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第ニ話 勝負の代償

 それ以上、話を続けてもしようがない。目をつぶりたくなる気持ちを抑え、リジッタはドアを開けた。


 サイコロが転がったり、ルーレットが回ったりする音が聞こえてくるかと思いきや、人が六、七人いたら満杯になるような小部屋……というよりスペースがあるきりだ。たった今くぐったドアの真向かいに、もう一枚ドアがある。


 少しばかり拍子抜けしながら、二枚目を開けようと近づいた途端に向こうから開いた。血相を変えた中年の人間の男性がこちらに飛び込んでくる。目の前を筋肉の盛り上がった二の腕が遮り、クラムが男性の喉を締め上げながら吊るすように左手で持ち上げリジッタから脇に避けた。


「ぐえええっ」

「俺達になにか用か?」


 冷ややかにクラムは尋ねた。吊られた男性は必死に首を左右に振ろうとしたが、顎がかすかに動いただけだ。


「わしがそいつに用がある」


 どこからともなく声がして、クラムだけでなく全員の視線が室内を探り回した。数秒してようやく、リジッタの前にいるドワーフに気づいた。


「あっ、首輪の大将さん!」


 ミガンが思わず叫んだ。なるほど、確かに彼だ。しかし、ペットショップでの地味な作業着にエプロン姿ではない。小粋なツイードの上下に蝶ネクタイで、白髪も丁寧にセットされている。


「おい、賭け金を払え。さもなくば虹渦虫鉱山で働くか、どちらかだ」


 大将は、クラムに吊るされたままの人間に聞いた。


 渦虫とは、太古の海にいた軟体動物だ。巻貝のような殻を備え、イカのような触手で餌を捕まえる。現在は絶滅して化石でしか見つからない。そして、渦虫の殻がたまに宝石化することがある。渦虫は生きているときは群れを作るのでまとまった鉱脈を作ることがあった。宝石としても魔法の材料としても珍重される。


「うぐぐぐっ」

「そいつを降ろしてくれ」


 大将の頼みに応じ、クラムは手を緩めた。ドサッと中年の男性は床に落ちた。大将は、転がったままの彼の首筋を足で踏みつけてかがんだ。


「さっさと答えろ」

「分かった。働く。鉱山で働く」


 とぎれとぎれに男性が喋ると、大将は懐からなにかを書きつけた紙を一枚だして、男性の右手の先に投げ落とした。


「捺印」


 男性は右の親指で紙の端を押した。途端に、かき消すように姿がなくなった。これは、書類そのものに埋められた魔法が自動的に発動したということだ。つまり、あの男性は即座に虹渦虫鉱山に送られたのだろう。どんな労働条件かまでは知らないが。


「お前達のお陰でややこしい手間が省けた。礼をいう」


 にこりともせずに、大将は感謝した。


「大将はここのディーラーもかけ持ちしているのか?」


 ミガンが、身を乗りださんばかりに聞いた。


「違う」


 回れ右して大将は店内に戻った。


「我々とは直接関係はありません。損をしたのでもありませんし、気を取り直して入りましょう」


 ヌボが促し、今度こそリジッタは二枚目のドアを開けた。中々に重たい。


 隙間が広がるにつれ、今度こそ予想していたような音が乱暴に入り始めた。


 黒いじゅうたんの上に置かれた様々なテーブルの上で、チップや悲喜がやりとりされている。壁際の要所要所に、クラムほどではないが一目でそれと分かる筋肉質の用心棒がいた。メイド風のウエイトレスはすぐに目に入る一方、バニーガールはいない。


「いらっしゃいませ。皆様、当店へは初のご来店ですか?」


 黒服の男性が、同じ服装の男性を一人伴って声をかけた。騒がしい中でも良く通る声だ。


「はい」

「初来店ありがとうございます。それでは、こちらへお願い致します」

「はい」


 そこからは、別室でヌボが説明した通りの身体検査があった。衣服の上から武器を隠せそうな部分を軽く手で抑えるくらいで、リジッタやミガンには女性の店員が当たった。なんの問題もなかった。


 それが終わると、リジッタは仲間と共にまた別な部屋に集められて簡単な注意事項を説明された。これも、ヌボから教わった通りだった。


 全部で十分足らずの時間だったろうか。お時間の許す限り存分にお楽しみ下さい、と型通りの締めくくりを受けて解放された。


 そこで困った。リジッタ達は五人である。どのテーブルも、五人がまとめてつける席は空いてない。ここで人数が割れてしまうのは面白くなかった。


「お前達、賭けないのか?」


 休憩場を兼ねる飲食コーナーへいこうとしたら、突然声をかけられた。


「大将さん……」


 振り向くとまたあのドワーフだった。


「賭けたいのは山々だけどさ、俺達まとめて同じテーブルにつきたいんだ」


 ミガンが説明すると、ドワーフはじっとリジッタを眺めた。


「わしが相手してやらんでもない」

「え? でもさっきディーラーじゃないって言ってたにぉん」


 ニャンが口を挟むと、ドワーフは軽く顔をしかめた。


「勝負するのか、しないのか。そもそもお前らの代表は誰だ」

「あたしです。少し詳しく伺いたいのですが、あたしはこれが生まれて初めての素人です。かえって失礼になるんじゃありませんか?」


 リジッタが確かめると、ドワーフの眉が少しだけ集中力を高めるように動いた。


「それは構わん。この賭博場では、一定の条件を満たした常連客がまとまった金額を払うことで特別室を構えられる。店の人間でなくとも自由に賭けができる」

「じゃあ、さっきの男の人は……」

「ちょうど鉱山で人手を欲しがっていたからな」


 淡々とリジッタに語るドワーフからは、得体の知られぬ圧力が感じられた。


「我々は、大して賭け金を積めませんし長居もしません。それでも構いませんか?」


 ヌボが巧みに会話に加わった。


「金はわしの方で賭ける。そっちはお前達の代表の、両袖の中身を見せろ」

「え……?」


 驚きかけたリジッタの右かかとを、ヌボが軽く左の爪先で小突いた。


 不覚にも、忘れかけていた。リジッタの右手首には腕輪が一体化している。袖で隠してはいるものの、ドワーフは特別な金属に鼻が利く。問題は、ドワーフは人間より長生きなだけに滅亡した公爵家云々を知っている可能性があるということだ。


「それはまた、変わったご趣味ですね」


 ヌボが半歩前にでた。


「わしの眼力が、漠然とだが察知を告げている」


 ハッタリとは断言しにくい。


「じゃあ、あたし達からも条件をださせて下さい」

「なんだ」

「あたし達が勝ったら、お金じゃなくてお知り合いのドワーフ達にあたし達の商売を宣伝して欲しいです」


 新しい商売は宣伝しない限り広まりようがない。


「リジッタ、シンプルにお金の方がいいにぉん」

「黙ってろ、ニャン」


 ミガンが一言で封じた。


「そんなことでいいのか」

「はい」

「よし。こっちだ」


 ドワーフに導かれ、リジッタ達は賭博場の奥にある扉から廊下を経て特別室に至った。


 賭博をやる部屋というより、それなりに金のかかったホテルの一室と考えた方がよさそうな内装だった。浴室や寝室はもちろん、簡単なバーまである。バーテンはいないが、やろうと思えば自分で好きなように酒を飲める。


「そこの席につけ」


 ドワーフは、真ん中が凹んだ楕円形のテーブルに顎をしゃくった。なるほど、座り心地のよさそうな車輪と肘かけのついた椅子が五つ並んでいる。


 ヌボが率先して右端に座った。ついで、ミガン、ニャン、クラム、最後にリジッタ。


 ドワーフは、リジッタ達に向かい合う形でテーブルの凹んだところに構えられた椅子座った。


「ゲームを始める前に言っておこう。わしの名前はデン」


 リジッタ達もそれぞれ名乗った。


「よし。ゲームをなににするかはそっちで決めろ」


 これは当然、リジッタに責任がある。


「『黒騎士』にします」

「いいだろう。とはいえ、わしが親になっての一発勝負にしてもらうのと、もう五つ」

「なんですか」


 リジッタは、ドワーフの表情からなんとか本心を読み取ろうとした。


「まず、賭けているものの性質からして、わしの合計が確定した時点でお前達の内の三人が負けたらわしの勝ちとする。『破産』も同様だ。もちろん、お前達が三人勝てばわしの負けになる。二つ目は、お前達は勝負が終わるまで一切相談してはならん。三つ目、カードは三組使わせてもらう。四つ目、同じ合計同士は『黒騎士』を含めて親であるわしの勝ち。最後に、わしが一の札を引いても『保険』はなし」


 『黒騎士』は複数の子が個別に自分の手で親に挑む。であるからには前半二つの要求は妥当だった。ただし、後半三つはかなり厳しい。下手をするとデンがいきなり『黒騎士』をだして終わりになる可能性もある。なおカードを何組使おうと、配られるカードの枚数を始め各種のルールは変わらない。


「あなたが『破産』したら?」

「その場合はお前達の勝ちだ。もっとも、お前達については一人が『破産』し次第負けが一つつくのを忘れるな」

「分かりました。受けます」


 にもかかわらず、リジッタは即答した。


「おい、リジッタ……」

「デンさんがこれらの条件に譲歩するとはとても思えない。それに、託宣に沿ってここまできたのだから、やり直しでケチをつけるわけにはいかない」


 リジッタが淀みなく告げると、ミガンはそれ以上なにもいわなくなった。


「では、カードをだそう。好きなだけ確かめろ」


 デンは、テーブルの下から新品のカードを三組だした。いずれも封印が施されている。


「ヌボ、お願い」

「承知しました」


 リジッタに軽くうなずき、ヌボはカードの封印を一組ずつ解いて順に検分した。


「異常なしです」

「では、わしに返せ」


 ヌボからカードを渡され、デンはカードの空箱をテーブルの下に戻した。そうして慣れた手つきで三組のカードを混ぜて切り始める。


「お前達も、順番に好きなようにカードを切れ」


 デンから再び渡されたカードを、思い思いにリジッタ達は切った。戻ってきたカードの山が、デンの手で卓上にあるカードシューに収まった。これはガラスでできた透明な箱で、一枚ずつ親がカードをだすときに誰の目にもイカサマがないことを示すために用いる。ちなみに『破産』した子のカードは別個の捨て札入れにまとめる。こうして万端整った。


「始めるぞ」


 短く宣言し、デンはまず一枚目をだして自分の前に置いた。三角の十だ。ついで、ヌボは四角の四、ミガンは丸の五、ニャンは三角の八、クラムは四角の七。


 リジッタは、五角の二。最低だ。


 『黒騎士』においては、絵札は全て十となる。つまり、最も手にしやすい数字は十だ。一方で、持ち札の合計が二十二になった瞬間『破産』となる。二はカードの強さとしても最低だが、一枚目に二がきた上で二枚目に十がくると合計が十二となり『破産』の確率が一気に上がる。しかも、カードが三組も使われている以上は他の仲間が適度に十を消費してくれる見通しもたたない。


 対して、デンは一枚目に十を引いた。最初の一枚目における理想は一だが、十は二番目にいい。『黒騎士』を意味する二十一についで強い二十がでやすい。しかも、同じ数は親が勝つと決まっている。


 そのくらいは、リジッタもミガンから教えられてはいた。だが、ゲームは既に始まっている。

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