90 出発の日
今日はヘンリーさんの出発の日。ヘンリーさん以外の他の騎士団の方も行かれるため、荷物も含めて大きな列になっている。
ヘンリーさんは陛下から命を受け、北の関所で隊長として現地をまとめるそうだ。
寂しいが、今日はゆっくり話せる時間はないことはわかっている。
「ヘンリーさん!いってらっしゃい」
すでにアポロに跨って準備万端の彼に下から声をかける。
「ミシェルちゃん、見送り来てくれたんだ。ありがとう!」
私はアポロをよしよしと撫でると、嬉しそうにペロペロ舐めてくれる。ふふ、やめてと戯れる。
「アポロいいなぁ……俺もミシェルちゃん舐めたいんだけど」
ヘンリーさんがまたそんなことを言うので「変なこと言わないでください!朝からいやらしいです!」とぷんぷん怒る。
「わかってないね、ミシェルちゃん。男はみーんないやらしいもんだよ」
ニヤニヤと意地悪く笑う。
「ね?男なんてそんなもんですよね、団長」
いつの間にかデーヴィ様が私の後ろに来ていた。
「デーヴィ様は、いやらしくなんてありませんから!」
私がそう言うと、何故かデーヴィ様はとても微妙な表情をしている。
「ふっ、すごい信頼されてますね。ミシェルちゃん、団長から送別会の時のお仕置きまだだろ?覚悟しときなよ」
「優しい旦那様はお仕置きなんてしません」
「くくく、どうかなぁ?」
「ヘンリー、無駄口しか叩かんのなら早く行け」
「はい、はい。邪魔者は去りますよ」
「ヘンリーさんっ!お元気で。落ち着いたら手紙くださいね」
私は手を上げ、ヘンリーさんと握手する。
「ありがとう……ミシェルちゃん幸せになりなよ。あと、当日言えないから早いけど今言っとくね。結婚おめでとう」
ヘンリーさんは美しい笑顔でそう言ってくれた。
「はいっ、ありがとうございます」
私も満面の笑みで手を振る。彼は軽く手を上げ、アポロで駆け出す。そして、あっという間に見えなくなった。
「無事見送れてよかったですね」
「……そうだな」
「あの、送別会の日はデーヴィ様にご迷惑をおかけしてすみませんでした。私酔っ払ってしまっていたみたいで」
私はもじもじしながら彼に謝る。
「ミミ、今日の訓練終わったら僕の宿舎の部屋においで」
デーヴィ様はニコニコしているが、なんだか目が怖い気がする。もしかしてヘンリーさんが言ってた通り本気でお仕置きされるのではと不安になる。
「き、今日は少し用事がありまして、その……早く家に帰らなくてはいけなくて」
「あれ?おかしいね?ルーカスはそんなこと言ってなかったよ。大丈夫、家には仕事で遅くなるって伝えてもらうように言ってあるから」
(すでに根回し済みだなんて。お兄様っ!なんでデーヴィ様の味方してるのよ)
「楽しみだね」
私は仕事が終わるのが不安になったが、こうなったらもう逃げられないので覚悟を決めた。