第4話 それ誤解なんだが……
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「若様、わざわざお迎えに来てくださりありがとうございます」
あ、これで確信した。もともとそうだと思っていたが、魔石を置いて行かなかったのは確信犯だ。
心の中ではそう毒づきつつも、反抗する暇を与えられず、ベリーの1人無双が繰り広げられる。
「それでこの娘はどうなさるおつもりですか。私は、またあの場所に戻るつもりは毛頭ございません。私にお命じください。そうすれば、この娘の処遇は私1人でこなしましょう。若様が心配することは何もございません。いえ、怒ってなどおりませんよ。若様のご趣味について差し出がましく申し上げることはございませんので、ご安心ください。」
そこで、ようやく区切られた。ベリーの攻撃は言葉こそマイルドだが、そこに含まれた意味はかなりドキツイ棘がてんこ盛りだ。
「いや、それは誤解で、この子に手は出していない」
「では、私が見たのは幻覚でしたか? 壁際でこの娘を至近距離で口説いていたのは」
「あれは尋問。だから、使用済みの魔石を渡せ」
本当のことを言っても、偶然が重なった結果としか言いようがなく、イキシアとしては旗色が悪い。
「尋問と言う名の逢引ですか。使用済みの魔石はこの娘を処分してからですね」
2人の間で火花が散る。おしゃれな言い方だが、やっていることはドロドロした夫婦喧嘩のようなものだ。
しかし、いつまでも続くように思われたそれも止まった。イキシアがベリーのローブのポケットに手を突っ込むという形で。
「若様。人の服に手を出すと言うのは感心しませんね」
「そういう風に仕込んだ、君が悪いな」
「ひゃっぅ!」
イキシアは素早く、ベリーの取り調べを終えた。
勝敗を分けたのは、イキシアとベリーの技術の差、そして容赦のなさだ。
アスタは顔色一つ変えず、黙っていながらも内心引いていた。
店のおっさんは7歳児の長文で意識がどこか行ってたから、表向きは変化なし。
一般客は……店のおっさんが泣いちゃうからやめとこう。
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やれ、セクハラだの、パワハラだの数々の罵倒を身に受けながらも説明すること、5分。まぁ、ベリーは落ち着いたら、物分かりがいいから案外早く終わった。
「あー。そうでしたか。摩訶不思議なものが多いですが、若様であれば、誤魔化すならもっとうまい嘘をつきますからね」
「ありがと」
「いや、褒めてませんから」
アスタも心の中では引いていただろうが、聡いのか、黙って聞き手に徹している。
情報の整理がついたのか、ベリーはアスタに初めて面と向かった。
「では、改めまして。ジューンベリーと申します。ベリーと呼び捨てでお呼びください。若様───イキシア様の身の回りのお世話をメイドとして申し付かっております。何かあればお申し付けくださいませ。どうぞ、よろしくお願いいたします」
先程の「この娘」呼びの謝罪がない以外は完璧だ。やはり早とちりとは言え、自分がせこせこと仕事をしている間に、他の少女とイチャついて───いや勿論、ベリーがそう思いこんでいるだけで誤解だ───いるのは思うところがあるのだろう。
「初めまして。アスターと言います。私もアスタで構いません。加えて、呼び捨てにはなれていないので、さん付けはお許しください」
ほんのちょっぴり、警戒心が2人とも高いが、まあよろしくやっててくれることを願おう。
「それで買い出しはどこまで進んだ?」
「はい。まず、顔を覚えられないためのローブを私と若様、加えて予備一枚、計三枚買いました。アスタ様は予備の分をお使いください。」
「質問いいでしょうか? 顔を覚えられてはなぜいけないのでしょうか?」
「若様がこの街に検問を受けず、不法侵入しているからです」
「そうなんですか」
流暢に流れる言葉とは裏腹に、反応に困っているようだった。アスターのイキシアを見る目が少しずつ懐疑的なものに変わって行っている。このまま、アスターを追い出したいところなのだろう。困ったものだ。
「次に、若様の維持費である使用済みの魔石を冒険者ギルドで譲ってもらいました。処分される予定で、処分に必要な費用が浮くため、快諾されました。」
この世界ではアイテム───魔道具と呼ばれているらしい───の中には安価なものもあり、一部では平民も使っているらしい。そのため、かなりの魔石が廃棄されるのだが、何せ嵩張る。一応、冒険者ギルドで魔石を販売していることもあり、使用済みの魔石もサービスの一環として回収をしているようだが、あまり旨味がないということらしい。
「あれだけあれば、当分はもつと思いますが、何日くらいもちそうでしょうか?」
「もって、2日だろうな」
「……意外と短いですね」
2日というのは、当然48時間ではない。やろうと思えば、土日だからできなくはないが、生憎今週は先約が入っている。土日合わせて10時間くらいだろうが、それでもMPを100も使用する。
「私が魔力を譲渡すると言うのはどうでしょう」
「俺の維持費はあまりバカにならないぞ。そう言えば、アスタのMPってどのくらいあるんだ?」
「……640ですね」
「はっ?」
「はい?」
「少なかったでしょうか?」
「いやいや、多すぎるくらいだ」
「はい。多すぎますね」
「……アスタのステータスも気になるところだが、話を先に進めようか」
「はい。最後に、簡単な保存食と薬を買いました。この2つが解毒剤と緩和剤です。どうぞ」
「ありがと。中毒の方は耐性付かないようだし、毒の方もある程度上がったから、もういいか」
「保存食は私の分しかありませんが、アスタ様も必要ありませんようですので、10日はもつかと」
「そうか……じゃあ隣町に行こう」
「承知いたしました」
「はい」
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「あ、お兄ちゃ───ん?」
「遅かったな───」
2人の視線はイキシア───ではなく、その両側の2人の少女に向けられる。
「えっ、この子たちは?」
「…どういうことだ?」
「この度、イキシア様の奴隷になりました、ジューンベリーと申します。ベリーとお呼びください。イキシア様の身の回りのお世話を申し付かっております」
───うん? いや、さっきはメイドって言ってただろ。最後の一文が最初の一文のせいで、大惨事になってるじゃないか。
まず、ベリーが誤解しかしなさそうな挨拶をかます。そして、それに続いてアスターがその誤解に無自覚加速をかます。
「この度、イキシアさんのお傍に置いていただくことになりました、アスターと申します。アスタとお呼びください。イキシアさんをしっかりとサポートできるように頑張りますの、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
───いや、どこかの姑みたいだな。自覚あっての悪戯も大変迷惑だが、無自覚なのも困りものだな。
「お兄様?」
「蒼?」
ギギッという音が似合う動きで2人は首をイキシアに向けた。
───いや、誤解なんだが……
「どういうことでしょうか? 私がお兄ちゃんの心配をしながらも、街を目指して100㎞近く走っていた時に、いい思いをさぞかししていらっしゃったのでしょうね? 美少女2人に囲まれて楽しかったですか?」
霞は怒り心頭になると、丁寧な口調になるのだ。学校と普段とを、兄さんとお兄ちゃんで分けているため、それがガチギレ形態にも「お兄様」と言う言葉として現れているのだろう。
「は?」
大抵のことは澄ました顔で受け流す、クールな影野も今回のことは少し頭にきているようだ。いろいろあって、リア充を何気に嫌いっているからな。
しかし、そんなイキシアの心の声が届くはずもなく、正座して針の山を飲まされた。比喩ではなく、ガチでされた。
───全くもって誤解なんだが……
ただ、おひさまが眩しかったとだけ記しておこう。