第22話 サーカスの宙ぶらりんだぁ!
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「くっ。次から次へと」
ユニコーンのような立派な角をつけた黒と白のシャチ。それらは次々と降って湧いてくる。それはもう雪崩のように。
「仕方ないよぉ。ただ、やられっぱなしってのも嫌だよねぇ」
「では一丁やりましょう! 皆さん、準備はいいですか?」
その瞬間、70人にものぼるギルメンたちは一斉に2つのグループに別れた。1つはぎゅっと集まって、もう1つはそれを取り囲むように円を描く。
「はーい。」
「おう」
「了解!」
「では、3、2、1」
「「「「「ゼロ」」」」」
「大風」「ピアス」「回復」「火焔」「花雫」
中央に集まった魔法使いたちが間髪を入れずにどんどん魔法を繋いでいく。35人を10周と少し、360もの魔法が途切れずにしたとき、それはやがて円状になる。そして、7色に光るとそれは完成する。
その円は前に立ちふさがるありとあらゆるものを飲み込み、その後にはただえぐられた地面だけが残っていた。
「「「「「よっしゃー」」」」」
「皆さん、お疲れ様です! かなり減りましたね。残りは1つずつ片付けていきましょう!」
「「「「「おう!!」」」」」
◆◆◆
「あれ、大丈夫そ?」
ベリルは黒白の波───その正体はシャチの群れだ───に揉みくちゃにされているまばらな人間種たちを指差す。
「今は態勢を立て直している途中なので、ああなってしまっていますが、彼らはオタク集団です。切り札の1つや2つ、元に公表している切り札も少なくありません。心配は要らないでしょう。」
「あー! あの子たちが複数ギルドで協力してるって噂の超大型ギルドなのね」
「全部で500人近くにもなるんでしたっけ? 基本ギルドは200人前後ですからね。」
「そう考えたら俺達はかっなり少ないよねーです。まあ、100人くらいなら無くはないんだろうですけど、ギルド拠点の難易度バグってるしです。人数は多くないとキツイですですよ。」
「噂をすればだ。上手く立ち直ってきたな。これだとすぐに次はこの倍は投入されるだろうな。」
「なるほど。そして、今この場の方たちは息継ぎがてら、交代というところでしょうか」
「そのようですね」
「……」
1人だけ、返事がない。イキシアはちらりと隣を見る。前回、レイドボスに手も足も出なかったことを気にかけているようだ。
「アスタ、顔が強張ってる。前は相手が悪かっただけだから、気にせず気楽にフルボッコにするぞ。」
アスタは自覚がなかったのか、一瞬ハテナを浮かべるような顔をするも、こくりと頷いた。
「はい」
◆◆◆
やがて、黒と白の波がやっと収まって、一匹一匹が認識できるくらいの場所まで来た。
そこには、線路が引かれていて、その上には2つの大きなバルーンが浮いている。その中にはトロッコらしきものがそれぞれ1台ずつ入っている。どちらかを選べということなのだろう。ぱっと見た感じではどちらも同じように見える───いや、もしかしたらどちらも全く同じものなのかもしれない。
「どっちにしますか?」
「こっちです!」
「あっ、ちょっと。先輩?」
「てへっです。ごめんなさいですです」
「いや、でも正解かもしれないな」
「というと?」
「これは俺の考えすぎかもしれないが、トロッコを2つ用意することで、トロッコに意識を集中させておいて、それ以外が本命だとかそういうタイプかと思ったんだ。ただ───」
イキシアがそこで言葉を切ると、それをアスターが繋いだ。
「───あの、れいどぼすらしくない、ですね」
「レイドボスは戦闘狂らしかったそうですね」
「じゃあ、シリウス様って人が作ったってこと?」
「うーん。さっぱり分からないね。もう考えても仕方ないし、先、進もっか」
9人乗っても多少余裕はある。そのトロッコは驚くほど、快適だ。揺れたり、ギシギシという音がなったりすることもなく、流れるように風景が移り変わっていく。
「これ、トロッコが突然、バッラバラになるやつじゃないです?」
「全てが怪しく見えてしまいますね」
どうやらここは神社のようだ。神門をくぐった先にはもう先程の線路は引かれおらず、宙に浮いたまま階段のはるか上を移動している。
一番奥には立派な岩といえばいいのか山と言えばいいのか分からないものがある。その周りは、まるで封をするかのような朱色の円で囲われている。その両端には、それよりかは低く、縦長い岩に狛犬が1匹ずつ座っている。
「綺麗…」
神社の赤にもオレンジにも見えない朱色としか言えない、穏やかなそれがぼんやりと灯す。漠然とした翳りを。建物の中だから、太陽が見えないのは当たり前なのだが。
ガタリ。
「なんだ!?」
今まで、うんともすんとも言わなかったトロッコが音を立てた。すると突如、トロッコの半分が消えた。それはまるで、もとからそこには何もなかったかのように、自然に思えてしまう。そんな怪奇さがあった。
ただ、そんなトロッコはイキシアたちをおいて僅かに加速し、進み続ける。
「えっ」
そして、間髪を入れずに、目の前に現れた。トロッコのその半分が。
イキシアの目にトロッコに取り付けられたレバーが入った。それと同時に、アスターとリリスの顔も。
気づけば、進路上以外は崩れ落ちていて、そこから深い闇が覗かせている。線路はかなり脆い。レバーを引いたとしてもその反動で、線路は失くなり、周りも崩れ落ちれるだろう。どちらも助からないのは目に見えている。
わざとらしく、進路には線路がきっちりと敷かれている。幸いと言うべきか、不幸にと言うべきか、もう半分のトロッコは止まっていて、こちらのトロッコは加速している。うまくやれば、イキシア側のトロッコは向こう側までたどり着けるだろう。ただ、その場合、確実にもう半分は無理だろう。
ここはたかがゲームだ。死んでもコンティニューがある。プレイヤーが死ぬのは割と普通のことだ。別にい終わりじゃないし、そこがスタートになる時もある。ただ本当にそれしかないのだろうか。
「何やってるんですか?」
そのライルの声はいつもどおりだ。
「ははは」
イキシアは乾いた声を漏らす。
いつからだろうか。相手の思考誘導にまんまとハマってしまっていた。
「ベリルさん。氷刃出してください!」
「いや、何か取っ掛かりがなかったら、すぐに下に落ちるよ」
「だから、上に飛ばして!」
「…了解!!」
「ロー、ライルさん、ファイラ、ベリー、リリス、ベリルさん、ストさん、アスターの順に前の人の足に捕まってください。早く!」
「シアン。全員、準備できたよ」
「しっかり掴んでてください。落ちても知りませんから」
イキシアはベリルの氷刃に片手で捕まり、もう片方の手で〈雪塊〉を使う。そして、鉄棒状にした雪塊を命綱にわたり続ける。目指すは100mはあるだろう、あの狛犬の岩だ。
「うっ、すごい揺れる。バイキングみたい。そう思えば、まあ悪くないかもね。」
「まさか、サーカスのマネごとをするなんてですです」
「スト様はとても楽しそうですね」
「イキシアさん、大丈夫でしょうか。ずっと、片手だけで。しかも、こんな距離を」
「シアンはきっと大丈夫だから」
「皆さん、大丈夫ですか? 揺れが激しいようなら、もう少しゆっくり行ってもらうようにお願いしますが」
「皆様、大丈夫なようですので、若様にはそうお伝え下さい」
「分かりました。もう少し、頑張りましょう」




