既に疲れた魂
注意:この小説にはメタ発言やメタネタなどが含まれることがあります。苦手な方は自衛をお願いします。
窓もないこの部屋はさながら牢獄である。
しかしながらここはデスクとパソコンが並ぶ仕事部屋でもあるのだ。労働は刑務作業。弊社だろうが御社だろうが知らないけれども一度爆発してくれないだろうかと呪詛を吐く。
もうここは死後の世界なのだから死者も出ないだろう。だからうん許される許される、とボサボサのおさげを解きながら女性……レルは一人納得した。
そんな様子を見ていた青年コヨテは自分も限りなくそれに近い状態だな、と茶色い犬耳と尻尾を巻きつける。彼もまた疲労がピークに達していた。
「レルっち割と限界っすね」
「それはコヨテもでしょ……」
「あ、やっぱわかる?今脳内でG●t Wild退勤してた」
「脳内でね」
「後ろで弊社が爆破してるなか退社する快感がいいっすね。レルっちは?」
「うん。書類をいたる所にばら撒いてその上でス●ラトゥーンしたいな」
「……さてここにインクがあるっすね」
「よし、やろうか」
「やめんか馬鹿ども!」
レルは座り慣れた自分の椅子に座り、隣の席の同僚と愉快な話をしていれば背後からチョップを受ける。その勢いでキーボードに頭をぶつけたが気を失うことはできなかった。気絶できたら休むことができるのに、この世界はそれを許してくれないのだ。
「う……」
「大丈夫っすかレルっち」
「死ぬ」
「うん、オレらもう死んでるからね」
「もっかい死ぬ」
レルはなんとか起き上がったがその動きは緩慢。さながらゾンビのようである。先程髪の毛を解いたこともあって、どちらかといえば貞子に近い状態だが。そういえば自分はもうどれくらい休んでいないのだろうと、なぜか素数を数え始めたレルは冗談抜きに限界が来ていた。
しかしながらレルが死んだ目を隠すことなくチョップを食らわせた人物、マルスは生真面目な青年である。
だからレルのそんな態度を叱ったのだろうが、いかんせんそこに力加減などはない。
『常に全力を出す』がモットーのマルスを象徴する黒髪。よく見ればいつもよりハイライトが減っていて、つまり彼もそのくらい休んでいないわけであるが、それをうまく隠すほどの精神力が彼にはあった。
だがレルがそんなマルスに顔を向けると「うわ……」と引いた顔をされる。どうやらまだ彼にも人の心が残っていたらしい。
「マルス君……。なんですか27人って?どうして昨日より5人も増えてるんですか?」
「……仕方ないだろう、多い日もあれば少ない日もある。そういうものだからな」
「だからって、だからって……!!」
唇を震わせながら噛み締める。疲れすぎて回らない思考回路のせいで、生理的な涙がこぼれ落ちた。
「今日だけで転生者27人は明らかにおかしいですよ!!しかも全員トラック転生ってなんですか!!死因までみんな一緒とかどんな仕組みなんですかあの世界は!!」
「そんなの俺も知りたいわ!!」
世界監査及び適正維持組織【Deus Ex Dimension】。
あの世とこの世の境にある、どこかの座標。
2次元と3次元の間に存在するこの空間を2.5次元だと誰かは定めた。
あらゆる世界を見通し、あらゆる転生者の魂を監査・保護する組織のその末端。三人はまさに組織に所属する若手であった。
しかしヘッドハンティングされて間もない構成員のレルは叫ぶ。
「死んだ後くらいゆっくりさせてよ!!」
彼女もまた、転生者だった。