57 さようなら
みんなに帝国王に何を言われたのかと、聞かれたが本当のことをここで言えるわけもなく私は口を噤んだ。
「明日、陛下の前でお話します」
私は何度もそう繰り返し、決して何も話さなかった。奥でユリアが真っ青になっていたが、見ないフリをした。もちろん、ユリアには絶対に今日のことは話さないようにきつく言い聞かせている。
彼に「絶対にアルシャ帝国へは行かせない。ミシェルもどんなに脅されても行くなどと言ってはいけないよ」と何度も念を押される。私は「わかっている」と嘘をついた。
「ありがとうございました……さようなら」
私が言ったその別れの挨拶に、彼は不安気な顔をした。
「また明日、おやすみ。いい夢を」
彼はまたとわざと言い、おでこにキスを落とし宿舎へ帰って行った。
明日、私が決断してしまうと彼に自由には会えなくなってしまうだろう。さようなら、私の初恋。
♢♢♢
私は今日も王宮に来ており、陛下とアルシャ帝国王、後ろにはお父様とデーヴィド様が控えている。
「ミシェル嬢、率直な気持ちを聞きたい。君がどのような決断をしても私は咎めることはない。レオナルド王の求婚について君はどう思う?」
私は震える腕を抑え、ぐっと気合を入れる。
「……大変光栄にございます。かの大国、アルシャ帝国の帝王様に見初めていただき、正妃になるなど夢のようです。私、喜んでお受けいたしますわ」
「ミシェル……何を!」
お父様とデーヴィド様がほぼ同時に声を出した。
「ミシェル嬢、それは本心か?」
「はい……お受けいたします」
「お待ちください!これが彼女の本心なわけが無い!!」
デーヴィド様は大声で声を上げる。私はここで嫌な女になって、彼に嫌われなくては。
ふふっ……あはははは、私は急に笑い声をあげる。
「デーヴィド様、女は良い物件があれば乗り換えれるのが当たり前の生き物ですわ。アルシャ帝国に嫁げば、私が手に入れられないものなど何も無い。この国の公爵夫人の地位よりよっぽど素敵ですもの」
「ミシェル……もう無理をして話すな。そのような嘘が私に通じると思っているのか?君がそんな女のはずがない」
彼は哀しみと怒りの目でこちらを見ている。私はゆっくりとアルシャ帝国王の傍に行く。
「レオ様、この男とのことはもう過去のことです。私貴方について行きますわ」
そして嘘の微笑みを貼り付け、自らレオナルド様の頬に口付ける……フリをする。きっとみんなからは、したように見えるだろう。その様子を面白そうに見ている彼は私の髪をひとすくいし、キスを落とす。
「ああ、シェルはなんて愛らしいんだ。君とひと時でも離れるなんて無理だ、僕の帰国時にそのまま連れて帰ることにしよう。ハーメルン王、同盟や援助のことは書面できちんとさせていただくのでご安心ください。さあ、話は終わりだ、シェル向こうで二人で話そう」
俯いているデーヴィド様の顔は見えなかった。でも顔を見たら決心が鈍ってしまう。よかった……さようなら。
私は、それ以上この場に耐え切れずレオナルド様に手を引かれ部屋から急いで出ようとした。
「お待ちください、アルシャ帝国王」
その声に振り向くと、自分の喉に剣を突きつけたデーヴィド様がいた。




