忘れられぬ恋②
ある日街でデイヴ様を見かけた。若くて美しい女性と一緒に歩いており、彼は彼女に蕩けるような笑顔で何か話しかけている。この女性が……彼が恋焦がれていたミシェル様なのね。
私と同じブロンドの髪。いや、彼女がブロンドだからあの店で同じ髪色の私を選んだのだと気が付いた。でも他は全く私とは似ていない。
とても嬉しそうな彼の顔……私といた時にそんな顔したことない。わかってはいたのに、目の当たりにするとズキっと胸が痛んだ。
♢♢♢
今までも一人でいる彼にたまたま会うことはあり、その時は大人同士普通に話しかけていた。
『あら、久しぶり。元気なの?彼女とは仲良くなれた?』
『ああ。君も元気そうだな。いや、話せるようにはなったが、まだ俺が一方的に好きなだけだよ。彼女を狙う男が多くて困ってる』
『ふふふ、せいぜい頑張りあそばせ』
『ああ。彼女じゃないと意味がないからな……はぁ、前途多難だよ』
彼は私に弱音を吐き、上手くいかないとため息をついていた。そして、それを見てまだ私にも可能性があるかもと少しホッとしていたのである。
もちろん夜の蝶の私が彼の妻になりたいわけではない……ただ、彼が自ら会いに来てくれる女でありたかった。哀しいことに、別れてから彼が店に来てくれることは一度もなかったけれど。
♢♢♢
私が遠くから眺めていると、なんと彼とバチッと目が合った。彼は私を見て目を見開いて驚き、あからさまに目を逸らした。
……これは、流石に私に失礼じゃなくて?
夜の仕事をしている以上、私は奥方や恋人といる殿方に外で会っても声をかけることはない。なのに、デイヴ様は彼女に私を会わせたくないが故にあからさまに避けたのだ。あの請求書で今までのことは水に流してあげようと思ったが、やめた。
そんなに避けるのであれば、近付いて焦らせてやろうではないか。そして単純にミシェル様にも興味がある。
彼女は珍しい女性治癒士だということは知っている。そして隊員さん達の話だと、とても優しい女性だという情報だ。
私は彼らに近付き、靴のヒールをわざと折った。そして、ミシェル様の前でわざと派手にこけて足をすりむいた。わざとこけたり、よろけたりするなど夜の女はお手の物である。
「大丈夫ですか?ああ、ヒールが折れてしまったのですね」
予想通りミシェル様はすぐに駆け寄って心配してくれる。本当に優しい女性みたいだ。
「大丈夫です。申し訳ありません。私のような下賤な者が騎士様のお手を煩わせるわけにはいきませんわ」
私はしくしくと泣く真似をし、差し出してくれた手には触らなかった。私は綺麗だが派手なドレスを着ているため、彼女にも夜の女だとわかるだろう。
「この様な隊服を着ていますが、私も同じ女ですので安心してください。ほら、そんな悲しいことおっしゃらないで。困っている時はお互い様です。私、実は治癒士なんです。すぐに怪我治りますからね」
彼女は天使のようにふんわり微笑んだ。とても可愛い。
「デーヴィ様、すみません。彼女をベンチまで運んであげてください」
ミシェル様は振り向かずにそう言ったが、彼から返事はない。私には彼女の後ろにいる顔面蒼白で呆然と立っているデイヴ様がしっかり見えている。つい声を出して笑いそうになるのを、私は必死に堪えた。
「デーヴィ様?聞いてます?この女性をあそこまで……」
「あ、ああ」
彼は戸惑いながらも、私を横抱きにしベンチにそっと下ろした。
「騎士様ありがとうございます」
「いえ」
彼は私に何か言いたげにこちらを見てきたが、ニッコリと笑い華麗に無視をした。
「すみません、傷口を直接触りますね。少し痛いですよ」
彼女は私の前に跪き、治癒魔法をかけてくれた。手がポーっと光り少し温かく感じる。
みるみるうちに傷が塞がり、痛みが消えた。これは……すごい力である。
「もう痛みはありませんか?」
「ええ、すっかり痛みはありませんわ。すごいですわね!ありがとうございました」
「よかったです」
屈託なく笑う彼女に、私の胸もきゅっと締め付けられる。ああ、彼女の魅力はこれか……ヘンリー様ほどのもて男が振られて未練がましくもなるわけだ。
「ヒール折れて困りますよね?靴を用意しますね。少し待っててください」
彼女は立ち上がってどこかへ行こうとしている。
「いえ、もう充分です。大丈夫ですから。家すぐそこですし、裸足でも帰れますわっ!」
彼女は「私が勝手にしたいのです」と笑い、デイヴ様に自分が戻るまで私といるようにと言っている。
彼は困った顔をして「俺が行く」と言ったが「貴方が……私以外の女性に物を選ぶのは嫌だわ」と言われデイヴ様は頬を真っ赤に染め渋々彼女に従った。
彼女がパタパタと走って行ったのを見送って、彼は困った顔で私をくるっと振り返った。
「わざとだろ?君は……何をしてるんだ」
「貴方の愛しのミシェルさんと話してみたくて」
はぁ、寿命が縮んだ……と彼はため息を吐いた。
「あら、心外ね。そんなに私とのこと知られたくないの?そもそも貴方があからさまに目を逸らすから嫌がらせしたくなったのよ」
私はプイッと怒った振りをする。
「それは、確かに俺が悪かった。でもやっと……やっと手に入れた宝物だ。彼女をなによりも大切にしたいし、絶対に嫌われたくない」
「ふふっ、長い片想いだもね。彼女素敵な女性ね。結婚おめでとう」
「ありがとう。ずっと彼女のことを相談していた君に、祝ってもらえるとはね。あとこの前は俺の隊員たちが世話になったそうだな、礼を言う」
「いいえ、お蔭でかなり儲かったわ。彼女に会えたから、やっと……貴方を諦められそうだわ」
彼は私の言葉にとても驚いた顔をしたが「そうか、すまなかった」と呟いたっきりお互い何も話さなかった。
すると、ミシェル様が箱を抱えて現れた。
「さあ、どうぞ。とても貴方に似合いそうな靴がありましたよ」
彼女は私の足元にクリスタルが散りばめられたような豪華で美しいシルバーのハイヒールを置いた。
どう考えても高価な靴であり、私は戸惑った。
「こんな豪華な靴いただけませんわ」
「いえ、貴方の元の靴も相当良いものでしょう?それに私はこれが貴方に一番似合うと思ったのです。さあどうぞ」
笑顔で促され、私はそっと足を入れる。ヒールは高いのにまるで私のための靴のように、ぴったりだ。
「やはり華やかな貴方に似合いますね。ここで会ったのも何かのご縁です。素敵な靴は幸運を運んでくれますから、是非プレゼントさせてください」
「ありがとうございます。あの、お優しい騎士様……私にお名前をお教えくださいませんか」
「ああ。名乗っていませんでしたね、私はミシェルと申します。お美しい貴方のお名前は?」
「私はロザリーと申します。この街のクラブでママとして働いておりますわ。この靴一生大事に致します。そしてこの御恩は忘れませんわ」
私は深々と頭を下げた後、彼女の唇に感謝のキスをちゅっとした。ミシェル様は驚いて頬を染め「い、色気のある方からのキスは同性でも照れますね。それにとってもいい匂いがします」と言われるので、私はふふふと笑ってしまった。
デイヴ様は女の私であっても大事な彼女に触れるのは嫌なようで、嫉妬を含んだ目で睨んでくるので面白い。
「お可愛らしい反応。ふふ、私ミシェル様が大好きになりました。是非次は店でお会いしましょう」
私は上目遣いで色気たっぷりにそう言って名刺を渡すと、彼女はさらに真っ赤になって照れていた。その様子に満足し「では私はそろそろ失礼します」とその場を去った。
ちょっと揶揄うつもりが、彼女に怪我を治してもらい素敵な靴まで貰ってしまった。不思議と彼女に会ったら、三年も引きずっていたデイヴ様のことなどすぐに吹っ切れてしまったのだ。彼には申し訳ないが、ミシェル様の方が彼の何十倍も素敵だったのだから。
さあ……今から私も新しい人生を歩もう。きっとこの素敵な靴が新しい出逢いをくれる気がするから。
デーヴィッドは昔モテただろうな、と思って書きました。そして、元カノもミシェルを好きになって彼には焦って欲しいです。
読んでいただきありがとうございました。