第24話 レイドボスの従兄弟はヤンデレ?
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「…ヤン…レ」
今まで固く閉ざされていた口が静かに開くと、大きな違和感を感じた。
自分の体を見ると、そこには先程の男と同じように肩口から腰にかけての傷があった。ただ、男のように瞬時に回復するなどできようはずもなく、ズリズリとずれ落ち、視界が閉ざされた。
「俺のいとこに随分なことをしてくれたな。人間種に屈し、仲良くじゃれ合っている下等生物風情がっ」
なるほど。この男は味方には激甘だが、敵にはかなり辛辣なようだ。おそらく、少女───メカルが言っていたミド兄がこの男なのだろう。感情的になると、一人称が変わるところと言い、いとこを大切にするところと言い、こういうタイプはかなり人気が出る傾向にあるのだ。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが、名前。ヤンデレに似てるな。何か関係があるのだろうか?
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「あ〜。乙だね、シアン君」
「お疲れ様です、イキシアさん」
「ああ、とりあえずギルド拠点は俺達のホームになった。ただ…」
「ただ?」
「ベリーも殺された。NPCはリスポーンに1週間かかるから、これから1週間はベリー不在だ。それと、レイドボス───メカルの従兄弟、ヤンレがメカルを倒した後出てきた。そいつのレベルは化け物を超えて、もはや怪物だな。〈ファントム〉で混乱状態のメカルの攻撃を受けても、すぐに治っていたし、赤子をあやすようにその攻撃も軽々といなしていた。はっきり言って、お手上げだ。」
「大変だったんだぁです」
「先ほど、この宿を出る前に飛ばした、伝書鳩の返事が依頼人から来ました。今日の深夜0時に前と同じ場所に、だそうです。」
「後8時間ほど猶予もありますし、私たちのホームに行ってみましょ!」
「そうだね。私たちがちょうどここにリスポーンしたときに、あの大規模ギルドが他のギルド、墳墓だったかな。をクリアしたみたいで、それによるとNPC作れるみたいだし、楽しみ!」
「そっかぁ。だから、あの塔にはそんなにいなかったのかぁですよ。」
「他には、まだギルド拠点を制圧したところはなさそうですし、私たちは2番目でしょう。」
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「で」
「で?」
「どうして、あの子がまだいるの?」
「いや、何となくでしか分からないが、その後ろにあと10人はいないか?」
「いや、俺は見えないけどねぇです。」
「私も見えません」
もしかしたら、ようやくこのゲームの醍醐味が姿を表してきたのかもしれない。
「……っ」
すると、突然後ろからベリーの息を呑む声が聞こえた。ここにいるはずのないベリーの声が。
こっちのほうは皆聞こえるようで、全員の視線が後ろに集まった。ただ、そこにあったベリーの姿は透けていた。
「サブセーラ!!」
ベリーは猛ダッシュで十数あるうちの1つの影の元に行く。そして、手を伸ばすが、その手はすり抜けてしまった。
「どうして、どうして、どうして!! 貴方は死んだはず、他の誰でもない私が、私が。貴方を殺したのに…。私を恨んでいるの? だから、こうして出てきてしまったの? ねぇ! 答えてよ。私が今までしてきたことは全部っ、全部っ、無駄、だったのか、な…」
ただ、その声はその影に届くことはなかったようで、そのままベリーは完全に消えてしまった。
「シリウス様がおいでになります。それなのに、なんで棒立ちなんですか?」
ヤンレがそう言ってから一拍ほど置くと、一気に頭が重くなった。いや、周辺の重力が大きくなったのだろう。タイミングから考えると、ヤンレが他の者にやらせたと考えるべきだろうか。
「では、シリウス様のお見えです」
ヤンレは立ったまま一礼をしているが、メカルは片膝を折っている。本来であれば、執事は位が低いはずだが、何か理由があるのだろう。
そんなことを考えていると、途端に心臓が何かに締め付けられている、押しつぶされているかのような感覚に陥った。息が自然と荒くなってしまい、過呼吸に近い。本能的に、シリウスとやらの前には長くいたくないという思いから、今すぐ逃げ出したいほどだ。
「シリウス様からのお言葉です」
「メカルと遊んでくれてありがとう。ヤンレがそのお礼はしてくれたようだが、私たちからのお礼はまだ済んでいない。とは言え、今のお前達と私たちでは楽しめないだろう? だから、私たちの諸用が終わってからにしようと思う。その頃には、この世界も一段とスッキリしているだろうしな。」
「とのことです。せいぜい、私たちを楽しませてください。それでは」
これで終わりかと思ったら、メカルがてってってという調子でこちらに近づいてきた。その表情はとても豊かで、あの機械的な面影はどこにもない。
「お兄さん! 私と遊んでくれてありがとう。お兄さんたち、強くはなかったけど、すっごく楽しかったんだ。また遊ぼう。約束だからさ」
そこにはあのシリウスのような含みはどこにもなく、子どもらしかった。
「じゃあ、ね!!」
メカルは手をブンブンと振って、ヤンレに手をちょいちょいっとされている方に、行った。
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「はぁ〜、おっかないったらありゃしないね」
「なんか古臭い言い方だねですです」
「うん? なんか、言ったかね?」
ベリルの笑顔が輝いている。ついでに言うと、ライルの目も僅かに光っている。怖い怖い。
「そう言えば、ここ綺麗になってる!」
「確かにそうですね。この神社は、地震のようなものでかなり壊れていたはずですが」
「そんなことよ、り、も! NPCだよ!!」
「そうだね。作ろう。で、どうやったら、作れる?」
「うん? 私も知らないよ」
その瞬間、全員がズッコケそうな勢いだった。いや、内大半は実際にズッコケていた。
「これではないでしょうか? 祠のようなものに入っていた簪です」
おい、ちょっと待て。祠の中を物色したのか。いや、助かるけども。それはどうなんだ?
「いろいろと言いたいことはあるが、それで間違いなさそうだな」
「うん。とってもあったかいね」
「うーん。俺が持っても何も起こんなーいです。やっぱり、ギルマスじゃないと使えないです?」
「そうらしいです。私が持っても何も反応しません」
「えーっと、魂を最低でも10個集めて依り代を準備する、だそうです。魂の集め方は詳しくは分からないけど、依り代は珍しくゲーム的な感じですね。私たちのアバターづくりみたく、あらかじめある選択肢から作ってもいいし、自分たちでデザインをすることもできる、らしいです。」
「インターネットで調べてみたら、あっちはもう作ってるんだってさ、ですです。魂はモンスターを生け捕りして、ギルド武器に近づけたら消えてカウントされた。ただ、全然上手く行ってないみたいだよです。ゾンビみたく、うめき声しか出せないし、言葉も分からないらしいよです。」
「その魂の質や量に左右されるのですか?」
「実験もしたいところだが、それは後回しだな。それよりも今はもっと優先すべきことがある。」
「というと、何かな?」
「このギルドの防衛についてだ。」




