4 呼び捨て
「おはようございます」
「あれ?なんかミシェルちゃん元気ない?」
「ちょっと休みの日に色々ありまして」
「どんな顔のミシェルちゃんも好きだけど――でもやっぱり笑顔の君がとびきり可愛いから笑いなよ」
そんな恥ずかしい台詞を言いながら、私にウィンクしてくるこの人はヘンリー・バーグ。二十五歳の伯爵家三男であり剣の実力は素晴らしいのに、中性的で美しい容姿を最大限に活かして沢山の御令嬢と遊んでいる軽い男だ。
でも実はいつも私を気にかけてくれる優しい先輩である。
「ヘンリーさんはいつもそんな態度だから軽薄だって言われるんですよ」
「俺、女の子大好きだからね」
「あはは。こんな隊服着て、もてない私でも女の子扱いしてくれるんですね」
「もてない……?ミシェルちゃんはそろそろ自分が魅力的だって自覚した方がいいよ」
「???」
本当に鈍いよね、そんなとこも可愛いけど――とおでこに人差し指でツンと突かれた。
「ヘンリー、ミシェルに軽々しく触るんじゃない」
後ろから今一番会いたくない人の声が聞こえる。どうして勝手に呼び捨てなのか。ギギギと油の切れた機械のようにゆっくりと振り向く。
「団長!おはようございます。なんで急に呼び捨てなんですか?先週まではミシェル嬢と呼んでましたよね。まさか二人は……」
私が早く誤解を解かねばと否定しようと口を開きかけた――その時。
「求婚したんだ。返事はまだだから、今は私がミシェルを口説いている途中だ。邪魔してくれるな」
ニッと口角を上げて意地悪く笑っている。私は婚約を断った。断ったよね?ちゃんと断ったじゃない!この人は何を言ってるのか。
「驚いたな。団長がミシェルちゃんを好きなんて……」
「違います!誤解です。団長とはただの上司と部下ですから。何の関係もありません」
その言葉に団長は一瞬哀しそうな顔をした……気がした。そして何故か私の前に近付いてきた。
ちゅっ
団長は私の額に軽く触れるだけのキスをした。私は驚きのあまり動けなくなった。
「ミシェルは恥ずかしがり屋のようだね。でもそんなところも愛らしいよ」
ではまた後でと、私の頭をポンポンとして微笑んだままその場を去って行った。私は我に帰り、ボッと顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
「団長のあんな甘い顔を初めて見た」
隊員のみんながざわついていた。こんな場面を見られてしまったら、すぐに団長と私のことが噂になりそうだと眩暈がした。