【デーヴィド視点】義兄
ミミが執務室に来て、ヘンリーが北の要塞へ行くとなぜ教えてくれなかったのかと怒っている。あいつが出発するのは一週間後だ……この話題を避けていたとはいえよくここまでバレなかったものだ。
「貴方は当日まで言わないつもりだったんでしょ?酷い」
そう言った彼女はとても哀しそうで、黙っていたことに胸が痛む。だが……「ヘンリーは君を好きだからこそ、会わずに北へ行きたい」なぜその男心がわからないのかと苛つく気持ちも湧き上がってくる。
それからは、俺は何となくミミに避けられまともに話せないまま送別会の日を迎えた。この数日、彼女は頻繁にぼーっと考えごとをしている。しかも、それが俺ではなく別の男のことで悩んでいる思うと妬けてくる。
送別会に――来ている予感はしていた。ヘンリーと話せないまま納得して引き下がるような大人しい彼女ではないことを知っているからだ。
来ているだけではなく、酒を飲んだようで真っ赤に頬を染めヘンリーの腕を掴んでいて驚いた。
俺に秘密で勝手に来たこと、酒を飲んだこと、可愛い顔をヘンリーに見せてくっついていること……どれも許せないので酔いが覚めたらお説教だ。
ただ俺は現金なもので、彼女が酔って大好きと抱きついてきてくれた……それだけで心に余裕が生まれる。
「ヘンリー、今から十五分だけやるから二人きりで話して来い。それ以上は俺が許せないから」
ヘンリーとミミを二人きりにするなど本当は嫌だ。でも彼女がヘンリーと話したがっているのであれば、それを叶えてあげたい。
それに、これは……自分の為でもある。このまま話さずにヘンリーと別れた方が彼女の中にこの男の存在がずっと色濃く残ってしまいそうで怖かった。
ヘンリーは彼女の手を握って外に出て行った。追いかけなかった俺を誰か褒めて欲しいものだ。
「わー!団長ーっ、男前!」
「最後に二人きりにさせてやるなんて粋ですね」
「やきもち焼きだと思ってたけど心広いっすね」
隊員達から俺への賞賛の声が聞こえてくるが、俺は苛つく気持ちを隠すため無言で強めの酒を一気に煽る。
「隊員達はみんな団長様を買い被ってるようだ。お前がどれだけ狭量かを知らんのだな」
ニコラが隣に座り、くくくと面白そうに声を抑えながら笑っている。
「うるせぇぞ」
俺は不機嫌なまま、煙草に火をつける。
「おや、煙草だいぶ前にやめたのではなかったのですか?ミシェル嬢に嫌われますよ」
「この一週間避けられてたから煙草吸いっぱなしだ。彼女には相手してもらえねぇし、口寂しくてな。ミミの前では吸わん」
「はぁ……ミシェル嬢がいないと本当に駄目な男ですね」
ニコラと話しながらも時計をチラッと眺める。
「まだ五分も経ってませんよ」
「わかってるよ」
俺は不貞腐れて、煙草の煙をふーっと吐いた。
「団長、妹がすみませんね」
「お前がこんなとこまで連れてくるから、今俺が辛い思いしてんだろ?責任取れ」
俺は理不尽にルーカスに八つ当たりをする。
「あはははは、何をおっしゃいますか。妹はヘンリーさんときちんと話した方がいいと思ったんですよ。このまま離れたら、結婚してからも彼を思い出すでしょ?ナイスアシストと褒めてもらいたいくらいですよ」
「その通りだよ!だから俺も渋々行かせたんだ!……なんか義兄がずる賢くて可愛くない」
「上司でだいぶ年上の義弟を思って行動するルーカスは、素晴らしい義兄じゃないですか?」
「副団長もそう思うでしょ?」
そのままニコラとルーカスがわいわいと話し続けているのを横目にまた酒を一気に飲んだ。
ああ――早く……早く戻って来てくれ。