1の日とまたねのお話
「やあ」
とある日、私が病室の扉を開けて顔を覗かせそう言うと、鈴兎愛は微笑んでくれた。
「昨日ね、色々と短い小説読んだんだ。難しいけど理解出来た時、入れた時とても良かった」
「それは良かったね。何読んだのかな?」
「アンバレンタインデー、Sweet Thick Happy、ハッピーホワイトバレンタイン、夏の終わりに、メリゴーランドとケーキ、海のいたずら、一冊の時計だよ。良かったら読んでみてね」
「帰ったら読んで明日感想話すよ。まあ感想言うのは苦手だから一言になるけど」
「それでもいいんだよ。どんな形、数であれ感想だと思うから」
私は傍にあるとある一輪の花の様子を確認してこう口を開いた。
「手術はいつ?」
「一週間後の朝の10時だよ。どれくらい掛かるかはその時次第だって。運が良ければ早く終わるし、あたしの命も……」
「分かった。それより早く来るよ、絶対に」
「ありがとう」
それから色々な話をした。
自由になったら、リハビリして退院したら何がしたい、何が食べたいとか色々な話をした。
「やっぱり一番は深優と色々な事をしたい。そして、いつかは……」
「いつかは、何?」
「今は内緒」
「残念」
「まあ少し位秘密作ったっていいじゃない。あたしと深優の仲だけども。……両想いじゃないし色々とまだだし」
「何か言った? すっごい小さくて聞こえなかった」
「内緒! ただぼそっと思った事呟いただけ。いつか言うって覚えてたら」
「残念。ま、期待せずに待ってるよ。そろそろ時間だから、行くね」
「うん。今日もありがとう」
そして病室を後にした。
今日もお互いあの言葉は言わずに。
手術日、いつものように病室を訪れていた。
「来たよ」
「うん」
今日はあれを言うんだ、伝えるんだ。
私はそう決めていた。
その影響か鈴兎愛にこう聞かれた。
「どうかしたの? 何かあった?」
「何もない、訳じゃないけど後で分かるから。大丈夫、暗い話じゃないから安心して」
「そう? 分かった。それでね――」
いつも通り小説の話とか色々な話をした。
まあ同じ話をする事もあるけど、それでも楽しかった。
私が何よりも大切な鈴兎愛の為に、今出来る一番の事。
それは――
大分話込んだ頃、私はこう言った。
「私が何よりも大切な鈴兎愛の為に、今出来る一番の事。それは、またねと言う事。だからまたね」
一輪の花が散る前に私は言えた、伝えられた。
またねと言えた、伝えられた。
鈴兎愛は哭きながらこう言った。
「ありがとう、またね。行って帰って来るからね」
そして、鈴兎愛は手術室へと向かった。