表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/29

第一話 賭博と保険

 店主が説明した通り、音もなく飼育箱は大きくなりリジッタの胴体くらいになった。材質ははっきりしないがガラスのように中身が見える。なるほど、水飲み用の皿や簡単な小屋をあしらった隠れ家もあった。蓋は天井全体を真上に開けるようになっている。元の木箱は、幌馬車に帰るときなどに使えるので捨てないでおくことにした。


 蓋を開けて、リジッタはオタカラをそっと手で移した。オタカラはゆっくり歩き、隠れ家の中に収まった。


「気に入ってくれたみたい」

「そりゃよかった。えーと、カード……カード……と。あったあった。相当くたびれてるけど、我慢してくれ」

「もちろん、とても助かるよ」

「よし。そこのテーブルを使おう」


 向かい合って座り、ミガンがカードをだした。


 トランプとほぼ同じで、五十二枚のカードが四種類の模様で十三枚ずつ区別される。即ち丸、三角、四角、五角となる。模様の強弱は角の数が多いほど強いものとする。また、どの模様においても十一は騎士、十二は王妃、十三は王が描かれておりひっくるめて絵札と呼ばれる。また、五十二枚とは別に道化が一枚だけありこれはどのカードにあてはめても構わないが、元々の同じカードには負ける。


「いろんなゲームがあるんだけど……『黒騎士』にしとくか」

「『黒騎士』?」

「やっていけば分かるって」


 『黒騎士』とは、もっぱらカードの数字だけを使ったゲームである。道化は使わない。絵札は全て『十』とみなされ、『一』の札だけは『一』か『十一』か自分に都合のいい方を選べる。それ以外は記された数字通りに読む。そして、親一人に対し複数の子が……普通は三、四人ほどだが……勝負する。子同士での勝負はない。


 子は、自分の手番がきたら条件を満たす限り何回でもカードを一枚ずつ引くことができる。または一枚も引かずに勝負しても差し支えない。条件とは、カードの数字の合計が二十一を越えないことだ。


 例えば、それまでの合計が十八だったとして、次に引いたカードの数字が四だったら二十二になる。二十一を越えたので破産となり賭け金を失う。ちょうど二十一の場合は『黒騎士』となり、勝利か引き分けかになる。つまり、『黒騎士』は敗北を否定する。最終的に、どれだけ『黒騎士』に近い合計をだせるかで勝敗が決まる。


 具体的な進行としては、まず子が賭け金を積み終えたら親は最初に自分自身と子にカードを一枚ずつ配る。なお親自身は賭け金を積まず、負けた子からその賭け金を没収することで儲けを得る。


 ともかく、最初の一枚目は親も含めて全員がカードの中身を表向きにしてテーブルに置かねばならない。以後全てのカードは親子に関係なく受け取り次第自分の手札に加え続ける形でテーブルに並べていく。


 ついで、親は二枚目を配る。子は全員が二枚目以降も表向きなのに対し親の二枚目だけは伏せられる。ただ、子が最初の二枚で『黒騎士』を成立させたら、その瞬間にその子の勝利か引き分けのどちらかだけが確定する。なお子が全員『黒騎士』をだしたのでもない限り、あくまで親が自分の手番を消化するまでゲームは続く。


 さて、カードの配布が終わったとき、親の一枚目が一だったら子は『保険』を選択できる。『保険』は自分の賭け金の半額を追加で上乗せして実行する。


 この場合、親は『保険』の有無を全ての子に確認した上で速やかに自分の二枚目を自分だけで確かめる。その結果、親の『黒騎士』が最初から成立していた場合は『保険』も『黒騎士』もない子が賭け金を無条件に親に没収される。つまり負ける。


 親と同様に『黒騎士』だったらそもそも『保険』は必要なく、単なる引き分けで終わり賭け金はそのままその子に戻る。『保険』を実行していれば、『保険』のための上乗せ金も含めてそのゲームの賭け金全額が単なる引き分けとなってそのまま戻ってくる。


 しかし、親が『黒騎士』でなかった場合、『保険』をかけていたらその上乗せ分だけが親に没収される。こちらはそれ以上の損失のないままゲームが続行される。即ち『保険』が空振りになったら上乗せ分を失うだけでゲームの仕切り直しなどはない。


 それらの確認や処理が終わると、子は一人ずつ順番にカードを引くか引くのを止めるか宣言し、手番を消化する。カードを引いた結果、破産したら自動的に脱落する。


 子が全員手番を消化し終えたら、初めて親は二枚目を表にする。このとき、親は自分の合計が十七に達しない内は必ずカードを引き続けねばならず、引いたカードも全て全員に公表し続けねばならない。ちょうど十七のときはそのまま子と勝負となる。親もまた、子と全く同じ破産のルールがあてはめられる。


 親は子に負けたら負けた分だけ支払いをせねばならない。子の方は負けたら自分の賭け金がそのまま消えるだけでよい。


 こう説明すると、なにか親が一方的に不利なようだが実は違う。


 最初にセットされる二枚の内、親だけは二枚目を隠したまま子は手番を消化せねばならないというのが圧倒的な差になる。子からすれば、親の合計が分からない以上かなり高い確率で三枚目を引く決断をせざるを得ず、先に破産してしまう危険が常につきまとう。


 賭博によって細かい選択ルールはあるが、大雑把には以上である。


 そんな説明を聞きながら勝ったり負けたりする内に、ほどほどに内容は掴めてきた。


「おっ、ぼつぼつ時間だな」

「オタカラにご飯を上げるから、先に降りて」

「ああ」

「オタカラ、ご飯だよ。また留守番しててね」


 ミガンがドアを開け閉めする音を背に、リジッタは言った通りにすませてからロビーへ進んだ。


「皆さんそろいましたね。出発前に、未経験者もいるので念のために注意です」


 ロビーで、丸テーブルを囲む固い椅子に座った一同の中でヌボが切りだした。


「街中はまだしも、賭博場は必ず丸腰です。出入口で、丸腰だと申告した上で簡単な検査を受けます。女性は別室で女性が検査しますので念のため。賭博場で揉めごとや喧嘩は絶対に避けて下さい。誰かに絡まれたら店の人間に訴えればすぐ解決してくれます」


 そんな注意は生まれて初めてだ。リジッタはたちまち緊張した。


「むろん、我々は原則として固まって行動します。手洗いなどで席を外すときは、男衆は一人でも構いませんが女衆は必ず二人でいって下さい」

「はい」


 思わず声にでた返事になった。ミガンは涼しい顔をしている。


「それから、我々は娯楽で入るのではなく儀式で入ります。リジッタがごく形式的に一回だけ勝負をすませたら、それにつき合う形で各自も勝負をおこない速やかに退店します。ちなみにこの街の賭博場で勝ち逃げを禁止しているところはありません」

「はい」


 またしても、リジッタだけが声にだして返事をした。


「その上で、賭博場での喧嘩はやられ損です。どんな負傷をしようが苦しい目に会おうがそれ自体は店側からは無視されます。あとで当事者から訴えられることも普通はありません。何故なら、賭博場での喧嘩をあとから訴えるのはそれ自体が不名誉とされるからです。バレないように闇討ちするなら別ですが」

「……」


 リジッタは言葉を飲み込んだが、何度も聞いたと言わんばかりの他の仲間達とは自ずと違う次元の沈黙だった。


「なにか質問は?」

「あのう……絡まれてからお店の人を呼んで、誰かがくるまでに殴られたりしたらどうなるの?」

「まず、先に手をだした方が強制的に叩きだされます。次に、大抵の賭博場で出入り禁止になります。もし我々が一人でも理不尽な目に会ったら、賭博場をでてから追い詰めて制裁します」


 一瞬、リジッタは制裁なるものの細かい内容を知りたくなった。しかし、結局は知らない方がいいと判断した。そもそも、一回勝負すればそれで終わりだ。なにが起こるのかは知らないが、甲羅託宣とやらに則るのだから商売が前進するきっかけになるのだろう。


「他になければ出発です」

「はいにぉん! はいはーいにぉん!」

「なんですか、ニャン」

「店はどこにするにぉん?」

「特に決めていません。どこでも同じようなものです」

「分かったにぉん」


 他に質問はなかった。リジッタ達は宿屋を出発した。


 賭博場が集まる場所へは、大して時間をかけずに着いた。四つ五つがまとまっている。通りに客引きの類はなく、予想よりはずっと清潔だった。ある意味、機能的ですらある。


「ありゃ。宵の口だってのに、ほとんど満員だな」


 ミガンの台詞で、出入口の脇にある満員御礼の立札が薄暗がりの中で浮かぶように目に入った。


「空いているのは『カードの目覚め』だけか」


 クラムが事実を語った。


 それは、悪魔が警告した店だ。さりとて回れ右をするのは不自然過ぎる。いかにも意地悪な状況だった。


「じゃあそこにするにぉん」

「待って」


 自分でもハッとするほど真剣な声で、リジッタは仲間を制止した。


「みんな……あたしの決断でこういう成行になったけど、絶対に無茶はしないで」

「はい、仰る通りです」

「どうしたんだ、いきなり改まって」


 ヌボとミガンが同時に返事をした。


「あ、その……こういうところ、初めてだからみんなに頼る他ないけど、そのせいで変なことに巻き込みたくないし……」

「それなら保険をかけてあるから大丈夫にぉん」

「保険?」

「隊商は、三人以上の仲間とまとまって行動するときにだけ当てはまる掛け捨ての保険をかけておくのが通例なのです」


 ヌボが説明した。


「そ、そうなの」


 手放しで喜べるものではないが、多少はましな気分になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ