第17話 塔なのか、協会なのか、マフィアなのか
◆◆◆
「あれか」
円を描くようにドーム状にされている枝垂れ桜が見えた。それは目立つような美麗さというよりも、可憐という言葉のほうが似合っている。
「静かですね」
こうやって、水中の中でも話すことができるのは、イキシアとアスターが異業種だからだ。このヘイムの種族はすべて人間種と異業種に分けられる。現地民はほとんどが人間種に属するようだ。
「ああ、異常なほど、な。」
2人は桜しか存在していないその庭園に足を踏み入れた。
「あんたらが初めてのお客さんってことか。」
突然、ビリビリとした体が引き裂かれそうな感覚に襲われた。
すると、何もなかったはずの目の前に人影が現れた。
少し乱暴な物言いの少女───声からしてそうだろう───は下手くそなスキップをしていて、上機嫌なようだ。しかし、その顔は純白の長い頭巾で隠されており、見えない。
ドームをくぐった今では、桜に覆われて見えなかった塔もはっきりと見える。少なくとも、ここは協会ではないだろう。そんなこともあり、少女のシスターのような姿は浮いて見えてしまう。
「はりきって、出てきてしまったけど───」
その時、突然体から力が抜けた。風船が割れ、空気がプシューと抜けるように。
───バタンッ
その音を最後に光が消えた。
◆□◆
少女はゆっくりとこちらへと歩いてきて、次の一歩で一気に距離が縮まりました。
「───弱いな。あんたら」
私もイキシアさんとの距離を一気に近づけ、少女の攻撃を迎え撃ちます。
「ディエディー・ホーリー・ランス」
目の前の少女は強いです。だからイキシアさんを確実に守れるように、自身の手札を一枚切りました。
そして、その間に少女を捕らえ───
───そこには、もう少女の姿はありませんでした。
代わりに、そこには散り散りに切り裂かれたイキシアさんだった欠片がありました。
「……ッ」
その時、背筋に悪寒が走りました。急いで後ろを振り返ります。
「ディエディー・ホーリー・バリア!」
少女が刀を振るうたびにバリアが粉々に割れ、光の粒子となって消えていきます。私も負けじと魔法を放ち続けますが、このスキルは燃費が悪いため、この状況はそう長くは持ちません。
「あんた、やるね。もうお仲間さんはくたばったのに。ただ、お仲間さんは入場できない。まあそうでなくとも、お断りだな。人造人間にはいい思い出がなくてね。」
横目で見ると、そこには微かな光とともに少しずつ形状を取り戻していっているイキシアさんがいました。おそらく、最後の最後に〈再生〉をかけたのでしょう。〈回復〉や〈大回復〉では部位破壊判定が出された負傷は直せませんから。
「ここにはあなたは一人ですか? この塔はあなたの所有物なのですか?」
「いいや、あんたは根本的に一つ間違えている。私はシリウス様に領域管理者として仕えているんだ。私の全てがシリウス様のものであり、このバベルノの塔もシリウス様が私にくださったものなんだよ。」
もう既にMPは底をつきかけています。そのため、今は鬼ごっこをしています。ただ相手のほうが格段に速いので、徐々に追い詰められているのは明白です。
「さて、もうお仲間さんは粗方治ったようだ。なんでこんなにも弱いやつとつるんでいるのか、さっぱりだったが、中々骨があるやつだね。撤退するなら、撤退するといい。」
「はい。またお邪魔します」
「ああ、今度はこの子達が相手をしよう。」
そう言って、少女はシャイル、と呼びました。するとシスター服のベールの中で何かがもぞもぞと動きました。出てきたのは頭の部分に角を1つつけた黒と白の魚です。
「それに急ぐ必要はない。この子達ときちんと戦っていれば、きちんと強くなれると思う。そのときには、きちんとまた顔を出すと約束するよ。」
「じゃあ、また今度」
少女はそう残すと、その場から消えました。それも一瞬で。
◆◆◆
「行ったな」
とりあえず、元の形に戻ったイキシアは目を開けると、起き上がった。
「起き上がって、大丈夫ですか?」
「ああ、だいじょう───」
───グラリ
イキシアは前のめりになってしまう。すると、アスターが即座にイキシアの腕を持ち、肩を貸した。
「全然、大丈夫じゃないと思いますが」
いつものアスターとは違い、少し攻めるような口調だが、困ったように眉を下げている。
「人造人間は、急性の機能停止以外に何か弱点があるのでしょうか?」
そう、人造人間がヘルモードとされる要因にそれが挙げられる。
これは不定期で起こり、起こるとまず10分間は一時的に、このヘルムから隔離されて暗闇の中で過ごさなければならない。その暗闇と言うのがまたプレイヤーの精神を苛む。イキシアとしては、いろいろと考える時間ができたと考えて有効活用するべきだとも思う。しかし、人というものはそう簡単にはできていない。お遊びだと分かっているお化け屋敷が怖いように。
次に、それが終わると50分間痛みに耐えなければならない。鈍い痛みではあるが不快感が強く、こちらもプレイヤーのSAN値をごっそりと持って行く。
最後に、それが起こってから24時間は全能力値が半減されると言われている。しかも、平衡感覚が狂う、それも定期的に変わるのだ。これが、大切なイベントの日となると、たまったものでないだろう。
───他人事じゃない? 想定は一応していたし、仕方ないものは仕方ない。
「俺は知らなかったが、話を聞いている限りではそうみたいだな。トリガーが何かは分からないが、入場できないということは向こうも狙ってしているわけではないようだ。」
「そうですね。人造人間は入場禁止ではなく、できないと言っていましたし。」
「それにしても、物好きなヤツだな。」
「侵入者の私たちを歓迎していましたし、戦闘が好きなんでしょうか」
「そうだろうな。初めてのお客さんって言ってたから、多分これは運営が用意した、初めてギルド拠点に攻め込んだプレイヤーへの特別イベントだ。ギルド拠点に攻め込む初プレイヤーを迎え撃つ、ボスってところだろう。いいシナリオじゃないか」
「向こうはかなり強かったですね。シャイルたち相手にレベルアップのままでイベントは終わりになるんじゃないですか?」
「それこそ、まさかだ。せっかくの第一回のイベントで、それは勿体ないな。」
「何か策を思いつきましたか?」
「ああ、勿論だ」
そう言って、イキシアは桜の下でキョロキョロと目を回しているプレイヤーたちを指さし笑った。




