賢者との邂逅
とある世界の名もない草原。そこにある一軒の家に彼女は住んでいた。
薄暗く、整頓された魔導書の並ぶ家の中にあってなお異彩を放つ彼女がそこにいた。綺麗な銀色の髪に白磁のような透き通る美しい肌。いつも気怠げなローブを羽織って椅子に腰かけていた。ただし、これまでに一度も目を見たことがない。どういうことかといえばいつ訪ねても彼女は寝ているのだ。その傍らには大事そうに抱えている一冊の厚い本。どうやら彼女にとってその本はほかに並んでいるどれよりも大切な本らしい。
僕の日課は昼頃にこの家にやってきては頼まれてもいないのに掃除をする。その後に家の周りの草を刈って整える。そうして最後に日が落ちるまで彼女の家にある貴重な魔導書を読んでから帰る。駆け出しの魔導士たる僕にとってここは金銀財宝の山のような場所だった。偶然にも発見したここは最初はただの廃墟だと思っていた。もちろん最初は魔導書を持ち出そうと思ったがどうにも持ち出せない。持ち出そうにも結界の類で封じられているようだった。だから毎日ここに通ってまで魔導書を読みに来ているのだ。最初は何も思わなかったがある日勝手に魔導書を読んでいるんだからと恩返しのつもりで掃除や手入れを始めてからは見違えるようにここも綺麗になったものだ。
今日も僕は日課のためにここを訪れていた。しかしながらいつもと空気が違った。まるでそう。自分以外の人間がいるような。思わず身構えてしまったが思い返せば当たり前の感覚のはずだった。何せ最初からもう一人、僕以外の人がいたんだから。
「・・・誰?」
白磁のようなきれいな肌をした彼女は翡翠のような美しい瞳でこちらを見据えてそう尋ねてきた。思わずその瞳に見惚れていると業を煮やしたのかもう一度同じ調子で無機質に、しかし警戒の色はうかがえる声色で
「言葉はわかる?というかこの世界の言葉はこれであってるよね?あなたは誰?」
彼女の言葉に慌てて僕は答えた。
「僕は駆け出しの魔導士です。ここには偶然たどり着いて以来魔導書を読みに来ています。」
そう伝えると彼女は手を顎に当てて思案するように目をつぶると数秒の後に口を開いた。
「そうか。ようこそ、私の家へ。私の名前は・・・申し訳ないが覚えていないんだ。代わりに私を知る人はいつからか『夢見の賢者』と呼んでいたよ。君もそう呼んでくれたまえよ。」
彼女はそう名乗るといつものゴシック調の椅子にもたれなおすと見たこともない興味深そうな笑顔でこちらを見据えてきた。どうやら彼女は美しいだけではないようだ。
━━━━ここから彼女の物語は語られ始めるようだ。