第32話 とんでもないクソガキ、もとい嘘つきですねぇ(ヴァイス視点)
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「新人の先生は遅くていらっしゃいますね」
「まあそうおしゃらず、あのステータスなのです。ここまで来るのも一苦労なのでしょう」
嘲笑が聞こえる。ここは実力主義だ。しかし、実力がきちんと反映されない場合も少なくない。それは一重に評価基準にある。
採用試験では、書面上の数字が重視される。実技試験などあるわけもない。それは世間体が命である貴族同士、しかも負傷者が出るかもしれないというそんなリスキーなことをするわけにはいかないからだ。
生徒たちなら、互いに高め合わせるとともに、優秀なものを仕分けるためという重大な目的があるため、反対に実技試験に重きが置かれるが。
「では、ここは彼の直属の上司である私が少し見てきましょうか」
彼は美しかった。こんな石頭のようにステータスだけで、烙印を押すのは勿体ない。
「いえいえ、それには及ばんでしょう。先生にそんなことをさせるなんて、我々の栄光あるネストール学園の寮監として失格ですからな」
ただ、こんな石ころだからか、頑なに実力主義が染み付いている。自分よりも実力がはっきりと目に見えて高い者には心から敬意を払っているし、努力することで結果的にそうなるかもしれないが、妬み、蹴落とそうとすることは少ない。
「ふむふむ、全くそのとおりですなぁ」
その点では、ただのそこら辺の石ころよりは、洗練されていると言えるが。
「遅れてしまい、申し訳ございません」
そのとき、本人が登場した。時間的にはギリギリではあるものの、少なくとも見えていた場所ではドタバタと走っていなかったため、石ころたちもある程度嫌味を言うとおしまいにした。
───やはり、危険だ。彼のステータスに現れない強さは。
「大変でしたね。少し遅かったので、様子を見に行こうかと思りました。しかし、生徒も連れてきてくださったようですし、流石ですね」
「いいえ、時間に余裕を持つことができず、不徳をなすところです。ところでヴァイス先生、少し顔色が悪いようにお見受けしますが?」
着眼点も素晴らしい。あの副業での困ったの主人の命令のせいで弱った私を見抜くとは。
「あぁ。このところ寝付きが悪いだけですので、お気遣いなく」
───本当に無茶をおっしゃる。2週間も食事を抜けなどと
その前は学園中を隈なく探索し、寮母から学園長に生徒まで、全ての学園の関係者の経歴を洗い出せと言われ、実行したばかりだと言うのに。
本業の寮監としての朝と夕方から夜にかけてまでよりも、副業として主人に仕えるほうがずっと忙しい。
◆◆◆
───コンコンコン。
ノックとともに聞こえてきたのは、さえずるような甲高い少女の声だ。
「すみません。ヴァイス先生。教えていただきたいところがあるのですが」
今日は新入生の歓迎会で、生徒はそのため余韻に浸り、個別指導には滅多こないはずだ。新入生であれば尚更だが。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは長い薄紫の髪を緩く三つ編みに結ったドワーフだ。身長が低いため、彼女にとっては高い椅子に、少し苦戦しながらも座った。
「高すぎ」
「すみませんね。これしか、ありませんから」
先ほどの愛嬌のある声と随分かけ離れた態度だ。珍しくはないが。
「外国語が分からない」
「大雑把すぎてそれだけでは分かりませんね」
「それをどうにかするのが、寮監の役目じゃない?」
クソガキとしか言いようがないな。誰かさんにそっくりだ。
「無理難題に付き合い、一つ一つ答えるのは寮監の仕事ではありませんよ」
「ふーん。あそ」
前言撤回。少し方向性が主人と違う。なんて小生意気なのだろうか。よりたちの悪い、クソガキだ。
「ただ、そうですね。どこが分からないのかさえも分からないとなると、かなりやることが増えてしまいますね。その炙り出しからしなければなりませんから。あー、お可哀想に」
チラリとクソガキを見る。クソガキは片眉を少し上げて口を横に結んでいる。
「……。面白いかも」
「何か、言いましたか?」
「ううん。何も」
「それで、どこが分からないんですか?」
「ここ」
「そこはですね。こちらに書いているものを使うのが最善ですね。そちらのものを使ってしまいやすいので、気を付けて。他には?」
「後は……」
「なぜ、できない子のフリをしているのです? あなたであれば、この程度のこと造作もないでしょうに」
今、少し指導するだけでも分かる彼女の地頭の良さがあれば、今までこれくらいのことであれば学ぶ機会はいくらでもあったはずだ。
「誰も彼もつまんない」
「と言うと?」
「すぐに引っかかる。そんなの形だけの見せかけに決まってるのに」
「悪趣味ですねぇ。今まで、幾多の教師を罠にかけてきて、飽きては換え、飽きては換えてきたなんて」
「でも、今回は楽しめそう。しっかりと味わって、甘い甘い毒を。せんせ」
彼女はふと、今までこちらの方向を見ていながらも、合っていなかったピントをしっかりと合わせた。そして、その純粋な笑顔で彼女は振りまく。猛毒を。
「遠慮しておきますよ」
「でも、楽しかったですよ。私の傍にも貴方みたいな人がいれば良かったのに」
もう遅すぎますけどね、彼女はそう呟くように言った。
人間は誰しも嘘をつく。彼女の言葉も嘘かもしれないし、嘘じゃないかもしれない。
「では、また明日。ヴァイスせんせ」
「ええ。おやすみなさい、ロライトさん」
空を見上げると流星群が見えた。それはすぐに夜の闇に消え、あっという間に見えなくなった。




