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魔界の大きな木の下で  作者: 日井薫之介
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「ごめんね」「いいよ」のふしぎなちから

「だめ!先生は今からわたしとお人形遊びをするの!」

「先生はウチとお外でボール遊びするからお人形遊びはしないニャ!」


サキュバス族のサキちゃんとワーキャット族のミアちゃんは、

いつも一緒にいて仲良しなのだが、その分ちょっとしたぶつかりも多い。


「わたしと遊ぶの!」

「ウチと遊ぶの!」

「わたしと!」

「ウチと!」

「「 ~~~~~~~! 」」

「「 先生はどっちと遊ぶの!? 」」


「ごめんね。先生これから年少さんのクラスに行かなくちゃいけないから、一緒に遊ぶのはまた今度ね?」

一緒に遊んであげたいのだが、仕事が山積みでなかなか時間が取れないのが現状だ。

心を痛めながら子どもたちの誘いを断る。


「「え~~~~~」」


子どもたちの不満げな眼差しが痛めた心に追い打ちをかける。


子どもたちの遊んで攻撃に捕まり立ち往生しているところに、

おっとりした印象を受ける女性の先生が現れ、助け舟を出してくれる。

「二人とも~?先生今から花壇に水やりのお仕事をしに行くんだけど、手伝ってくれないかな?」


「お仕事の手伝い!?やりたいやりたい!」

「ウチもやりたい!」

お仕事の手伝いという子どもにとって魅力的な提案に食いつく二人。

「早く水やりに行きましょ!」

「先生、遊ぶのはまた今度ニャ~。」

女性の先生に連れられて立ち去る二人。


こちらが断る立場のはずが、いつの間にか二人にフラれる形になってしまった。

気を取り直し、自分の仕事へと戻った。



一仕事終え、園庭に戻ると花壇の方が何やら騒がしい。

様子を見に行くとサキちゃんとミアちゃんが激しく口論しており、女性の先生はなんとか二人をとめようとオロオロしていた。

俺は二人に駆け寄り声をかける。


「どうしたの二人とも?ケンカしちゃだめじゃないか。」


二人の間に腰を落としながら割って入り、自分を挟んで距離を取らせ、

これ以上ケンカが激しくならないよう一旦落ち着かせる。


「何があったか、先生に話してくれる?」

むくれている二人に事情を聴く。


先に口を開いたのはサキちゃんだった。

「ミアちゃんがわたしのジョウロをとったの!」


どうやら道具の取り合いで起こったケンカのようだ。

「ミアちゃん、サキちゃんからジョウロとっちゃったの?」

事実確認を進める。


「だってだって!ウチだってお手伝いしたかったんだニャ!それにサキちゃんスコップも持ってるニャ!」

ミアちゃんの言う通りサキちゃんの手には園芸用のスコップが握られていた。


「サキちゃん、道具の独り占めはよくないよ?」

目線を合わせながら優しく問いかける。


「わたし、いっぱいお手伝いしたかったんだもん・・・。」

「そうだね、サキちゃんのお手伝いしようという気持ちはうれしいけど、みんなで仲良くしなきゃね?」

「・・・うん。」


サキちゃん自身も、道具の独り占めはよくないということはわかってくれているようだ。


次はミアちゃんの方を向く。

「ミアちゃん、サキちゃんが道具を独り占めしたのはよくなかったけど、ミアちゃんもいきなり取っちゃうのは良くないよ?」

「・・・うん。」

「そういう時はね、「かして」って言うんだよ?そうすれば、サキちゃんだってびっくりせずに怒らなかったかもしれないよね?」

「・・・うん。」


二人ともそれぞれやりすぎたことに気づけたようだ。

「じゃあ仲直りしようか?サキちゃんは独り占めしちゃったこと。ミアちゃんはいきなり取っちゃったことをごめんなさいしよう?」


「ミアちゃん、道具独り占めしてごめんなさい。」

「・・・いいよ。ウチもジョウロいきなり取ってごめんなさいニャ・・・。」

「・・・いいよ。」


「二人ともちゃんと謝れたね。お手伝いも遊ぶ時も仲良くね?“いいよ”ができて偉かったね。」

二人の表情から暗さが和らいだことをわかりひとまず安心する。

「それじゃあ、花壇のお手伝いの続きをしようか?先生も一緒にするから、何をすればいいか教えてくれるかな?」

優しく微笑みながら声をかけ、その後みんなで仲良く花壇の世話をした。


その時はまだ、子どもたちの心の中に「歪み」の種を蒔いてしまっていたことに気づけていなかった。



それからは仕事の忙しさはあったものの、これといった大きなトラブルや出来事もなく数日が過ぎた。

花壇の件以来、相手を許してあげる、譲ってあげることを覚えてくれた二人を中心に、

年中年長クラスの間で「いいよ」という言葉が広がりを見せ平和なやり取りが続いていた。

否、続いているように見えていただけだった。



違和感に気づくことにできたのは、自由時間に園庭の端で一人でつまらなそうにしているサキちゃんを見つけた時だ。

比較的社交的なサキちゃんが一人でいることは珍しい。

「どうしたのサキちゃん?みんなと一緒に遊ばないの?」

心配になったので声をかける。

「・・・遊ばない。」

歯切れの悪い返事が返ってくる。

「頭やお腹とか、痛かったり気持ち悪いところとかあるのかな?」

熱がないか確認しようとおでこに手を伸ばす。

「何でもない!」

伸ばした手を強い言葉と共にバシッと振り払われてしまった。

「あ・・・、ご、ごめんなさい。」

自分でも感情的になってしまったことに驚いている様子だった。

サキちゃんに心配かけまいと優しく声をかけ続ける。

「“いいよ”。先生は大丈夫だよ。」

声をかけたその時だった、

「う~~~、もうやだ!」

と走り去ってしまった。

子どもが感情的に不安定になることがあるのは重々承知しているつもりだったが、

原因をわかってあげられることができず、その場は何もすることができなかった。


その日サキちゃんは園にいる間は終始つまらなそうな様子で過ごしていて、

他の園児や先生から距離を取るようにしていた。

保護者の方がお迎えに来た時は多少表情が明るくなったのだが、

先生が保護者の方に園での様子や連絡事項を伝えている間は保護者の陰に隠れてやり過ごしていた。



園児たちのお見送りが終わった後、今日の出来事の報告と相談をしようと園長室を訪れた。

「あら?先生今日はどうされました?お茶でも入れましょうか?」

柔らかな物腰で応対してくれたこの人がキノスク魔界こども園の園長でエルフ族のエルザ園長だ。

見た目は妙齢の綺麗なお姉さんという印象だが、エルフ族という長寿の種族ということもあり自分よりもかなり年上らしい。以前に無礼を承知で年齢を訪ねたことがあったがはぐらかされてしまった。


「いえ、お構いなく園長先生。実はご相談があって・・・」

園長にサキちゃんの様子がおかしいことを伝えた。



エルザ園長は「んー。」と少し悩んだ様子を見せた後、紅茶を一口飲んでから話し出した。

「先生はここ数日、子ども同士のケンカの数が少し減ったのはご存じですか?」

「ケンカの数ですか?」

たしかに言われてみると年長クラスあたりの小さなケンカは減っており、業務日誌や連絡帳に記載した記憶が少ない。

「相手を思いやる、相手に譲る、それはとても素敵なことです。幼児教育においても、相手の気持ちに寄り添うことの大切さを伝えることは大事なことで、とても難しいことでもあります。」

「そうですね、相手を思いやる気持ちを大切にして、その結果ケンカの数が少なくなっているのなら良いことだとは思いますが・・・?」

「思いやりの行動は大人の我々でも難しい部分があります。そんな中、感情コントロールが難しい子ども達はうまく自分の気持ちと向き合えているでしょうか?私には一部の子どもたちが“何か”に縛られているように感じます。」

「“何か”に縛られている・・・。」

「先生でしたら、子どもたちの心に寄り添いながら話を聞けると信じています。直接話しかけ、本音で向き合ってみることも良いと思いますよ?」

「わかりました。明日子どもたちとの時間を作ってみます。」

「頼りにしていますよ。あぁ、もうこんな時間ですね、先生も今日は帰宅してください。戸締りはしておきますので。」

「ありがとうございます。すいません、それでは今日は失礼します。」

園長室を後にし、帰宅する。


エルザ園長は“何か”に縛られていると言っていた。

子ども達を抑圧してしまっている“何か”、それがわかれば今日のサキちゃんの感情的になってしまった原因もわかる気がする。

明日、サキちゃんと話をしてみよう。



翌日、園庭を開放している自由時間。

サキちゃんは昨日と同じく園庭の隅で一人でいた。

昨日の今日だ、警戒させないよう優しく声をかける。

「サキちゃん、今日はひとりで遊んでるの?」

「・・・うん。」

「昨日はごめんね?先生、サキちゃんを怒らせさせちゃったみたいで。」

「ち、違うの。先生は悪いことしてないよ。怒ってないよ。」

「そっか、でもびっくりさせちゃったのは事実だからそこは謝らせて欲しいな?ほんとうにごめんね?」

「・・・うん。」


サキちゃんの様子を見ていると謝ることに少し敏感になっている気がする。

「最近お友達と一緒に遊んでないけど、ケンカでもしちゃった?」

「してないよ。」

「それじゃあ、何か嫌なこととかあったのかな?困ったこととか?」

「・・・。」

サキちゃん自身、思い悩む部分があるようで本人にも気づけているようだった。

「サキちゃんが困っていること、先生に話してくれないかな?サキちゃんが考えてること、先生も一緒に考えさせてくれないかな?」


少し間を置いた後、サキちゃんが少しずつ話し始めてくれた。

「あのね先生。わたしいじわるなのかな?」

「いじわる?先生はサキちゃんは明るくて優しい子だと思うけど?お友達とだって、たくさん遊んでるでしょ?」

「わたしね、“いいよ”て言いたいけど言いたくないの・・・。」

「“いいよ”て言いたくない?」

「“いいよ”てお友達におもちゃあげたり、ごめんねを“いいよ”したりするとね、先生達褒めてくれるでしょ?とってもうれしいの。・・・でも嫌なの。」

サキちゃんの心のわだかまりが見えてきた。

「優しいねサキちゃん。」

「でも私だっておもちゃで遊びたかった・・・。」


サキちゃんがこぼした本音、これで察することができた。

サキちゃんは社交的で優しい子だ。

以前にあった花壇の一件、何気なく自分がかけた「“いいよ”ができて偉かったね。」という言葉。

“いいよ”と相手に優しくすることで先生や周りのお友達が喜んでくれることを無意識のうちに行動に起こしてしまい、自分の気持ちを抑えつけてしまっていたのだろう。

貸してと言われれば“いいよ”と譲ってあげよう。

ごめんと言われれば“いいよ”と許してあげよう。

そこに生ずる納得や理解は子ども達には難しく、自分たち大人がそうしなければならないと教えてきてしまった結果、ただ“抑圧”が生まれてしまっていた。


「ごめんねサキちゃん。」

「どうして先生が謝るの?」

「サキちゃんいっぱい我慢してくれてたんだね。」

「・・・うん。」

「サキちゃんにいっぱい我慢させちゃったからそこは先生がごめんなさい。」

「先生は悪くないよ?」

「サキちゃん、“いいよ”て言ってあげられるのはサキちゃんが優しくて我慢ができるから。それはとてもいいことなんだよ?。でもサキちゃんもやりたいことがある時もあるよね?その時は“いいよ”を我慢しちゃおう。」

「“いいよ”て言わなくてもいいの?」

「そう。サキちゃんがしたいことがあったらお友達に伝えてみよう?そうすれば今度はお友達が“いいよ”て言ってくれて、お友達が優しくなれる番かもしれない。」

「・・・お友達が優しくなる番?」

「みんな順番に優しくなれば、一人が我慢しなくても大丈夫だと思わない?もちろん時々は我慢が必要だよ?だけど、その我慢は小さいほうがうれしいよね?だから順番。」

「できるかな?」

「きっとできるよ。たまにはお友達と気持ちがぶつかっちゃうことがあるかもしれないけど、その時はお友達がどうしたいか話し合って、どうすればいいか考えよう。もちろん先生もお手伝いするよ。」

「・・・わかった。これからはお友達とお話ししてみる!」

「むずかしいなと思ったら、いつでも先生に相談してね?」

「うん!」


うまく伝えられたか不安だが、目の前にはさっきまでの曇った表情のサキちゃんはいない。

あとは自分が子どもたちの関係に寄り添ってあげる時間だ。


「まだ遊ぶ時間あるけどサキちゃんどうする?まだここで遊ぶ?」

「ううん、みんなの所に行ってくる!それでね、みんなと遊んでくる!」

「それいいね!先生も時間があるから、いっしょに遊ばせてもらおうかな?先生も混ぜてくれる?」


「いいよ♪」


サキちゃんの“いいよ”にもう我慢の色はなかった。



少しはみんなのいい先生に近づけただろうか。

まだまだわからないことだらけだが、いい先生への歩みは進められた気はする。




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