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グレイシアシリーズ

鳥になった男~ある王妃の秘めた恋

作者: ひよこ1号

王妃のセレナ視点です。


最初に失望したのは何時だったか。

セレナはぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。


王妃としてセレナが治めているアルテシア王国は、平和だ。

貴族同士の大きな諍いも無く、食糧問題や資源等にも特に困る事は無い。

セレナが子供の頃から平和な国だった。


王子を産み、育て。

そして、一つずつ歳を重ねるごとに失望は色濃くなっていく。


息子のレクサスは優秀とは言えない。

それは父であり国王でもあるラウムも同じだった。

穏やかで凡庸。

だが、王としているだけならば、周囲が優秀であれば問題は無いのだ。

彼には優秀な弟がいたが、事情があって、表向きには断種した上で出奔してしまっている。

彼に恋するご令嬢達は枕を涙で濡らしたものであった。

セレナもその中の一人で。

彼とどうなる心算もなかったけれど、幼い頃から一緒に過ごし、色々手助けをしてくれたのがセルシオだったのだ。


彼が王だったら、と思わない日はなかった。

同じように側近や、大臣、使用人にいたるまで、きっとそう思っていたに違いない。

ラウムはそれに気づけない程愚鈍ではなかったのも、不幸だった。


「弟の方が優秀なのだから、私は王位を譲るべきなのではないだろうか」

「いいえ、そんな事はございません。わたくしが殿下をお支え致します」


彼が弱音を吐く度に、そう慰めたものだった。

そうですね、と言えれば楽だったかもしれない。

だが、当時の国王夫妻は優秀な弟より、少し抜けているラウムを溺愛していた。

母である王妃シェルビーは、特に輪をかけて。


「お前は一人で何でも出来るのだから、大丈夫でしょう」

「お前は兄の為に生きているのです。よくお仕えしなさい」


セルシオが笑顔で頷くのをずっと、セレナは心苦しくなりながら見つめていた。

少なくとも王子妃候補であるセレナは、実家のルルド侯爵家の決定もあって教育に参加している。

辛い事も承知の上だった。

でもセルシオは生まれたその時から、重圧と期待に圧し潰されそうになりながら生きる事を決められていたのだ。

擦り切れて、いつか死んでしまうのではないかと心配していた。

周囲には優しく、完璧な王子様。


それがどれほどの研鑽と、辛苦から作り上げられているか、セレナには分かっていた。

共に苦労を分かち合ってきたのだから。


王子妃教育は、早目に辞退する者が多く、それぞれご令嬢は国内外の高位令息との婚約が結ばれていった。

セレナにもそういう話が無かったわけではない。

だが、ラウムよりもセルシオの事が気になっていた。

いつか、儚くなりそうで。

彼をどうにかする権力も力も、セレナにはなかったのだけれど。


ある日、ふと見上げた城の尖塔の窓辺に、セルシオが片足をかけていた時は心臓が止まりかけた。

気を失いそうになりながら、重いドレスを引きずって、塔まで走り、急な階段をよじ登るように駆け上がる。

今や彼は、窓枠の上に両足を乗せて、立っていた。

光を浴びている彼は美しくて、その向こうに見えた青空と白い雲も神々しくて、未だに忘れられない。

セレナは必死で服を掴んで後ろに引いた。


「なりません、殿下!」

「わ!」


均衡を崩して後ろに二人で倒れてもんどりうって、床に転がる。

幸いセレナの重いスカートが緩衝材クッションになって、セルシオを受け止めたのだ。

スカートに埋もれながらも必死で起き上がったセレナは、離すまいと握っていた服を引っ張る。


「死んではいけません!死ぬくらいならば!お逃げくださいませ!!」


「……あ、はは、死ぬつもりはなかったのだが、そうか、逃げても良いのか……」


ぽつりと呟いたセルシオは、必死で唇を噛みしめてぼろぼろと大粒の涙を零すセレナを見て、初めて涙を浮かべた。


「君だけだな、本当に私を見ていてくれたのは」


暫くの間、二人で泣いて、セルシオは涙をぐいっと拭うと顔を上げた。


「君は、逃げないのか、セレナ」

「殿下は誰かがお支えしなければなりません。ですから」

「そうか、そうだな」


仕方ない、というように諦めた優しい笑顔をセレナは見つめた。

既にセレナは婚約者として内定している。

未来の王子妃と王弟が触れ合う訳にもいかずに、ただ少しの間見つめ合う。

二人はお互いを抱きしめ合う事さえ許されないのだ。




それから1カ月もしない内に、第二王子セルシオは姿を晦ませたのである。

宮廷は上を下への大騒ぎだったが、優秀なセルシオは痕跡すら残さずに逃げおおせた。

親友とも呼べる、アドモンテ公爵令息エドゥアールが手を貸したのだろう、という事は誰もが頭の隅に置いていたが、証拠も無ければ調査さえできない。


セルシオが姿を消した数日後、そのエドゥアールが一つの宝飾品を持ってセレナの元へ訪れた。


「本人は自分の手で渡したいと言っていたが、思ったより執拗な追手がかかってな」

「これは……」


小さな箱を開けば、ペンダントが中に入っていた。

金の飾りに囲まれた白百合のカメオだ。

金細工に絡まるような百合の葉の緑柱石エメラルドが美しい。

ルルド侯爵家の家紋は百合で、朝露に濡れた百合の一粒の青い宝石は、セレナの水色の目と同じ。

金の髪と緑の目を持つセルシオの色に守られているようで、セレナは涙を落した。


「淑女教育を受けて来たのに、駄目ね。人前で、泣くなんて」

「さあ、俺は怪物とも言われているからな。人間として数えなくても構わんよ」


飄々と言うエドゥアールにくすりと微笑めば、エドゥアールもにっと口の端を上げる。


「優秀な男だから何処ででも問題なく生きていける」

「そうね。知っているわ」


あの時だって、思ったもの。

光を浴びた彼が、鳥になって飛び立ってしまうんじゃないかって。

牢獄に繋がれ続ける彼を見続けるより、背中を押す事を私は選んだのだから。



王妃がどれだけ執拗に彼を追ったとしても、セルシオは見つからなかった。

彼女の怒りと落胆は凄まじかったが、それ以上の大問題が浮上してそれを木っ端みじんにしたのだ。

定期的に訪れる、帝国からの使者と共に訪れた、隣国であるフォルケン帝国から訪れた姫君に、王子が一目惚れをした。

皇女コンスタンツェは、ラウム第一王子だけでなく、その場にいた全ての令息達の心を一瞬にして奪ったと言っても過言ではない。

楚々とした佇まいに、流れ落ちる水のようなまっすぐな銀の髪、夜空に星を散らした神秘的な瞳は美しい銀細工のような睫毛に囲まれて輝きを放っている。

ミルク色の白い肌に、花弁のように美しい唇は穏やかに微笑んでいて。

女性であっても、思わず見惚れてしまうほどの美しさだった。

アドモンテ公爵令息が彼女と共に親し気に話しながら退出するのを、ぼうっと見送るラウムを見て、セレナは嫌な予感を感じていて、まさにそれは的中したのである。



数か月後、王子の執務室へ呼び出されて、そわそわするラウムから、告げられた。


「君との婚約を解消したいんだ」

「……理由をお聞かせ頂けますか?」


ああ、やっぱり。


セレナはこうなるのではないか、と思っていたので驚きはなかった。

にこにこと悪気のない笑顔を浮かべて、ラウムは言う。


「帝国の皇女、コンスタンツェ姫に結婚を申し込みたいと思っている。だから、君と婚約しているのは不味いだろう?」

「そうですね。この話は国王陛下と王妃殿下の承認は得た上で、という理解で宜しゅうございますか?」

「ああ、いいよ。私よりも母上が乗り気でね」


うきうきと踊り出しそうな勢いで、ラウムが言う。


まだ、相手が諾と返事をしてくれたわけでもないのに。

この平穏な国の、城の中の小さな世界で、ラウムは全能の神なのである。

大事に育てた国王と王妃が、何でも叶えてきたのだから。

けれど、今まで問題が起きなかったのは、彼が凡愚でありながらも他者を攻撃したり、悪逆非道な行いを好まないという性質だったからに過ぎない。

それに、セレナにとっても悪い話ではない。


「婚約解消を承ります。わたくしは今日を以てルルド侯爵家に戻らせて頂くので、書面などの手続きの他、両親への手紙を頂けるよう国王陛下にお伝えくださいませ」

「ああ、分かった。今までありがとう、セレナ」


皇女コンスタンツェは非常に優秀な姫君だと聞いている。

もしも、ラウムが選ばれるという奇跡が起きるというのならば、彼女にラウムを任せればいいのだから問題はない。

セレナは荷物をまとめさせて、自身だけ先に屋敷へと戻った。



「婚約の話だが……」


晩餐の席で父の侯爵が話を始めたので、セレナは頭を下げて謝罪した。


「この度は力及ばず申し訳ありませんでした」

「いや、違うのだ。……陛下から、手続きを差し止めるようにと言われていてな」


予想はしていたが、セレナは笑顔を向けた。


「いいえ、お断りくださいませ。でなければ、コンスタンツェ様に宛ててすぐにも手紙を出すとわたくしが言っていたと伝えれば、無理には止められませんでしょう。再婚約するとしても、解消は行ってくださいませ。今すぐです」


いつも大人しく従ってきたセレナの言葉に、父は驚いてぱくぱくと口を動かした。

ゆらりと席を立ったセレナが命じる。


「お父様が今すぐ、動いて下さらないのであれば、わたくし自ら参りますが、宜しいでしょうか?」

「わ、分かった。落ち着け。……今すぐ、城へ向かう」

「宜しゅうございますか。今夜中に解消の手続きが済んだと分かる書面をお持ちいただけなければ、手紙を出しますので」

「分かった、分かったから!」


父が慌てて出て行くのを見て、侯爵夫人の母もため息を吐く。


「あの人があんなだから、侯爵家が軽んじられるのよね……困ったわ」

「念のために手紙を用意して参ります。……お父様がお帰りになられたら、お部屋に通して」


セレナは家令に命じると、とっとと自室へ引き上げた。

現在婚約中だと知れれば、望み薄な結婚の申し込みが、確実に断られる結果になるのだから、国王とて強行する訳にもいかない。

この国の王妃教育の現状を考えれば、大分前にセレナに絞られていたから、他に妥当な令嬢はいないのだから、結局皇女との婚約が成立しなかった時に、またセレナをと言い出すだろう。

コンスタンツェへの手紙を書くような無駄はしない。

用意しなくても、結果は分かる。

溜息を吐きながら、セレナは再婚約の条件を書き出していた。



それから三か月、強引に帝国に捻じ込んで叶えられた皇女の短期留学は、王妃にとっては「為人を見る為」という何とも傲慢な上から目線での理由だった。

ラウムは心から親しくなりたいと願ってのことだったが、母であり王妃であるシェルビーは姫が最愛の息子の妻に相応しいか見極める必要もあったのだ。

王妃は恋するラウムの為に、王城に住まうようコンスタンツェに働きかけたが、コンスタンツェはそれをばっさりと断ったのである。

彼女にとっての大叔母が、アドモンテ公爵家に降嫁しているのだ。

血縁者である一族と共に過ごすのは普通だろう。

断られた以上、王国側は無理を通す訳にもいかなかったのである。


学園でもコンスタンツェの人気は高く、セレナも親しく付き合ったのだが、ラウムは遠くから見ているだけで特に交流はしない。

敢えて、周囲の誰もラウムの恋の手助けをしようとはしなかった。

けれど何故だか、ラウム自身は謎の自信に満ち溢れていたのである。

周囲からはどう見ても、アドモンテ公爵令息のエドゥアールと皇女コンスタンツェはお似合いだったし、過度の触れ合いはしないものの、見つめ合う目を見ているだけで恋していると分かるほどだったのに。

最初は恋慕の気持ちもあった令息達は、相手が悪いと早々にその戦いから身を引いていたし、コンスタンツェも他の令息達を勘違いさせるような言動を一切しなかった。

セレナも含めてご令嬢方とも仲良く、まさに人心掌握に長けていたので、成程、彼女が将来王妃になれば国は安泰だな、と誰もが思ったほどである。

それは王妃シェルビーも望んだ事であった。

彼女も学園での噂を聞いているだろうに、何故か事もあろうに息子の話を鵜呑みにしていた。


母親に恋しい人の話をするラウムを、侍従は苦々しい思いで眺める。


「彼女とはよく目が合ってね。とても可愛らしい目で私を見つめてくるんだ」


いいえ、見つめてるのはお前であって、彼女ではありませんが。


「今日は彼女と食事をしたんだ。あんな量で足りるのかなぁ?だからきっと細くて華奢なんだ。守りたいなって思ってしまうよね、ふふ」


いいえ、一緒には食べていません。

少なくとも一緒のテーブルに着いてから言ってください。

食堂で、という意味なら学園の生徒がほぼほぼ全員、一緒に食事をしている事になりますよ。


「今日は馬車まで一緒に歩いたんだ。天文学の話で盛り上がってね。ああ、彼女の瞳はだから星空を閉じ込めているんだろうな」


いいえ、一緒に歩いたのではありません。

アドモンテ公爵家の馬車まで、二人が天文学の話に花を咲かせているのを、後ろを付いて行って聞いていただけですよ。


侍従は心の中で全て訂正していたが、概ね全てがこんな感じであった。

最初は侍従とて否定したのだ。

だがラウム王子に言っても糠に釘。

王妃に言えば「ラウムたんが間違ってるっていうのぉおぉ!」と切れ散らかす。

だからもう、玉砕すればいいや、と放置した。

むしろ玉砕した上に大爆発しろとまで思っていたのである。


何だか妙な時期に無理やり短期入学させられた皇女コンスタンツェは、社交期間の終わりとなる休暇前の夏の夜会で、重大な発表がある、と皆に幸せそうに報告をした。

勿論、ラウムは盛大な勘違いをしたままなので、「とうとう婚約かぁ」などと王妃と一緒ににまにましていたのである。

にまにまするだけで、特に彼女と近づくようなことはなかったのだが、それも含めて周囲は「うわあ……」と珍獣を見る目で見ていた。

セレナもである。

王城にある離宮の一つで盛大な夜会が催されるという事で、学園の生徒は庶民から高位貴族まで全員招待されていた。

本来なら立ち入れない平民達とも、差別なくコンスタンツェは交流していたのである。

着ていくドレスがない、というご令嬢や令息の為に、コンスタンツェとエドゥアールの計らいで、デビュタントとなる際にも着られる白のドレス、令息達には正装として着られる燕尾服をそれぞれ贈ったのだ。

最初は恐れ多い、と恐縮した者達を、コンスタンツェは笑顔で説得した。


「それを着て、わたくしの結婚式にもいらして頂戴」


そう言われれば、ただ一度きり着て終わりの物ではないし、結婚式も是非出席したいと思う人々は頷いた。

その話を聞いた王妃は、コンスタンツェの気遣いや慈悲深さ、財力など全てを素晴らしいと褒め称え、ラウムとコンスタンツェの結婚式には平民の参列を許可すると息子のラウムに宣言したらしい。


馬鹿なのか。


さすがにセレナはその話を父から聞いて、目玉が飛び出して床に落ちるかと思うのだった。


そして夜会当日、何とも恥ずかしい格好でラウムは会場に現れたのである。

紺の生地に煌めくダイヤモンドが散りばめられ、ギラギラしているうえに、袖口や裾にも銀の縫い取りをしているという徹底されたアホな星空になっていた。


だが、会場に現れたコンスタンツェは、当然ながら、エドゥアールの目と同じ水色のドレスを纏い、エドゥアールは落ち着いた白銀の服に紺の星光石をあしらった、銀のレースの襞襟を付けている。

水色のドレスを引き立たせるための装いが、銀の髪と水色の目のエドゥアールに良く似合っていて、女性達はうっとりとため息を零した。


「僭越ながら、フォルケン帝国皇女コンスタンツェがご挨拶させて頂きます。此度、アドモンテ公爵令息エドゥアール様と婚約いたしました。半年後、エドゥアール様が学園をご卒業されましたら、結婚式を公爵領にて挙げる予定です。皆さま、旅の費用の事などは気にせず、是非ご参加くださいませね」


わあっと歓声と拍手が上がった。

ラウムは訳が分からない、という顔をしていたし、王妃は目を剥いて驚き、今にも卒倒しそうだった。

国王は予想がついていたのか、はあ、とため息を吐いただけである。

その後は勿論、王妃がファーストダンスを踊れる余裕はなく、目出度く結ばれたお二人が、となったのは言うまでもない。

婚約した皇女と公爵令息の美しく素晴らしいダンスを堪能して、皆が踊り始める。

セレナも従兄弟や友人、エドゥアールともダンスを楽しんだ。


国王は素早くラウムを回収して、王妃も退出させた。


「何で、私が、コンスタンツェと結ばれるはずだった。彼女は私を愛していたのに」とぶつぶつ言うラウムを放置する訳にはいかなかったからだ。


結局、冷却期間を置いて、ラウムは漸く自分の勘違いだったと認める事が出来たのである。

医者にもかかったし、側近達やエドゥアール公爵令息も説得に参加して、幾度も説明を繰り返した末にではあるが。

そうなると当然、再びの婚約の話が持ち上がって、セレナは仕方なく条件をつきつけた。

国の為に一児は儲けるが、子供が産まれたら二度と共寝しない。

ラウムが王位を手放したら、好きな時にセレナからの離縁を受け入れる。

最初はそれを見て憤った王妃も、ならば他をあたってくれと言われれば、受け入れるしかなかった。

その他、前回の突然の婚約解消の慰謝料も払わせたのである。


国の為に。

ただ、それだけの為だった。

ラウムが無理だと分かればまた、セルシオが追われてしまう。

それだけはさせたくなかったのだ。


そしてレクサスが生まれ、育つたびにラウムと同じような愚かさを見て、失望した。

コンスタンツェとエドゥアールの子、グレイシアは美しく賢い。

小さい頃から本当に可愛らしく、セレナも娘の様に可愛がっていた。


だが、レクサスが依存するようになってしまったため、グレイシアの希望で距離を置いたのだ。

コンスタンツェの帝国への里帰りに、数か月ついていき、その間にグレイシアの進言通り側近達を召し上げて与えた。

同性の同年代が増えた事で、レクサスは益々王子妃候補とのお茶会を嫌がる様になり、側近に声をかけさせて、途中退席すらするようになってしまい、セレナは頭を悩ませた。

ラウムに相談してはみるが、彼は嬉しそうににこにこと笑みを浮かべながら言った。


「良いではないか。コンスタンツェの娘、グレイシア程の美しく優秀なご令嬢など何処を探してもいないのだから」


あまりにも無神経な言葉に、セレナは落胆した。

国王がコンスタンツェに恋慕していたのは有名だ。

とんでもない勘違い騒ぎと共に、皆の記憶にも刻まれている事だろう。

コンスタンツェやセレナの心を無視した暴走を、彼は結局反省など一欠けらもしていないのだと。

息子の事は可愛いと思っていたけれど、夫に似た嫌な部分を見る度にどんどんと失望する心が止められない。

誠実さ、とはどのように生まれる物なのだろうか。

周囲の人への感謝の気持ちを持つように、言っては来たのだが、それはレクサスの目に映る相手にだけしか適用されないのだ。

そしてそのレクサスの視野は極端に狭いのである。

ただ走らせるだけならば、馬に鞭を与えるのと一緒だが、気持ちは。

ラウムの血を継いでいる、ラウムの子だ。


コンスタンツェに相談すると、柔らかな笑顔で言われた。


「貴女もそろそろ自由になったら?」と


そうね。

それもいいかもしれない。


心にすとんとその言葉が落ちてきたのだ。

あの時ラウムの手を離したように、今度は息子の手を離す事にした。



グレイシアとの婚約解消に、誰より衝撃を受けたのはラウムだろう。

何故だ何故だと泣き喚いた。

自分の代では叶わなかった初恋を叶えたがっていたし、何なら王子の親、王妃の親として並びたいとも思っていただろう。

大変気持ち悪い思考ではあるが、婚約者候補にする時もラウムがとてもしつこかったので、公爵家が仕方なく応じたのだ。


「何故、こんなに馬鹿に育ったのだ!婚約解消をするなんて!」

「貴方とそっくりですわね」


「へ?」


レクサスを叱るラウムに、セレナは言い放った。


「貴方とそっくりの子供ですよ」


そう言えば、みるみると口が開き、顔色が悪くなっていく。


何も言わない事で、忘れたと思っていたのだろうか?

責めなかったから、許されていると思っていたのだろうか?


「恋に目が眩んで婚約解消をする親子なんて、血が争えませんわね。わたくしも頑張ったのですけれど、血には勝てませんでしたわ」


ラウムやレクサスは気付いていない。

きっと小さな世界で、愛のやり取りの為に動いている人達だから。

それよりも大きな国や臣民の為に心と命を尽くしている人々の思いになんて気づく訳はないのだ。

そして、最も深い愛の為に。


最後に、グレイシアから手紙を受け取った。


「二人目のお母様の為に」


その封に書かれていた言葉はそれだけだったけど、グレイシアの親愛には涙が零れた。

中には手紙が入っていて。

懐かしい文字が並んでいた。


君を、待っている。


何の約束もしていなかったけれど、それが誰なのかセレナには良く分かっていた。

裏を見れば、差出人は鳥になった男と書いてある。


ああ、もうすぐ。

私達が守ってきた国を、正しく受け継ぐ人達の手に譲り渡せるわ。


そうしたら、私は漸く貴方と一緒に羽ばたけるのね。



お読み頂きありがとうございます!

まずは、作品についてですが、よく「親の顔が見てみてぇわ!糞親が!」みたいなご意見頂きます。ありがとうございます。その通りです。でもね、親も人間ですし、人間が人間を育てるというのは簡単な事ではないのです。あと現代日本と違い、貴族の子育てってかなり酷かったり、淡白だったり…世の親御様たち尊敬ひよこです。


ケーキ情報ありがとうございました!!知らないケーキ屋さん割とあって!嬉しい!!

皆様にも共有しますね!

ルタオ:フロマージュ

柳月:ケーキ・ボンヌ

白土屋:ジャンボシュークリーム(←ホールケーキか!とツッコミ入れました)

天使のパン:ガトーショコラ

ケーキハウス ツマガリ:キングオブポテト・キングオブパンプキン・キングオブマロン・紅玉パイ

ロイズ:シュトーレン・チョコ

銀座千疋屋:シュトーレン

うちの近所のちっちゃいパン屋さん(店名ではありません):シュトーレン

キル・フェ・ボン:イチゴとずんだ

シャトレーゼ:アレルギー対応、低糖質(素晴らしい配慮!)

HARBS:ミルクレープ

GOKAN(五感):お米の純生ルーロ(ルーロで合ってた!♥ロールじゃないよ!)

ルセット・マリナ:ガトーフレーズ

ラ・ヴィ・アン・ローズ:コスミック

ファミリーマート:ファミマルスイーツ(コンビニスイーツも美味しいですよね!)

スナッフルス:蒸し焼きショコラ・蒸しチーズケーキ・ガトーショコラ

らぽっぽファーム:ポテトアップルパイ

六花亭:レーズンバターサンド

りくろーおじさん:チーズケーキ

コージーコーナー:チーズスフレ

ビアードパパ:北海道 生シュークリーム・ミルフィーユシュー


ひよこはお酒が苦手なので(お菓子に入っているのも)銀座千疋屋のシュトーレンのショコラが、洋酒不使用との事で注文しました!

色んなスイーツが知れて嬉しかったので、また皆様に戴いた情報を元にお取り寄せしたいなと思っております~感謝ひよこ!

あと、コメディやギャグ&ほのぼの好きという方の為に、年末年始にもう一本長編を更新しようかと思います。8割方完成してるので、更新する頃には完結見えてる、はず。

これから電子書籍化の改稿?再校正?しながら、短編をちょもちょも書きたいと思います。

皆さん、あたたかくして、美味しい物食べてくださいね!

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― 新着の感想 ―
正に、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、という有り様だったのか
三代続けて王家がアレ過ぎる······ アドモンテとフィラントを筆頭にした高位貴族で保ってたんじゃなかろうかこの国 つまり片方が国そのものに、もう片方が王家に愛想をつかしている現状は······(合掌…
母親の一歩線を引いた感情を頭ではわかってなくても心では感じていたんじゃないかなとも思ったり
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