第1話 ハプニングに次ぎ、ハプニング×4
「◇◇◇」がリアル空間での話で、「◆◆◆」がゲーム内での話になっています。
◇◇◇
キーンコーンカーンコーン。
「起立。気を付け。礼」
「さようなら!」
少女が号令をかけると、その後に続き全員が挨拶をした。その少女───もといこのクラスの委員長は、蒼の双子の妹だ。
昔であれば、双子は別のクラスに分けるのが主流だったらしいが、残念。この学校は一応、世間一般では進学校で中学受験がある。そのため、クラスは1つしかなく、必然的に同じクラスになる。
チャイムと同時に一部の生徒たちはそそくさと帰っていき、残りの大半の生徒はまだ残っている。友達と駄弁ったり、荷物をまとめたりしている。
───あー、俺も帰りたいなぁ。
「天里君ー。また後輩ちゃんが来てるよ」
そんな蒼の心をつゆ知らずか、後輩からのご指名のようだ。
「はーい。今、行く」
───文化祭前なんだよなぁー。
「会長、迎えに上がりましたよ。さぁ、生徒会に参りましょう」
高い位置で括られたツインテールとその身長は、本人のプライドを表しているかのようだ。その身長に切れ長の目も相まって、初対面の相手からは少し高圧的に見えてしまうことも少なくない。年頃の女の子ということもあり、この少女が密かに気にしている、身長についての会話はタブーだ。そして、この少女は生徒会役員の一人であり、問題児でもある。
「分かってるって。逃げないからさ。迎えに来るのいい加減、辞めないか?」
「そう言って逃げた前科、何回か知ってます?」
「4回くらい?」
「いえ、位が違います。40回です」
───適当に言ったにしてはドンピシャなんだよな。それは、怒りゲージが成せる技なのか、それともただ優秀なだけなのか。
◇◇◇
「今日こそ、文化祭の準備を全て終わらせてもらいますよ!」という矢野の気迫に負かされて、本来であれば帰るはずだった時刻よりも半時間もオーバーしてしまった。
「あれ? 兄さんじゃん。どうしたの? もしかして、後輩ちゃんに捕まった感じか」
ニヤニヤという言葉が似合いそうな笑みを浮かべ、剣道の竹刀を肩にかけている霞は蒼の隣に立つ。
「そう言えば、影野君、図書館に後で来てって言ってたけど、待たなくていいの?」
「別にいいだろ───」
すると、蒼の肩に何かが触れた。
振り返らずとも分かる、蒼の肩に乗せられているのは影野の手だ。何というタイミングの悪さ。
「あ、タイミングバッチリじゃん。」
「早く新作を買いに行くぞ」
「…そうだな。」
ポンピンポンピン、ポンピーン。ポンピンポンピンピー。
自動ドアが開き、3人で横並びのまま入る。
「「こんにちはー」」
「あー。そーちゃんに、みーちゃんに、せーちゃんじゃないっすか。予約してたヤツっすか」
「そうそう。後輩に捕まって遅くなったんだ」
「いやいやいつも、兄さんが速すぎるだけですよ」
「アハハ。2人ともいつも通りだねぇー」
「……。」
「冗談冗談。これっすかね?はい、まいどー」
「ありがと」「ありがとうございます。」
影野は浅くペコリと頭を下げた。
ワンタッチの支払いを終え、大学生の顔なじみのバイトから3つの箱を各々受け取る。
「男2人はともかく無理ゲー、好きでもないのに付き合わされるのは大変だねぇー」
「お兄ちゃんと遊べるのは嬉しいし、最近は即死も少なくなってきたのでまだまだ───」
「前半はともかく、後半はそう言ってる時点でかなり毒されてるっすよ。」
「はい? 何か言いましたか?」
「いやぁ、何でもないっすよ。楽しんで」
「はい!」
「それより、男2人先行ってるけど、ダイジョブそ?」
「───あーっ。もう、すみません。また来ますね!」
◇◇◇
───混沌の淵
それは、半年前にベータテストを終え、本日発売されたVRMMOだ。NPCには一つ一つ名前があり、AIも搭載されていて、細部までが凝っているのが魅力だ。
だが、何より一番はこのゲームの「自分だけの世界を完成させる」というコンセプトにある。ゲーム自体は同じ世界でするが、プレイヤー1人ひとりがみる世界や発生するイベントの捉え方が違うのだ。
そんな、今話題の人気作だが、一つ問題がある。それは、無理ゲーだということ。一番簡単なモードでも初心者はまず絶対に無理で、中級のゲーマーでも3割はクリアできないとされる。そんな代物だということ。
───俺はそこまでしか知らない
人によっては、しっかりとインターネットで情報取集をしてから始める人もいる。
ただ、天里蒼は違う。
チュートリアルというのは、ゲームの花形だ。
それを蒼は本当に必要最低限の情報しか知らない上で、体験するからこそ感じるものがある。そう思うのだ。
蒼は渦巻く、期待を胸にエナジードリンク数本と、夜食のプリンを机にセットし、機械ににゲームソフトを挿入した。
◆◆◆
───混沌の淵(通称カオス)
───それはまだ未完成の始まったばかりの世界。数多の不思議と自然で溢れかえっている。
───汝はそこで何を成すのか。
───その世界の完成した先とは。
───さぁ、始めよう。世界を創る物語を
水の中を微睡むような感覚。炎が炎々と燃え盛るような感覚。最後に「混沌の淵~カオス~」というタイトルがどこからか差し込む太陽の光を反射するように光った。
そうして、その壮大な映像と音楽、五感を刺激するオープニングが閉じられた。
そして、案内役が出てきて───
───って出てこない?
少し待ってみても、一向に来る気配がない。それどころか前にある数々の画面───と言っても、浮いていて厚みは一切ない───が主張するかのように点滅し続けている。
───もしかして、これで終わり?
蒼は半信半疑のまま、一旦ここでセーブし、ログアウトした。
◇◇◇
昔はチュートリアルの最中は、セーブが出来なかったらしい───それって考えたら、相当不便だよな───が今はもちろんできる。
とりあえず、2分もたたずにオープニングが終わったが、ほぼ何の説明もなく、種族やらアバターやらの設定をやらされそうになった。
そんなこんなで、只今ネットで情報収集をしている。ベータテストでの情報が大部分を占めているが、発売されたのと目立った変更点はないようだから、ある程度は信用できるだろう。
ページをさーっと流しながら読む。
「えーっと、人造人間がヘルヘイム───難易度が一番高いってことか」
おそらく、自分だけの世界を創るために細かい誘導はしないようにしているのだろう。しかし、確かにこれは与えられる情報が少なすぎる。
知らない間に、お金や経験値が入ってきていたようだし、あの出てきた画面にも種族の特徴は一言、多くても二言くらいしか書かれていなかった。
◆◆◆
「種族は、人造人間で」
「お金は金貨10枚のままで、経験値は2減ったと」
「MPはまだ減ってないけど、本格的に始まってから減る感じだろうな」
「うん? これが特殊スキルか」
───効率を求めるあなたに適しています。種族スキルである万能を破棄し、受け取りますか?
「効率、な。よくご存じで。今までは説明なんてほとんどなかったのに、やっと出てきたと思えば、これですか」
思わず、皮肉ってしまったが、勿論同意した。
ついでにスタートから24時間は昼夜逆転にした。昼の方がMPがなくなった時のポーションとか薬とかを買ったりするのに、何かと便利だろうと考えたからだ。ただ、この昼夜逆転はズルを防ぐために1週間に1回限りにしているらしい。
「そう言えば、効率は載ってなかったな」
多かったのは、強欲、退屈、怠惰、勤勉、熱意、成長あたりだったはずだ。
蒼はステータスとボックスを開けて確認した。
【ステータス】
《プレイヤーネーム》イキシア
《種族》人造人間
《レベル》0(0)
HP20 MP20 EP18
【ボックス】
〈アイテムエリア〉《所持金》金貨10枚
《アイテム》なし
〈スキルエリア〉《特殊スキル》効率Lv.1
HPが生命力、MPが魔力、EPが経験値らしい。
───今すぐ、ランダムリスポーン地点に移動しますか?
───「いいえ」
まずは、経験値でスキルを取得するべきだろう。
蒼は自分の唯一の持ち味である1回見れば大抵のことはできる高い観察力のこともあり、近接戦闘はある程度、自信がある。
そのため、魔法系に伸ばしていくべきだろう。魔法を使っている間とそのリキャストタイム中は前衛職の武器を持てない。しかし、最初であればそこまで有力な魔法は取得できないため、リキャストタイムも短いだろうから、十分役に立つはずだ。
───EPを13消費して、「念力」「詠唱」「想像」「大風」「回復」を取得しました
前半3つが魔法を解禁するのに必要なスキルだ。
「大風」を取ったのは自然やそこにあるものを使えば、消費MPが減るからだ。風であれば、大抵はどこでも吹いているだろう。
「回復」を取ったのは一部では蒼が異常者呼ばわりされる《《アレ》》をやるためだ。
できれば、「大風」「回復」の上位スキルを取りたかったが、魔法を使い、レベルを上げる必要があるらしいので、ここでストップだ。
───ランダムリスポーン地点に移動します。
イキシアの目の前から光が消えた。
◆◆◆
ジェットコースターが下に落ちる時のような風圧と腹の底から来るふわっとした違和感とともに地面と衝突───
───かと思いきや、木枝をバキバキと降りていた。一際太い枝が見えるとそれを鉄棒代わりに一回転し、地面にスタッと着地した。
───痛いな。手の皮がボロボロだ。
やはり、鉄棒のように無傷とはいかず、足の骨の代わりに手を代償にした。「回復」で治せないわけではないが、それは《《勿体ない》》。
───降りているときから分かっていたけど……
頭の上から風が吹いてくるのを感じる。
「ギャギャァー!」
ゴブリンは棍棒を振り下ろし切る。ガンッと言う固い音がし、その音に満足そうな声を上げる。
「「「「ギャッギャッ!」」」」
その声に共鳴するかのように、他のゴブリンも歓喜を露にする。
───アギャッ?」」
しかし、突如何匹かのゴブリンはその声に困惑を表した。
「うーん。やっぱり、大風はまだ使い物にならないな。ただ、護身術はこの体でも使えそうだし、いいか」
そう言いながら、先ほどまで持っていた一匹のゴブリンを手から離し、地面に伸びさせ、ゴブリンを初めて目視する。
ゴブリンの頭の上にはステータスが表示されている。とは言っても、表示されているのは、名前とレベルだけだ。
「ホブゴブリン、レベル5、か。強いのか、弱いんのか。」
パンパンパン、と手のひらについたゴミを払うかのように、手を叩くと、手招きをした。
「さぁ、おいで」
「ギギーッ、ギャッギャァー!」
イキシアはゴブリンたちの上下左右から繰り出される武器や拳をタップダンスを踊るかのように、最低限の動きで急所から外す。
「ギャッギャッ!」
かすり傷が多い中、ただ一つだけ、急所に比較的近いところに刺さった斧があった。それを見て、ゴブリンのリーダーらしき男はざまぁみろとでも言うかのように囀る。
「捕まえたっ」
イキシアはその如何にも毒々しい色合いの斧を素手で掴んだ。そして、その斧を引き寄せ、そのゴブリンを拘束し、関節を綺麗に外す。
その痛みにゴブリンが悲鳴を上げるが、イキシアは顔色一つ変えることなく、他のゴブリンも呆気にとられている隙に、今度は斧を振りかぶる。
そして被害者をあと2匹追加したところで、正気に戻ってきたのかと思ったが、今度は笑い出した。イキシアは首をかしげる。
───コイツら、仲間の死を前に壊れたのか?
すると、視界がグラリと揺れた。
───なるほど。ゴブリンが毒を使うのは意外だな
あの如何にもな斧は、はったりではなく、本当の毒だったらしい。
「そう……か。この体は、毒が効くんだったな」
───油断していたからか、すっかり忘れていたな
ゴブリンたちを3匹狩る時間よりも短い間をおいて、イキシアは何事もなかったかのように立ち上がった。
ゴブリンたちは目を瞬かせ、そこに化け物を見ているような恐怖を浮かび上がらせる。後退りをするも、その時には既に足音は自分も含めて2つしかなかった。
「イミ、ガ、ワカ、ラ───」
「なんだ。喋れるじゃないか」
イキシアは、斧を両手で振り回しながら、血を払っていた。その血が服に飛び散らないように器用に。
斧に伝う、やけに多い血は誰のものなのか。
次の瞬間、ゴブリンは自分のやけに熱い腹をただ呆然と見ていた。
初めまして、サイカと言います。初めましてでない方はこんにちは。もし気に入ってもらえたら、私としても嬉しいです。良ければ、評価、感想お願いします。
この第1話は良いタイトルが浮かばなかったので、長めになってます。しばらくは毎日更新で、ストックが底をつき次第、週一程度になるかと思います。