第18話 おんぶなんていつぶりかな?
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〈スピード、モット、ハヤイ、シマス〉
そんな拙い言葉を使っているのは、大昔は乗ってみようでお馴染みだったらしいイルカ───ではなく、鯉だ。
いまいち、インパクトに欠けるような気もする。しかし、これも致し方ないことだ。なにせ、鯉が一番、知能があり、速い。船の代わりの乗り物として最も適していた。
しかも、そもそもの話、鯉は淡水魚であって、海水魚ではないはずだ。数回ほどだが、リアルでお屋敷に行ったときに池の中で見たことがある。当然、大きさも全く異なり、リアルの鯉の縦横高さをそれぞれ2倍くらいに伸ばしたくらいで全長は1.2mほどだ。
「私、一度は海の動物に乗って泳いでみたかったんだ。とっても、嬉しい!」
「確かにねです。リアルでは海なんて一般人は行けるわけないですよね。」
そう、今の時代は環境保護団体によって、厳重な管理が行われている。そのため、余程の由緒正しき大企業の重要ポストでもない限りは、海に入ることさえできないだろう。
ただ、だからと言って日常生活で困ることはない。ワカメや海水魚等も、工場で完全養殖がされているからだ。
「おい、アスタ。もう少し、肩の力を抜け。鯉が潰れるぞ」
アスターも、イキシアたちと同じく初めてらしい。緊張から、鯉にギュッと掴ま───いや、力が強すぎて鯉を締め上げている、と言ったほうが正しいかもしれない。哀れなことに、鯉は泡を吹いてしまっている。
「ご、ごめんなさい」
感情の表現が以前よりも、上手になっている。案外スキルで人形を作ったら、最初は感情がなくても周りから学んで人間に似てくる、いやもう既に先行事例があるかもしれない。
「それでベリー。コイツらはどうするんだ?」
「この子達たちにしたのは一時的な使役〈チャーミング〉です。完全な使役であれば、条件が厳しくなりますので。クイック───前に〈使役〉したウサギ───のように常に傍に置いておく必要はございません。そのため、この子達はこれからもここで生活してもらい、必要なときには迎えに来ようかと。」
そう言って、ベリーは斜め掛けカバンを軽く叩く。
そのカバンが完全に使役したモンスターのゲージだ。これはアイテムというよりかは、一種のスキルのようなものだ。ベリーが持っていて違和感のないくらいの大きさ───つまり見た目は小さいが、その中は想像以上に広いらしい。
「あ、あれが、わたくしたちの目的地?」
リリスは体を僅かに震わしながら、真正面を指差し、尋ねた。その声に含まれるのは怯えで、否定してほしいという思いが込められている。
その指の先にあるのは1つの孤島だ。周りはぐるっと山で囲まれており、霧がところどころかかっている。その上には雲がかかっているわけでも、夕暮れ時でもないのに、空が薄暗い。また、その浜辺には至る所にカラスの羽のようなものが落ちていて、船は一隻も止まっていない。
簡単に言うと、見るからに怪しげな雰囲気だった。お化けでも出そうなものだ。
「ホント、まるで新手のホラー映画みたいだね。」
「なんか、血が騒ぐ!です」
「不気味ですが、頑張りましょう、リリス様。」
───バサバサッ
すると、鴉が急に飛んできて、リリスの真上を通った。
「きゃっ」
リリスは必死の形相で、咄嗟に鴉めがけて手をジタバタさせた。ただ、バランスを崩し、海にドボンするということにはならなかった。
「大丈夫か?」
イキシアは後ろを振り返ると、そこには赤が広がっていた。リリスの手にはカラスの胴が貫通している。まさに血の海という奴だ。
そして、我に帰ったリリスは目を丸くすると、すぐに閉じた。それから、今度こそ後ろに倒れ、今にも海にドボンしそうだ。
「よっと」
イキシアは海面に触れるスレスレで、間一髪リリスを引き上げる。自身の鯉に華麗に───とまではいかなくとも不様ではない、まあまあで乗り移り、また速度を上げた。残念ながら、テイマーには向いていないらしい。
パチリとリリスが瞼を開けた。先ほどと同様に目を丸くする。
「大丈夫か?」
ただ、後ろを振り向き、イキシアが覗き込むと、今度はジタバタすることなく、一も二もなく頷いた。
───そう言えば、いつぶりだろうか。おんぶだなんて。
時の流れの速さをしみじみと感じる。そう思うと、そこまで表情が豊かではない方だが、自然と頬が緩まってしまうのも仕方のなきことだろう。
「うぅ。お化けは嫌いなのに」
ローは静かに舌打ちをし、ストは人の悪そうなニヤニヤ顔で「いいねぇです」と言い、他の面々は温かな眼差しで見ていた。
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「う、寒っ!」
森に入ると急激に風が冷たくなった。水着しか着ていなかったため、ボックスからローブを出し、羽織った。
「本当にこんなところに館なんてあるんでしょうか?」
これはSNSで拾ってきた情報で、かなりオタクなゲームの隠れ設定などを探すチームのスレにあったものだ。
一般的にはSNSは敵対したり、悪用したりするプレイヤーでも見えるため、あまり貴重な情報は書かれない。しかし、このゲーム「カオス」は違う。それは個々によって見える世界が違うからだ。幸いと言うべきか、残念ながらと言うべきか、イキシアたちのクランにはあまり反映されていないが。
まあ、つまり広い情報交換が必要ということだ。そのため、SNSにはよっぽどの情報以外は流されており、プレイヤーの7割近くが情報を投稿しているというデータまである。
「信憑性は十分あったはずです。ただ、ここが海に囲まれた離島ということもあり、まずまず挑戦できるプレイヤーは少ない訳で、情報の数は少なかったですね。」
「しかも、この島にはあがれても、研究所にたどり着けない人たちもいたんでしょ? そこから、既にゲームは始まってるってことだよね。何が条件何だろう?」
「あ、やっと見えてきたじゃんです。」
その館には門があり、そこに1人の女性が立っていた。
「ようこそ、梵天の館へ」
「どうぞ、こちらへ。ノア様がお待ちしております」




