第10話 また厄介事か……
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「追いつきましたね」
追いついた頃には、〈雪嵐〉は効果は消えていた。全速力で走ったため、もうそろそろ体力が尽きそうだ。早く、決着をつけなければいけない。
並走しながら、魔法を放つ。
「〈おおか───〉」
すると、その瞬間魔力が霧散した。
「なるほどな。あのウサギは精霊か」
精霊は魔法を放つとき以外は、視野に入っている魔法の攻撃を受けないという特徴があったはずだ。
「仕方ない。近接戦闘でいこう」
精霊は魔法が突出して得意で、近接戦闘はいまいちらしい。それにも関わらず、レベルも20ほどでここまでの速さということは、速さに全振りして魔法は苦手なのかもしれない。
ボックスからサーベルを取り出すと、一気に速度を上げる。これで後戻りはできない。この後しばらく、イキシアは走れなくなるだろう。それまでに片づける。
「揺れるから、しっかりつかまれ!」
「しっっ!」
サーベルでウサギの胴を一閃。
案外脆かったようだ。このステータスに表示されるHPの減り具合では死んでしまう。殺してもいいが、レアなようだし、実験もしたい。ここで死なせるのは勿体ないだろう。
「〈回復〉」
最低限の死なないギリギリまでで魔法をやめる。
「殺さないのですか?」
「ああ。ちょっと試したいことがあってな。」
流石に、もう走る元気はないようでウサギは大人しくじっとしている。
イキシアはベリーを下ろす。
「君は動物が好きか?」
「……そうですね。好きな方ではあると思います。断然、人間より。知恵がない分、裏切られたり騙されたりする心配がありませんし。」
こんなところにも地雷は埋まっていたらしい。
「そうか。じゃあ、このウサギを治すイメージで撫でてくれ」
ベリーが手を伸ばす。イキシアほどは警戒しないが、やはり一緒にいたからか。縮こまっている。
「こんな風にでしょうか?」
「そんな感じじゃないか。」
ベリーは不思議そうに首を傾げる。
すると、ウサギの傷がみるみるうちに塞がっていった。ステータスを見るにHPまでは回復していないが、痛みが引いたのか、ウサギの顔がパーッと明るくなった。
「すごいですね───あはっ、くすぐったいです。」
ウサギはすっかりベリーになついたようだ。ベリーにぴたりとくっついている。
「名前は付けないのか?」
「名前……ですか。すばしっこいので、クイックとかどうでしょう?」
「いや、俺に聞かれてもな。クイックはいいみたいだから、いいんじゃないか。」
それから、突如ウサギが黒いベールのようなものに包まれた。それが解けると、そこには先ほどより少し小さくなったクイックがいた。心なしか黒の毛並みに艶が出ているような気もする。
じっと見ていると、怖がられるかと思ったが、逆にこちらを見つめ返された。殺されそうになったのに肝っ玉なことだ。もしくは、ベリーの名づけによって生まれ変わったとか進化したとかだろうか。
「若様はここまで見通されていたのですか?」
「いや、全てではないな。だが、ベリーの雰囲気の柔らかさはビーストテーマ───まあ動物を使役して戦う───のに適している証拠じゃないかと思っただけだ。」
今度は、普通の白い毛に薄ピンクのウサギを見つけた。
「今日はウサギによく会うな」
「あ、思い出しました。これは年に1回、獲れるか獲れないかのとても珍しいウサギだと思います。雰囲気が違い過ぎてこの子の時は分かりませんでした。申し訳ありません。」
「終わったことは仕方ない。」
「そうですね。あの3匹も同じように仲間にしますか?」
「そうだな。でもあまり多すぎてもな。生きてるモンスターはイベントリーに入れられないし、ベリーにも当てはないだろう。だったら、あの小さいの1匹にしたらどうだ?」
「そうですね。あの3匹は親子のようなので、1匹だけ残すのも可哀想です。全て殺しましょう。」
「それもそうか。」
◆◆◆
「これが受けていた薬草採集の依頼の魔草です。そして、素材の買取をお願いしたいので、査定をお願いします。」
魔草については余分に採集してきたが、売っていない。なぜなら、これはMPポーションを作るのに必要で素材を薬屋に自分で持ち込むと、MPポーションが安く買えるからだ。
「は、はい。かしこまりました」
ボックスから、ウサギを3匹出すと、それをこそっと盗み見ていた人々がどよめく。ちなみに、普通のウサギは個体数が少ないのもあるが、普通に強いため、このレアさらしい。
「こ、こちらが査定結果となっております。スライム23匹が金貨46枚、ゴブリン15匹が金貨45枚、白長耳3匹が金貨700枚、計金貨791枚です。お確かめください」
イキシアは受付嬢から金貨を受け取ると、確かめることなくボックスにしまった。所持金がステータスに表示されているため、わざわざ数えなくてもシステムがカウントしてくれるからだ。
ただ、それを知らない受付嬢は勘違いして、「な、なんて立派な人なの。確かめないなんて。最初、後輩は面食いだから、それ以外についても褒めるなんて。夢の話でもしているのかと思ったけれど。恥ずかしいわ。食べちゃいたいくらい。」とか何とか言っていたけれど、このギルドの受付嬢は変人しかいないのだろうか? しかも、チョロイン気質をビシビシ感じる。まさか、他のギルドの受付嬢もこんな感じなのだとしたら───どうにもならないな。気にしなければ、済む話のはずだ。
「なあ後輩よぉ。おい、随分と男前な顔をしてるじゃないか。ワーカーのくせして、景気もいいようだしなぁ。ここは先輩が、お祝いも兼ねて話を聞いてやろう。」
もうアスターも戻っているころだし、イキシアとして早く宿に戻りたいのだが、絡まれたようだ。こちらは素面だが。
男たちの首にはペンダントがかけられていて、それによると級は銅級らしい。つまり、赤級のイキシアの2つ上の先輩だ。
「そうねぇ。わたくしたちの口に合うような店にして頂戴な。」
「そうですねぇ。私たち直々の声掛けなのですから、当たり前ですがねぇ」
要約すると、先輩が誘ってやったんだ。お前らの白耳長の金で俺らに奢れ。といったところだろう。
「ベリー。ワーカーというのはなんだ?」
「ワーカーって言うのは、赤、黄色級───つまりカードを持つ冒険者のことですね。この世界では大半の人は冒険者登録しています。例えば農業をしていても、モンスターが畑を襲うこともあり、大抵の人は自衛手段を持っています。そのため仕事の合間には冒険者としての依頼をこなすこともあり、そう言った人たちは世間的には冒険者とは呼ばれません。そこで、そう言った人たちと真なる冒険者とを区別する呼び方が生まれたという訳です。ちなみに、銅、銀級はフリーと言われ、それ以上になると冒険者と言われることが多いですね。」
「なるほどな。」
「おいおい。聞いてんのか? うん? このチビはお前の娘か。ははーん。美人さんじゃないか。」
男の手がベリーの体に伸びる。
しかし、その手はベリーに触れることなく、叩き落とされた。




