第12話 キャァー、サイコパス出たぁぁぁぁ!
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少しして光が見えてきた。そこは見覚えのある部屋だった。窓からは月が見え、窓のすぐ傍には机があり、その上には何も置かれていない。ただ、その机の横には質素なスクールバッグとゴミ箱が置かれている。壁際の本棚には数々の本と大量のゲームソフトがずらーっと並んでいて、中でも小説と漫画が多い。その隣にあるのは制服をかけている───。
制服をかけている? クローゼットの扉は開いていない。
間違いない。ここは蒼の部屋だ。
そして突如、アスターが現れた。どういうことだろうか。ここはリアルのはずだ。蒼はゲームと現実は、はっきりと区別している。中毒になることはあっても、リアルに意義を見出せなくなるほど、極度のものではない。
「ごめんなさい。どうしても忘れないの。過去の記憶が、貴方は貴方なのに……。私ってバカよね、本当に。ねぇ、教えてよ。貴方の答えを。私を───」
───夢から覚めなければいけないのは、夢が現実じゃないから、夢が都合いいだけのものでしかないから。じゃあ、もしその理由がなくなったら? 例えば、夢が現実になったら? 夢が都合のいいだけのものじゃなくなったら?
分からない思考ばかりが自分の頭を搔きまわしていく。その思考が終わるころには視界がぼやけていた。頬を水が濡らす。家はそれほどボロくないはずだが、これは何だろうか。
そして分かった。なぜか蒼は泣いていた。
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「はっ」
やはりこの世界に〈幻想〉で生まれる疑似空間での行動は反映されないらしい。精神的には疲労しているが、悪夢から覚めた時の息切れなどはない。
あれは何だったのだろうか? 無関係というにはあまりにも出来過ぎたものだった。あれは自分が想像することをデータ化し、もとにした予測とかだろうか。
運営側はこんなところにも妙にこだわっているので、それをゲームとして実用化するコストは大丈夫なのか、などと考えてしまう。
MPが少し回復したところで引き続き、筋トレを始める。いつも通り、ゲームの考察や予定などを頭の中でする。
しかし、なぜか集中できない。同じようなところで、思考が途切れてしまう。
仕方なく、イキシアは思考するのを諦め、音楽を聴くことにした。あらかじめ、自分が購入した音楽データであれば、ゲーム内でも少し設定すれば聞くことができる。いつもは思考するため、音楽を楽しむリソースは割かないのだが、久しぶりに聞くと頭がクリアになっていく。
一通り、ひとまずは満足が行くところまで鍛えられたようだ。最終チェックとして鏡で成果を確認する。
コンコンコン。
「ただいまー」
「帰ったどー」
「「ただいま戻りました」」
ちょうど、4人が帰ってきたようだ。また、タイミングの悪いことだ。まさに神がかり的、タイミングと言えるだろう。それに加え、この宿は一室だ。出入り口が2つもある訳がなく、まあ流れ的に男子の部屋が出入り口に直通の部屋となる。
つまり、イキシアの姿は出入り口から丸見えだということ。
Q.帰ってきて、目の前で半裸で鏡の前に立ち、自分の体を触触しているいい大人の男がいたらどうするか?
A.悲鳴が上がる。(無論、黄色い声じゃなくて絶叫)
「キャァー、サイコパス出たぁぁぁぁ!」
リリスの悲鳴が宿中に響いた。まるで、オバケでも出たかのような反応だ。解せない。
それから当然、宿屋のオーナーからお説教され、その後、罰としてレベル上げに1人で行った。100匹のモンスターを倒すまで帰れまワンハンドレッドという条件付きで。
◆◆◆
帰ってきたら、アスターが来た。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
「ベリーはもう寝たか?」
「はい。今はもう既に日を跨いでしまっていますから。」
「そうか。夜は危ないから、あまり外に出ないようにな。おやすみなさい」
それはイキシアがログアウトするということだ。それを彼女も分かっているため、そこで普通なら会話は終わるのだが。
「イキシアさん、強がらなくてもいいんですよ」
その日は違った。そんなに俺は分かりやすかったのだろうか?
「俺は大丈夫だ。心配してくれてありがと。おやすみなさい」
イキシアは半ば強引にアスターに挨拶をするとログアウトした。
❏❏❏
「おやすみなさい」
ベリーは消え入りそうな声でそこにはもういない彼に挨拶をした。
───悔しい
なぜかは分からないが、悔しいと感じた。
───彼が私を頼ってくれないから?
ベリーは人間の生体的なデータから、その対象の情報は全てわかる。そう作られた。そうあるべき、そうあらなければいけないのだと体の奥底から訴えかけてくる。
ただ、彼からはそれがほんの少ししか感じられなかった。それは気のせいだと言われれば、その通りなのかもしれないと思ってしまうほどだ。
この際、彼が落ち込んでいたのかどうかは、もう1人で考えても分からない。仕方のないことだと割り切れる。
ただそれでも、彼に何も言えなかった後悔は残り続けた。




