第33話 ベリーが家出!? …困ったな。よし、連れ戻そう
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「…そうですね。あなたの場合、実技に必要な基礎は作れているので、後は実践ですね。これからは、魔法基礎の授業を週一回まで減らして、その空きを魔法実技の授業に当てることをお薦めします。」
金色の光が生徒とイキシアの間を隔てるように差し込む時間帯、イキシアは次から次へとやって来る生徒を順調に寮監として捌いていた。
「あっ、もうディナーの時間ですね。先生、お先に失礼しますね。また、食堂でお会いしましょう」
そう寮監は、各教科担当の教師よりも生徒との距離が近い。生徒一人一人のケアを任せれているため、生徒たちと一緒にディナーを食べるのだ。ただ、各教科担当の一部の教師も、次の日の授業の準備に目処がつけば、その輪に加わることも稀にあるようだ。
寮監に仕事が与えられているのは、生徒が授業を終える16時からディナーが始まる19時と20時から21時までだが、《《誰かさん》》のように授業が終わってからすぐに転がり込んでくる生徒はいないため、実質16時半からだ。
そのため、部活に行っていないものの、学校までもトンズラするわけにはいかない蒼としては余裕を持った生活ができている。
しかし、それでは日々充実した学校生活を送っている霞は忙しいのかと言えば、そんなことはない。流石に運営もそこまで鬼畜ではなかったようだ。
オートにすれば、ログアウト中でもきちんと体が動いていて、学校生活を送れるようになっているようだ。入学試験のようなログイン中でも同じように、オートでできるようになっているらしい。
教員の採用試験は、いつも通りの運営の鬼畜っぷりが発揮されていたが。
「イキシアせんせ、お隣に座ってもいいですか?」
「ええ、ロライトさん。どうぞ」
〈楽しんでるようだな〉
〈はい、楽しくやってますね〉
〈あまりやりすぎると可哀想だから、程々にしておけ〉
〈いえ、それはできませんよ。だって久々に歯ごたえのある餌が来たんですから〉
そう表向きの人当たりの良さは、躾けられたものでしかない。ファイラの本性はこっちだ。ひとたび人の心にスッと入ると、そこらじゅうを蝕み、その跡はしっかりと刻まれていて消えない。それは大人をも弄び、操る。まさに魔性の少女だ。
〈まあいい。それで、あの不可解な事件について何か分かったか〉
〈それについてなんですが、誰もが口を揃えて言っています。天罰だと〉
〈一見すると、帝国の膿を出しているように見えるが、これは第三勢力が帝国の戦力を削ごうとしているようにも見える〉
〈はい。被害者は全て優秀な生徒ばかり、そしてこの事件が起こっているのはこの学園だけです。帝国サイドの人が膿を出すにしてもここだけ、しかもここまで派手に完膚なきまでするというのは少し違和感を感じます。生徒の保護者達では不安が急速に広がっているようですし〉
〈こっちも、そんな感じだ。そんなに簡単に真実が明るみに出るはずもないが、一応今夜、禁書庫に行くついでに学園を調べてみよう〉
〈なるほど、転生者の子からの情報ですか。そう言えば、来週から収穫祭があるそうです〉
〈そうだな。これは一悶着絶対にあるだろうな〉
〈やっぱり、ベリーはリスポーしていなかったんですか〉
〈…ああ。NPCは原則1週間後にリスポーンするが、稀に精神的ショック等でリスポーンしないときがあるらしいからな〉
〈どうするんですか?〉
〈…今のところは何もしない。俺にできることは何もないからな。〉
〈最低です〉
〈ただ、そう遠くないうちに戻って来るだろう〉
◆◆◆
満月が最も高く上る夜、寮内の全ての部屋が固く閉ざされ、静まり返っていた。生徒は外出を固く禁ぜられており、それは寮監を含む教師も同じことだ。
しかし、そこには一つの忍んだ影があった。
「これが禁書庫……」
そして、天窓にすっぽりと収まって見える月のもとに照らされた影は止まった。その靴が向ける先にあるのは所狭しと並べられた幾万もの本の内の一つだ。
イキシアはしゃがむとその本の奥にある煉瓦をしっかりと押し込んだ。そこに、魔術や魔法は一切ない。それらは便利だが、そういうものは却って相手によっては塩を送り、墓穴となることもある。この場合は、物理でゴリゴリに固めるのも一つの手であるという訳だ。
キーという金属が擦れる、不快な音とともに現れたのは、懺悔室だ。通常の5倍はありそうだが、決して広いとは言えない。なぜなら、そこそこ大きな檻がど真ん中にどーんと置かれているからだ。その中心には、しっかりと封をされた1冊の禍々しい本が、厳重に鎖でぐるぐる巻きにされ、置かれている。
イキシアが手を伸ばし、鎖に手を触れると───
───ベシャッ
それは腕が落ちる音だった。腐敗しきってしまったからだろう。落ちてもうそれは原型を留めていない。
「はぁ。もう駄目になったのか」
〈大回復〉をかけると、腕が伸びてきた。これはひと目見ただけでは完璧に治っていると勘違いしそうになるが、よく見ると少し黒ずんでいる。部位破壊を〈再生〉を使わずに無理やり治すと、その反動でその部位は感覚がなくなり、思い通りに動かしにくくなってしまう。
繰り返し〈大回復〉をかけ続け、やっと本に手が届いた。〈再生〉を使わないのは燃費の悪さゆえだ。だが、ここまでくれば、こちらのもの。この檻に張り巡らされた結界のようなものは、本と封印されたもの以外の全てをここから弾き出す効果があるようだ。しかし、本と封印されたものをこの檻に閉じ込めるという効果はないらしい。
イキシアはその本を制服───司教の祭服に似たもので腰よりも少し上の部分でキュッと締めている。また、今は部屋に置いてきたが、普段はカズラとストラーをつけるものだ───の下に放り込むようにし、アイテムボックスに入れた。
見ている者はいないとは思うが、一応だ。それに、普段からこういうプレイヤーだと特定されるようなことは慎む癖をつけたほうがいい。NPCと言い張ることで相手の情報操作をできる場面も少ないからだ。
それから、懺悔室を出て、良さげな禁書を適当に見繕い、速読でザッと読み続ける。しかし、かなりあるため全てを読めるはずがない。これは連日、こうする必要がありそうだ。
「ん? これは…」
そこに書かれていたのは魂についてだ。まだ30近くしか呼んでいないが、これまでの本には、ここまでしっかりと解明できているのはこの本だけだった。
後ろのページを見ると、そこに書かれた著者は───
「ノア・クロウス」
しかも、発行されたのは150年前だ。本当に、一体あの男は何歳なのだろうか。
しかし、それにしても良かった。ベリーをここに戻す方法が分かって。
───必ず、連れ戻してやる
ベリーは、たかが少し変わったNPCだ。プレイヤーなら過剰に執着する奴なんて変わり者くらいだろう。
だが、ベリーは有能で、何かと便利だ。居たほうがいいに決まっている。
それにもともと、やろうと思っていたのだ。
生徒の虐殺は。そのついでに冥徒を呼び寄せるだけだ。




