第23話 レイドボスは二重人格?
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やっと、宙ぶらりん状態から、地に足をつけられる岩の上までこれた。人造人間のため、よっぽどのことがない限り、千切れるはずがない腕も片方は千切れかけで、全く使い物になりそうにない。
流石にちょっと休憩を、と思えば、顔を覗き込まれた。
「へぇー。流石じゃないか。ミド兄の仕掛けをくぐり抜けるなんてね。そんなのができるのは、数えられるほどしかいないよ。」
少女は以前被っていたシスター服の頭巾を脱いでいる。翠色の髪に左側の額からは紺色の角が大きいの1つ、小さいの2つの計3本生えている。
そして、少女はパチリと指をならした。シスター服から、白と紺の中華風のシンプルなドレスを着がえたようだ。そのドレスの下からは人魚の尻尾が出ている。シスター服は床に付くほど長かったため、気づかなかった。マーメイドあたりの種族だろうか。
「私はシリウス様の部下が1人。ここ、バベルノの塔の領域管理者だ。さあ来なよ」
どうやら、本気で相手をしてくれるらしい。
「よーし。行きましょう! えい・えい・おー!!」
そのリリスの一声が合図となり、次の瞬間には一発目が響いた。
───バーン
乾いた音とともに、少女めがけて弾が発砲された。
少女は弾を人差し指と中指で挟むと、それを目の前に持ってきて、じっくりと観察していた。
「へぇー、複合魔法か。面白いことを考えるようだね」
すると、その弾を中心に青色の陽炎と風が吹き荒れた。
「でも、こんなのじゃ、私は絶対に殺せないよ」
少女が手を一振りすると、先ほどまでの竜巻も消し飛んでしまった。
「ほら、お返しだ」
その弾は見事にファイラの額を貫通し、ファイラはドサリと倒れこんだ。
当然その間、イキシアたちがそれを黙って見ている訳がなく、次の一手を打っていた。
少女は整った眉を寄せ、顔を顰める。ベリルのスキルが通ったようだ。
「くぅっ。まさか、今まで数多のプレイヤースキルを取得してきた天才ゲーマーなのに! こんな簡単そうなのが取得できないなんて。悔しい!」
傍から聞くと痛い奴だが、ベリルが言っていることもあながち間違いではない。一応、世間では負け知らずの天才ゲーマー様だ、なんだ騒がれているのは事実だ。
ベリルがそこで苦肉の策として用意したスキルがパシップスキルである〈ディゾナンス〉だ。これは100以上のレベル差がある相手に対して、強烈な不快感を与える。ただ、同時に使用者にも同じ感覚が与えられるため、ベリルはもう使い物にならない。
少女の左右ではローとリリスが、前後ではライルとアスターが一斉に銃の引き金を絞った。
〈フーガ〉
〈フーガ〉
〈スレッド〉
〈|「ディエディー・ホーリー・ランス《ディエディー・ホーリー・バリア》〉
少女は先ほどのファイラの銃弾で大したことがないと見切りを付けているのだろう。いや、それよりも余程ベリルの〈ディゾナンス〉が気に障っているようだ。
ベリルを息の根が止まってもなお、細切れに切り刻み続け、オーバーキルをしたころ、それが発揮された。
〈乗四重魔法〉が。
それは机上の空論と言われ続けたものだ。魔法陣の実践運用と同じく魔法三大難関とされてきた。理由は単純明白、複合魔法を実現するには同じタイミングでなければならないからだ。
例えば、よーいドンで魔法を打ったとしても、2人のその声を認識するのにかかる時間も、魔法の発動にかかる時間も異なる。そこで誤差が生まれるわけだ。
それならば、魔法をあらかじめ2つ用意しておけばいいと思うかもしれない。ただ魔法の劣化は速く、魔法を留められる質のいい素材も大量の魔力も、それこそ1つの大国家くらいの力がなければ実現不可能だ。
つまり、費用対効果が悪すぎる。それに尽きる。
しかし、人が直接トリガーになるから誤差が生じるのであって、それが自然の摂理に則ったものであれば、話は違ってくる。今回利用したのは電磁石ならぬ、魔磁石だ。弾丸に魔力を込めるのではすぐに漏れてしまう。ただ、それを電気のように流し、弾丸に乗せるように魔法を乗せるのであれば、劣化は最小限に抑えられる。また、磁石は異なる極同士、引き合う。
それを利用して4つの弾丸が同時に重なり合った。
ただ、今回はもう1つ、ダメ押しをしている。
1人での複合魔法の実現。それはからくりさえ分かれば、酷くシンプルだ。1つの魔法を発声しながら、口はもう1つの魔法を唱えればいい。だが、言うは易く行うは難し。それがベリルが悔しがっていた根源だ。
こうして、〈乗四重魔法〉は初めて日の目に出たのだ。イベント初日の天変地異と同等の凄まじい結果とともに。
イキシアとベリーはかなり離れていた。しかし、その余韻──そう言えるほど生易しいものでは全くないが──のせいで蹲らずにはいられず、地を這っていた。
ようやく、片目を開けるとはるか遠くには小さな人影が1つあった。
「化け物だな」
アスターでさえも灰も残らず、全て消えてしまったというのに、少女は満身創痍ながらも、しっかりと立っていた。
イキシアはすぐさま少女のもとに向かい、使い物になるほうの腕を伸ばし、唱える。
「〈ファントム〉」
その瞬間、少女はやっと膝をついた。
「はぁ~。やっとだな」
イキシアが一息つくと、目の前に文字が表示された。
【ギルド拠点、バベルノの塔のレイドボスを討伐に成功しました】
「まさか、運営から直々にメッセージが来るなんてな」
「若様っ! 少女の様子が……」
はっとイキシアが少女に目を向けると、そこにはうなりながら、汗にまみれている姿があった。
「うああ゛あ゛あ゛あ゛」
少女はもう〈ファントム〉の効果から逃れたのか、立ち上がった。最も大きな角は中ほどで折れてしまい、その瞳に光はなく、ただ大粒の涙をボタボタとこぼしている。口からは掠れた息が漏れ出ていた。
そんな状態にも関わらず、彼女は刀を離さず、イキシアたちに襲い掛かる。そこには今までのような楽しんでいる節は一欠片もない。ただ作業をするだけの、感情のない機械的な動きだ。
イキシアたちの目の前には、100%のバベルノの塔の領域管理者がいた。
「チッ」
奇跡的に致命傷には至っていないが、もう一撃でも食らえば、必ずそこが終わりになるだろう。
ベリーを庇うように抱え、少女に背を向けた、その時だった。
───ズバッ
「メカル」
抜き放った刀が切ったのは、燕尾服を着た男の肩口から腰にかけてだった。しかし、おかしい。切られただろう場所から広がる血溜まりは見えるのに、傷口が見えないのだ。
「どうして、こんなところでつまらない害虫駆除なんてしているんですか? 帰りましょう、私たちの家に。」
だが、少女は男の言葉を歯牙にもかけず、刀を振った。ただ、今度は振り切ることができず、刀は両者の力のせめぎ合いによって僅かに震えるだけだ。
すると、男は少女の顎を片手で掴み、少女の何も移さない瞳をしっかりと捉えた。
「メカル。私の名前は?」
しばらく、無の時間が流れ、今まで固く閉ざされていた口が静かに開かれた。
「…ヤン…レ」




