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第三話 勝ったら要求

 デンは、自分自身の二枚目は伏せて置き、リジッタ達のそれは表にした状態で配った。正式なルール通りでなにもおかしな点はない。


 二枚目については、ヌボは三角の五、ミガンは四角の九、ニャンは五角の九、クラムは丸の四。つまり、各自の手札の合計値はヌボが九、ミガンが十四、ニャンは十七、クラムは十一となる。


 リジッタには、三角の十がきた。合計は十二、一番判断しにくい。しかも相談はできない。


「ヌボの番だ」


 デンが告げた。


「もう一枚」


 ヌボの要望に沿って、彼にとって三枚目のカードがきた。丸の六。合計は十五。


 デンの二枚目の手札が、例えば四だとしたら、十七に達していないのだから強制的にデンは三枚目を引かねばならない。そこでデンが十を引いたりしたらデンの『破産』が確定する。


 確率からすると、デンは二十である可能性が高い。しかし、カードの数値を平均すればおよそ七になる。つまり、十七どまりかもしれない。いずれにせよヌボの得た合計値である十五は不利だ。


「もう一枚」


 ヌボは四枚目を要求した。五角の三。これでヌボは十八となる。かなりいい数字である一方、これ以上のカードは『破産』の可能性が高くなる。


「もう一枚」


 あくまで冷静に、ヌボは恐ろしい領域に足を踏み入れた。やってきたのは四角の二。合計二十。デンの二枚目の持ち札が七から九までならその瞬間にヌボの勝利が確定するし、六以下だったとしてもかなりな確率でヌボは勝てる。


「残念ながら、以上です」


 序盤で早くも理想に近い数字になったのに、ヌボはわざわざ一言つけ加えて手番を終えた。


「ミガンの番だ」

「おしっ、もう一枚」


 三枚目は五角の王。数字は無慈悲である。


「うええっ! いきなり『破産』かよ!」


 ミガンは文字通り頭を抱えた。


「手札を全て寄越せ」


 デンの命じた通りにするほかない。ミガンのカードは全て捨て札として回収された。と同時に、直接それらを目にして参考にすることも出来なくなった。


「ニャンの番だ」

「引き札はなしにぉん」


 それも立派な戦術ではある。ましてヌボがぎりぎりまで粘ってミガンが脱落した以上、慎重になるのは当たり前だ。


「クラムの番だ」

「一枚」


 クラムは、三枚目がどうだろうと破産はない。やってきたのは丸の五、合計は十五。


「まだだ」


 更に一枚、四角の四。十九になった。


「まだだ」


 ヌボの真似でもないだろうに、クラムは要求した。五枚目は三角の女王。『破産』だ。ミガンと同じ運命をたどった。


 三人が『破産』したら即座に負けになるというのに、ミガンはまだしも何故クラムは無謀な行為に走ったのだろう。


 ヌボの台詞……『残念』……『残念』……。意味もなくそんな言葉がでてくるはずがない。


「リジッタの番だ」


 考えがまとまる前にお鉢が回ってきた。ヌボの謎かけをどうにかして解かねばならない。


「どうした、早く決断しろ」

「こ、このままです」


 反射的にリジッタは答えた。『破産』はしていないが、デンの二枚目の手札が七以上なら結局はリジッタ達の敗北だ。


 デンは黙ってうなずき、まず自分の手札の二枚目に手をかけた。それをめくるまでの数秒が、リジッタには何年分にも感じられた。


 明かされたデンの手札は丸の三。合計は十三なので、強制的にもう一枚引かねばならない。


 三枚目は四角の三だった。合計は十六。


 四枚目は五以下か、六以上か。リジッタでなくとも固唾を飲むほかない。


 全員の視線で焼き切れんばかりのカードの結果が、ついにはっきりした。


「四角の七か。『破産』だな」

「やったーっ!」


 ミガンが両腕を天井へと突き上げた。


「際どいところでした」


 ヌボが肩で息をついた。


 リジッタは、床がぐるぐる回転しながら近づいたり離れたりするような錯覚に襲われた。もし彼女がカードを引いていたら、十二から十五、そして二十二で『破産』だ。といって十五で止めたらデンは二十になり全員が敗北となる。


 ヌボが『残念』と語ったのは、早い内に絵札か十か一を引いておきたかったからだ。


 いくら可能性が高いとはいえ、五人いる子と親が何度も連続してそれらをだせるとは思えない。


 つまり、子が絵札などを引けば引くほどデンの二枚目が十か一になる可能性は下がる。親は十七以上の合計がでるまで絶対にカードを引き続けねばならない上に、デンの一枚目は十である。だから、彼の二枚目が低い数字であるほどチャンスが高くなる。


 それを、仲間内で探りつつ『破産』を二人以内に納めるのが大前提だった。だからこそクラムは無謀な要求をしたのだ。


 相談なしで一蓮托生をするのは本当に綱渡りだった。デンが三枚目で八を引いて『黒騎士』が成立する可能性もゼロではなかったのだし。


「わしの負けだ。お前達に協力しよう」

「あ……ありがとうございます……」


 嬉しさより脱力感が勝りつつも、絞りだすようにリジッタは感謝した。


「勝負は終わったし、一杯おごろう。それで、お前達の商売について聞こうじゃないか」


 デンは室内にあるバーを右手の親指で示した。


「もったいない仰せながら、リジッタは未成年ですし私は戒律がありますので二人分はお茶にして頂けると幸いです」


 ヌボがするりと嘘をついた。なにか言いかけたリジッタは、彼が用心とデンの好意を秤にかけていると気づいて黙った。


「分かった。とにかくあっちに席を移してくれ」


 デンは先に席をでた。リジッタ達も続いた。


「誘っておいてなんだが、酒は蒸留もの、茶は買い置きの袋詰めしかない。ツマミもなしだ。それでいいか?」


 貧しいとかケチとかではなく、こうした状況そのものを想定してなかったのだろう。リジッタ達に異存はなかった。


 にわかバーテンになったデンは、茶の入ったカップを二つと酒を入れた小さなグラスを三つ、順にだした。最後に、自分自身にも酒をだした。


「まずは乾杯だ。名勝負に」

「名勝負に」


 デンの音頭で唱和をすませ、まずは一口。リジッタからすれば、少し苦いが風味のよい茶だった。


「それじゃあ、話してくれ」


 デンに促され、リジッタは簡潔にいきさつを語った。無論、自分の前世や悪魔が云々は一切口にしない。ただ、祠の女性については打ち明けた。


「ふむ。輪廻屋か。種族に関係なく、広く伝わる考えではあるな」


 まず一言、デンは述べた。


「ご興味が持てそうですか?」

「わし自身は持たないが、約束は守る。関心を寄せるドワーフもでてくるだろう。それはそれとして、どんな要領で伝えて欲しいんだ?」

「これから細かい実務を煮詰めて……」


 煮詰めたら宣伝しなければならない。ビラでも配るか、特別な魔法を使うのか。下手に広まり過ぎて収拾がつかなくなったらどうするのか。


「薄い本にしますからデンさんのペットショップに置かせて下さい」

「薄い本?」


 デンのみならず、リジッタ以外の全員が首をひねった。


「あー……余りくどくど書いても読んで貰えませんし、短か過ぎると心に残りませんし」


 リジッタが利津子だった時分、実は同性バディもののアレを書いて素人の投稿サイトに連載していたことはある。漫画ではなく小説で、恥ずかしくて絶対に自分の素の姿を知る人間には読まれたくない。男性同士でも女性同士でも両方いけるが、さすがに輪廻だの転生だのにかかわったことはなかった。舞台も異世界は未経験だ。


 ただ、ささやかな性癖はある。兄弟姉妹絡みの三角関係に取りつかれていた。


 孝は……悪魔の説明を信じるとして、最後に自分にした仕打ちを除けば……立派な兄ではあった。しかし、利津子が思春期を迎えてからは自分に少々まとわりつき過ぎている面も感じるようになっていた。さすがにスマホの中身を確認させろとまではいってこなかったものの、例えば外出時には必ず行先を教えるよう望んだ。

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