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ディアローグ 魔法学校の殺人  作者: 屋一路
第1章 彼はそれを密室と呼ぶ
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第2話 これが君との最初の会話(後編)



 夢で思い出したのは、あの魔法薬学保管庫の前を通りかかった時のことだ。

 あのとき、廊下はクラスメイトたちと先生とでひどくごった返していた。



「先生、中に倒れてるのって」


「……すまない。今は、教室に戻っていてくれないか?」


「ライズくん、ここは僕が——」


「ねえ、これって事件かな?」



 あちこちから、いろんな声が聞こえた。

 けどみんなの視線は、トンネルのようにポッカリと開いた魔法薬学保管庫の奥か、先生たちに向けられていた。


 その中で。



(なに見てんだろ)



 ただひとり。廊下に飛び出すように開かれた扉のほうを見ている人物がいた。


 あれは、そうだ。

 さっき精霊が見張る扉を出て行った彼だ。

 それに、彼は何かをつぶやいていた。



「これは、——だったんでしょうか」



 肝心かんじんの言葉が思い出せない。ただ、あまりになじみのないものだったことは覚えている。


 あれは。







「……」



 うっすらと意識が浮上して、最初に耳に入ったのは教室の喧騒けんそうだった。

 ミルダはぼんやりとした頭のまま上半身を起こすと、時計を見る。


 あれから20分以上経っていた。

 それから、ゆっくりと教室内を見渡す。


 1回。2回。

 そして3回見渡して。



「ねえクヴェン」


「起きたのか?」



 クヴェンは帳簿ちょうぼらしきノートから目を離さないまま、ミルダに返事をする。



「やっぱおかしくない?」


「なにが」


「さっき外に出てったやつ」


「あー、トイレの?」


「それにしちゃ遅くない? もう20分以上経つんだけど」



 そこでようやくクヴェンが顔をあげた。

 彼もミルダがしたのと同じように、教室の中に彼がいないかくまなく視線を向ける。



「たしかにいないな」


「思ったんだけどさ。精霊の見張りって、穴があるんじゃない?」


「穴?」



 おうむ返しに尋ねたクヴェンに、ミルダは深くうなずく。



「たしかに入口はきっちり見張ってるけどさ。教室を出た後のことって、実は誰も監視かんししてないんじゃない? だから、一度教室の外にさえ出ちゃえば……」


「そりゃ、……けどトイレだったって線も完全に消えたわけじゃないだろ?」


「うん。だから、確かめればいいんだよ」



 そう言ってミルダは立ち上がると、クヴェンに背を向けどこかへ歩いていく。



「おいミルダ、どこ行くんだ?」


「そんなの決まってんじゃん」



 途中で足を止め、ミルダはくるりとターンする。


 膝丈ひざたけより短いスカートがふわりと揺れる。

 向日葵ひまわりから肩のあたりで秋桜コスモス色に移り変わる長い2本のおさげも、遊ぶように腰のあたりを跳ねる。


 そして、ミルダは自分でも最高にかわいい笑顔を作ると、精霊を背に、自信満々に腰に手を当てこう言った。



「トイレだよ!」






 カラカラ、と。

 背後で扉が閉まる音がする。


 けど、ミルダはその音をほとんど聞いていなかった。

 代わりにパタパタと響く自分の足音を聞きながら、ミルダは無人の廊下を走る。

 なかなかの速度だったが、それをとがめる人はいない。


 案の定廊下には見張りの精霊も、そして彼もいなかった。

 


(どこ行ったんだろ……)



 一応、教室近くの男子トイレも覗いてみたが、誰もいなかった。

 ということは、彼はどこかに行ったということになる。


 もちろんひとりで時間をつぶしやすいりょうに行った可能性もあったが、ミルダは廊下を反対の方角に走った。

 向かうのはもちろん。



(いた……!)



 偶然、窓の外に彼の姿を捉える。

 と同時に、心臓がどくんと跳ねあがった。


 彼がいる場所。そこは一見すると芝生と校舎の外壁しかないただの空き地だが、自分の記憶が正しければあの外壁の向こうは魔法薬学保管庫のはずだ。


 しかも、彼は壁に手を当てて何かをしているではないか。



(え、やば、もしかして今から謎を解いて、犯人と対決するとか!?)



 教室では事件と断定するのは早い、なんて言っていたが、事件性がまったくないと思っていたわけではないし、こうなれば話は別だ。


 ミルダは入り組んだ校舎の中でも最短のルートを瞬時に考えると、精霊や先生に見つかる可能性を無視して3階の階段を一気に駆け降りる。



 急がないと。

 何か面白いことが始まる前に。


 速く。速く速く速く。


 そう思っていたのに。





「期待はずれなんだけど」


「はあ、そうですか」



 それが、ミルダが彼と交わした最初の言葉だった。


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