発とか。僕たち、もう何もしなくて良くない?」
「そんなわけないだろ。来たぞ」
火だるまを逃れた3匹と火だるまの影響受けながらも軽傷の3匹がこちらに向かってくる。
「ヘイヘーイ」
イキシアとローが前に出る。
「〈青嵐〉〈多重〉」
「〈狼煙〉〈多重〉」
数多の碧色の斬撃と緋色の斬撃がスライムを切り刻む。勿論、〈多重〉で斬撃の数を増やすと言っても、今の2人のレベルではせいぜい一振りで1つの斬撃が3倍が関の山だ。だが、2人合わせて50近くの斬撃を一瞬のうちに繰り出すのは単に2人のゲームスキルが成せる業だ。
ちなみにベリーは1人、イキシアが投げた斧で固定されている1匹と格闘中だ。
「このままいけば、1時までにはログアウトできそうだな」
「悪いな。明日も習い事があるから」
「あーっ! シアン、それ言ったら、フラグに───」
───ドーンッ
すると突然、霧が立ち込めるとともに、大きな影が10メートルほど先に立ちはだかった。
「……」
「もう、お兄ちゃんのせいじゃん!」
「若様のせいかと」
「すみません。私かもしれません」
「俺のせいにされているのは不本意なんだが……行くぞ!」
「うん!」
「了解」
「かしこまりました。」
「はい!」