0の日と1へと繋がる日のお話
「はい、どうぞ」
私は彼女の落とした本を拾って渡した。
「ありがとうございます」
そう言ってぺこりと頭を下げる彼女。
二本の兎耳を揺らして何度も下げているのが印象的だった。
兎人の彼女と出逢ったのはこの時が初めてだった。
出逢ったのは友人の見舞いの帰りで寄った時だった。
彼女は車椅子で本を読んでいたが、力が弱いのか突然本を落とした。
私しか近くに居なくて落ちた本を拾ったのが出逢い。
私は何を思ったのか自己紹介を始めて、彼女も戸惑いながら自己紹介をし合った。
「私、栗花落深優。貴女は?」
「あ、えっと……明日鈴兎愛。宜しくお願いします」
「うん、宜しくお願いします」
そして病室を聞いて毎日お見舞いをする日々が始まったのだった。
毎日お見舞いしていたとある日のこと。
私はいつもの様に彼女の病室を訪ねていた。
「やっほ。今日も来たよ。調子はどう?」
「今日は幾分かいいかなあ。こうして物語が読めるし、座って居られるし」
「そっかあ。それは何より。で、何を読んでいるの?」
「とっても短い小説。Poupées, Fleurs et Amourって小説」
「フランス語のタイトルなのに内容は日本語なのね。途中の感想は?」
「これは難しすぎる内容かな、あたしには」
そう言われたので1話だけ読ませて貰った。
確かに難しくて読み解くのに時間が掛かりそうだった。
「だから今日一日はこれを何回も読む予定」
「分かるまで?」
「そう。分かるまで読むの。世界を知りたいし入りたいから」
「なるほどね。それはそれとして、何か悩みでもあるの?」
「あ、分かっちゃった? 今度ね手術受けるの。初めてだから色々な感情が綯い交ぜになっていてね」
「私が出来る限り傍に居るよ。勿論、鈴兎愛の家族も居るだろうけど」
「深優が居てくれるだけで少しでも楽になるよ。だけどね……」
「分かっている。この病気と手術の、でしょ?」
「うん……」
それから暫くの間沈黙が流れた。
鈴兎愛の病気は重く、何もしなければ死に至る位重かった。
現代の先進的な治療により20歳まで生きられたが、これ以上は手術が必要だった。
ちなみに鈴兎愛は私より5歳しか違わないが、私より遥かに色々と逞しく感じた。
ともかくこれ以上の治療では限界があるので、手術が必要な訳だけど……私達は今前と上両方見られなくなっていた。
その手術の大変さ、死への近さ等があったから。
「今日はほら、この花を持って来たんだ」
「ありがとう」
「元気を出して欲しい。大丈夫。次とか色々あるから、ね?」
「うん……うん!」
私はこの花が散り行く前に再会の言葉を、誓いの言葉を贈ろうと決めた。
何故今はっきりと言わないのか、それは私も鈴兎愛と同じ様に恐怖とか色々な感情があったから。
だからお互い、特に私が勇気を散り行く前に持って贈ろうと決めた。
そして勇気を分け与えようと決めた。
「取り敢えずもう時間だから行くね、私」
「うん。今日もありがとう。楽しかったよ」
お互い分かっているからこそあの言葉は未だに言い合えなかった。
それでもこうして毎日時間を作って逢っている。
鈴兎愛も楽しみにしていてくれている。
お互い今はそれだけで十分繋がれた。
さ、お互い色々決めたり持たなきゃね。