【デーヴィド視点】結婚休暇
俺は今、相当不機嫌だと思う。煩い上層部のジジイ共に呼び出され結婚休暇のことをネチネチと嫌味を言われたからだ。
陛下は「一生に一度のことだ。幸せに浸るといい」と一週間の休暇を快く承諾してくださった。
しかし、上層部の奴らは陛下に仕える騎士の身で長く休暇を取るなど前代未聞だと言われた……もちろん、何を言われても俺も負けるわけがない。しかし……ミシェルのことを言われるのは我慢ならない。
「英雄と言われた君は、ずいぶんと若い嫁にご執心だそうだな。清純そうな彼女も実はなかなかのやり手ということか」
「まあ、まあ。ミシェル嬢には、国のために治癒士を一人でも多く産んでもらうべきだからよいではないか。まぁ異端の彼女が治癒士を身籠れるのかはわからぬが。なに一週間も休暇を取るのだ、すぐに子どもができるであろう」
ニヤニヤ笑いながら、下卑たことばかり言うこいつらを叩き切ってやろうと本気で思う。
「団長……堪えて下さいよ」
ニコラが横で小声で声をかけてくる。わかっているが許せない。
「ありがとうございます。まさか私達の子のことまで心配してくださるとは、さすがお優しい皆様だ。でも私は子が欲しくて結婚するわけではない。彼女を愛しているからするのです。それに、若輩者の私なんかが一週間休んだところで、何も困らないでしょう?頼もしい先輩方が沢山いらっしゃるので、問題ないですよね」
俺は顔に嘘の笑顔を貼り付けながら、低く恐ろしい声でそう答える。
部屋はシーンと静まり返った。その空気を破り声をかけるのはニコラだ。
「団長の休暇の一週間、僭越ながら私が代わりをつとめます」
「ふん、生意気な。もうよい、さがれ」
♢♢♢
「腹が立つ!あいつらは彼女を何だと思ってるんだ。二度と口が開かぬようにしてやりたい」
「よく耐えましたね」
「あと一言何か言ってたら、剣に手をかけてたさ」
「まあ……そのうち、あいつらを俺たちの手で引きずりおろしましょう」
「ああ、必ずな」
旧式の騎士体制は良いものとは言えない。父上がいた頃はもう少しましだったが、公爵として騎士を引退してからというもの歳をとった老害たちがうるさいのだ。
俺はイラつきが抑えられず、王宮の庭にある噴水に腰掛けた。胸から乱暴に煙草を取り出し、火をつける。
「お前あの時だけでなく、まだ吸ってるんだな」
「ミミの前では吸ってない」
ふーっと煙を吐きながら、心を落ち着かせる。その時に、廊下を歩いているミミを見つけた。なぜ、王宮にいるんだ?
俺はすぐに煙草を灰皿に押し付け、彼女のところへ駆け出した。
「ミミっ!」
「デーヴィ様」
彼女は俺の声に振り向き、嬉しそうにふんわりと笑う。ああ、それだけで俺のイライラしていた心が落ち着いて行く。可愛いな。
「私、お父様に用事があるんです。貴方は何のご用事ですか?」
「……上からのしょうもない呼び出しでね。でももう終わった」
「それは、お疲れ様でした」
少しでもミミに触れたくて、近付いて彼女の髪を掬い上げ口付ける。すると……彼女は微妙な顔をした。
「デーヴィ様、煙草吸われました?」
「あ、ああ」
まずい、吸ったばかりで匂いがするのか?
「私、煙草は嫌いです」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。嫌い――嫌い――……俺は青ざめ、ぐしゃっと胸ポケットの煙草を握り潰した。
「二度と吸わないから、嫌わないでくれ」
「ふふふ、貴方が嫌いだと言っていませんよ。でも、やめてくださってありがとうございます」
彼女はニコッと笑い、ではと手を振って去って行った。