第2話 起きると上から少女が降ってきた⁉
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イキシアは廃棄処分される予定だった魔石を食べ、状態異常「中毒」にかかった。イキシアはこの感覚に覚えがある。その名も───無理ゲー中毒。
それは、テスト期間に勉強していたときに出る、蒼の禁断症状。
ただ、今の魔石だけでは判断できないため、どの道魔石を食べる必要がある。その結論が出た瞬間、目にも止まらぬ速さで、床にあった魔石全てを口の中に押し込んでいた。
口の中がはち切れんばかりになるが、ものの数秒でなくなった。少し満腹感を噛みしめる。今の自分はガンギマっているだろうが、これ以上は魔石がないため無視だ。
再び、ステータスを確認すると、MPが6回復していた。MPの自然回復と「回復」を使った余りで何とかちょうど10になったようだ。
ほっ、と息を付くと次の瞬間、先ほどの満腹感がゴッソリと抜け落ちた。とりあえず、安堵できたからか、空腹が押し寄せる。ログアウトすると、一時的にステータスはそのままの状態になるだろうが、せっかくだから維持費はもう少し稼いでおくべきだろう。
そして、清掃業者を再び見つけ、《《つけた》》。「おい、魔石がない? まっ、あれは嵩張るからないなら、ないでいいに決まってる!」とか言っていた。何のことか《《サッパリ》》だが、我ながら、いいことをしたらしい。
そのついでに、維持費の確保先も見つけられた。廃棄処分のゴミを集め終えた清掃業者が向かった先は、ゴミ処理場だ。だが、そこは汚いわけではなく、割と掃除が行き届いていた。そこでは、首元に印が付けられた奴隷が働いていた。《《全員》》死んだような目をしている。どうやら犯罪者をここで働かせて更生させているらしい。
いや、ただ一人だけ生気のある顔をしていた少女がいた。その少女は狐のような耳が頭についていて、生真面目な様子で魔石を地面に埋めていた。一見すると7歳くらいの普通の少女だが、見た目に騙されてはいけないというのは、イキシアは一番よく知っている。
───この少女は異常だ。
お目付け役だろう警官らしき人物は少女を一目見るとすぐにどこかに行った。
「ねぇ、君、初めまして。そこの魔石。買い取らせてくれないか」
「ふぅーん。いつから、そこにいたです?」
「ちょっと前から、それで金貨3枚でどう?」
「これをどうするです? これは使用済みの魔石です」
「それを使って武器を作る」
最低限だけの物言いのほうが相手からの情報を引き出しやすい。抽象的に言えば、その空白部分を相手が想像で補ってくれる。その部分からも相手の思考回路を割り出すことができるため、知らない土地では有効だ。
「オレサマ、普通ならお断りです。でも、あなたはいいです。お金も要りません」
───へぇ~。
この少女は思っていたよりも、かなり頭が切れるようだ。
「じゃあ、遠慮なく」
「ただ、私を貴方の傍に置いてください」
先程までの幼い口調は演技なのだろう。生き延びるために、その環境にあった姿、形に変える。そして、小さな隙間を流れるように移動し、周りを囲い込む。まるで、ヘビのようだ。
「役者だな」
「いえいえ、若様には敵いません」
「で、いつ出所なんだ?」
「いえ、もう懲役は終わっています」
「でも、手続きはあるだろう?」
「いえ、《《今さっき》》やらせましたので」
今すぐに連れていけ、と言うことらしい。
「はぁ~。俺は今、手持ち無沙汰だぞ」
「構いません。稼ぐすべはいくらでもあります」
「分かった。俺はイキシアだ。君は?」
「ジューンベリー、ベリーとお呼びください」
「うん。ベリー、よろしく」
「はい。末永くよろしくお願いします」
ジューンベリーが《《優しく》》警官からお手頃な宿屋を聞き出した。そして、少しやつれ気味の金貨5枚で借りた宿屋の一室でイキシアはログアウトした。
◆◆◆
目が覚めると───
───少女が降ってきた。
いや比喩じゃなく、本当に。みぞおちにストレートで足蹴にされた。
それにしても、ここは3階建ての宿屋の2階の隅っこの部屋だ。上を恐る恐る見上げるも、幸い穴は開いていなかった。
───良かったぁ。今、手持ちがほぼないのに、出費とか痛すぎるからな。
人造人間とは言え、見た目や素材だけは人間に似ている。そのため、少女がバランスを崩し、イキシアの顔に倒れてきた。
眼前で少女の精密に計算されつくした整った顔がピタッと動きを止めた。しかも、ドアップで。
「……」
「……」
───これ、犯罪にならないよな。
見つめ合うこと、数秒。
少女は目にも止まらぬ速さでイキシアから距離をとった。警戒しているようだ。まあ、当然だな。手にはどこからか取り出した武器を持ち、こちらを見据える。
───あ~、こりゃ。なんか、言った瞬間に武器が飛んできそうだな。
しかし、それは不味い。この街はセーフティエリアに指定されている。ここで、戦闘判定を受けたらペナルティーが発生してしまう。
一瞬という僅かな時間を思考に費やし、「大風」を使う。
魔法は詠唱の必要が普通はあるが、特殊スキルのおかげで威力は弱まるが、詠唱する必要がないのだ。おかげで、「詠唱」だけはあまり使っていないため、レベルが上がっていない。
2人の間で風が吹き荒れ、布団が舞い上がる。室内ということ密閉であるためか、ボロい窓も割れていないのに、ことさら強く感じる。
少女は一瞬にも満たない間だが、狼狽えた。状況が状況だけにもっと困惑していると思ったが、それを表に出さないとは恐れ入る。
だが、その隙を突いて、一気に距離を詰める。少女の腕を片手で固定し、空いている手で握られている武器を床にはたき落とした。少女が急いで蹴りを入れようとするも、イキシアの方が速い。
イキシアがその小さな体を抱きしめた。そして、ダメ押しとばかりに頭をなでなでしながら、優しく囁く。
「悪いけど、武器をしまってもらっていいか」
「もし俺が君を殺すつもりなら、今こうしている理由がないだろう?」
少女はしばらく呆然と立ち尽くしていた。顔色は変わっていないため掴みにくいが、どうやら納得してくれたようだ。もっと抵抗されるかと思っていたため、拍子抜けだ。味方と決まったわけではないが、少し心配になる。
───危機感がなさすぎないか? まぁ、おとなしいに越したことはないか
「初めまして。俺はシアンと呼んでくれ。いろいろ分からないことばかりだと思うが、話してくれないか?」
「ゆっくりでいいんだ。」
そう言って、ポンポンと背中を軽く叩いて促した。
「はい……」
───バタン
その時だった。開いていないはずの扉が閉じる音がした。
───あちゃ~。これは不味ったなぁ
もうドアの周辺には誰の気配もなかった。