11 名前で呼んで
「ミシェル、疲れただろう?今日の仕事は終わりだ。もう家へ帰ってゆっくり休みなさい」
「はい、団長ありがとうございました」
「……団長ではない。二人きりの時はデーヴィドと呼ぶようにお願いしたはずだが?」
「で、でもそんなの不敬です」
団長を名前で呼ぶだなんて恥ずかしすぎる。それにだいぶ年上の上司に失礼だしお断りしたい。
「ミシェルは酷いな。他の男は名前で呼ぶのに俺は呼べないのか?」
確かにそうだけど。他の隊員の皆さんは基本は名前呼びだ。しかも色んな身分の方がいらっしゃるので「様」付けも嫌がる人が多い。そのためほとんどの方は「さん」付けで呼んでいる。
「……デー……ヴィド様」
意を決して呼んでみる。流石に上司であり公爵家の御令息に「さん」はまずいだろう。
「ちゃんともう一回呼んで」
「デーヴィド様」
団長はそれを聞いてとても嬉しそうな顔でふんわり笑い、やっぱりいいな名前呼びと喜んでいた。
その後はなぜか団長に無理矢理ジャケットをキッチリ着させられ、髪もくくるように言われた。もう帰るだけだしこのままでもいいのでは?と思ったが彼はきっと部下がだらしなく隊服を着ているのが許せないのだろう。私は面倒だが渋々従った。
団長は「部屋から出るところを見られたら外聞が悪いから」と、他の隊員の方に見つからないように宿舎から家の馬車まで送ってくださった。その場でもう一度お礼を言って別れた。
「はぁ、今日は本当に疲れた」
団長は私を本気で口説くと言っていたが、本当に異性として私を好きなんだろうか?
見られたら外聞が悪いということは……私と一緒にいるのはみんなに知られたくないということではないのか?
彼からみて私など子どものようなものだろう。実際に呆れられたり、髪を拭かれたり子ども扱いされている気がする。そんな私と婚約したいだなんてかなりの物好きか、もしくは――治癒士の血が欲しいのか。
この国の治癒士はロレーヌ家の者だけだ。これは国内外問わず非常に珍しい力で、未だに後転的に使えるようになった人はいない。
治癒士として現役なのは父と叔父と兄、私のみ。祖父も能力があるが、今は第一線は退いている。つまりは、当家と血のつながりがないと能力を持つことはできない。
メクレンブルグ公爵家は御子息しかいらっしゃらないため、お兄様と縁談もできないし、私と団長が縁を結び、メクレンブルグ家に治癒士の血を入れようという策略なのかな?むしろそうでないと政略結婚のメリットが向こうにない。
でも、私は女性で唯一この能力を引き継いだ異端なのだ。もしかすると、私だけが突然変異のようなもので私が産んだ子どもには能力が引き継がれない可能性も考えられる。
団長にこの事実を伝え、婚約をもう一度考え直してもらおうと思っていた。