1.村で唯一の
日本から遠く離れた、とある田舎村。
雨避けの機能しか持たない布のテントに住んでいるのは、村で唯一の医者である。
「ユーヤン、ユーヤン! 喧嘩だよ、喧嘩!」
「えぇ〜〜〜〜〜〜」
………村で唯一の医者である。はずなのだ。
ユーヤンと呼ばれたその男は、喧嘩の単語を聞くなり、心底嫌そうな顔をする。
テントの入り口の布を投げた村の子供に、彼は再び背中を向けた。そして、虫でも払うかのように手をひらひら動かす。
「やだよ、勝手にやってりゃいいだろう。そんで怪我したとて、自業自得ってやつだ。俺ぁ知らん」
「おっ父から、ユーヤン呼んで来いって頼まれたんだよ!」
その子供に手を引かれ、無理やりテントの外に出されたユーヤンは、その力に負けじと足を引きずる。
「何がなしたら喧嘩なんか起きんのさ。先刻までは静かだったろ」
「なんかさぁ、隣村の子供が盗人したって!」
「盗人ぉ? いいじゃないか食べ物の一つや二つ。飢死が出てるわけでも凶作ってわけでもないんだしさぁ。面倒ごとはごめんだよ俺ぁ」
3度の飯より寝るのが好きだと公言しているユーヤンにとって、面倒事ほど嫌いなものはない。
「おい待てやコラァ! 薬泥棒!!!」
「おっと、話が変わってきたぞ???」
その怒声を聞いたユーヤンは、抵抗を止めて子供すら抜かして歩を進めた。
後ろから駆け足で追いかけてくる子供が、こてんと首を傾げる。
「? 薬ドロは駄目なの?」
「薬は、ひとの命に関わるからな」
彼は、村で唯一の医者である。