女子バレー部
「ということで今日はお前らに初の仕事をしてもらう」
「ということって、言われましても俺、まだ派遣部の活動内容、まったく知らないですけど」
コクコクと海原も頷く。なんだかんだで、派遣部に入って五日目。いまのところ派遣部では部長自作のボードゲーム、オセロ、麻雀、よくわからん対決と派遣部っぽいことはしていない。
「そこはなんとなくで感じろ」
「無責任ですねおい」
「冗談だ。ちゃんと説明する。と言っても今回はそんなに難しい仕事ではない。肩慣らしみたいなものだ」
「どんなことするんですか?」
「今回は他の部活の手伝いだ」
「つまり、他の部活を手伝うのが派遣部の活動内容ってことですか?」
「ああ、他の部活動や委員会などを手伝うのは我が部の活動一部だ。だが、手伝うだけではない、時に対立し対決したりもする。まぁとにかく、面白いことならなんであろうと突っ込んでいくのが我が部の活動だ」
後半の部分がいまいち理解できないが、だいたい派遣部が何をする部活なのかはわかった。
「そういうわけで柴村部員には女装してもらう」
前言撤回、やっぱわからない!
「いやおかしいでしょ!」
「なにもおかしくはないが?」
おかしい、どっからどう見てもおかしい。どういう話の流れ方をしたら俺が女装するという話になるのだろうか。
「俺はしませんよ。女装なんて」
「俺の勘だと、お前はとびきり可愛くなれる。ぜひ、やってみないかYOU?」
「いや、そんなアイドルのスカウトみたいに言われてもやらないですよ」
「なら俺を信じろ」
「いったいあんたのどこを信用しろと⁉」
「いったい何が不満なんだ?」
「すべてですよ」
「わかった落ち着け、上だけだがちゃんと下着も用意してある」
まず、なんで男であるずの部長が女性の下着を持っているのかを問いたい。
「そういう問題じゃないです。あと、それだと俺、変態になっちゃうじゃないですか」
「違うのか?」
「違いますよ! つーか、なんで女装する必要があるんですか」
「それは女子の部活だからだ。……だがまぁ、柴村部員が女装しないというなら断るしかないな」
えっ……女子の部活、だって……っ! 女子の……。
「待ってください部長……! 俺は……俺は変態ですっ‼」
「とんでもない告白だな」
海原のゴミを見るような視線が痛いが気にしてはいられない。なんせ、女子しかいない部活でキャッキャウフフできる機会なんてそうそうない。たとえ、俺が女装する羽目になろうとも。
「では、隣の部屋で着替えるとしよう。行くぞ柴村部員」
「え、部長も着替えるんですか?」
「いや、今回俺は着替えんが」
「じゃあなんで?」
「それはお前の着替えを手伝うためだ」
絶句した。というか、さすがに引いた。
「そっち系の人でしたか。それ自体はダメとは言いませんけど、俺は女子が好きなので、そういうのはちょっと」
「何を誤解している。俺はそっち系ではない」
「……じゃあなんで着替え手伝うんですか?」
「じゃあ逆に聞くが、お前自分でブラジャー着けられるのか? まさか、海原部員にやらせるわけにはいかんだろ」
うん、無理だ。なるほどなるほど……って、そうじゃなーい!
「なんでブラジャーをつけなきゃいけないんですか! 別に海原のような胸の女子もいるんだから問題ないでし——」
——ドス。
海原の容赦のない突きが脇腹に刺さった。
「…………ふん」
「いまのは、柴村部員が悪いな」
たしかにいまのは俺が悪いと思うし、反省している。けど、脇腹が抉れるぐらいまでやらなくても。脇腹がすげー痛い。
「まあ、柴村部員の言う通りなくても問題ないが、ばれる可能性もある」
「えー……でも、部長が着けてたやつでしょ。いやですよ、俺」
「案ずるな、そこもちゃんと配慮してある。このためにもう一つ知り合いからもらっておいた」
それじゃ、部長から知り合いがつけたものに変わっただけじゃないか! いや、待てよ……ブラジャーを持っている知り合いってことは、その知り合いは普通に考えたら女性ということになる。つまり……ゴクリ。
「ぜひ着けさせていただきたきたく存じ上げまする」
「柴村部員、文脈がおかしくなっているぞ。なにを言っているのか分からん」
「そのブラジャ―をぜひ俺にください」
「どストレートに直したな」
この聖なる秘宝を欲しがらない男子高校生がいるものか。いやいるはずがない!
「どうかしたか? 海原部員」
「…………なんでもないです」
「ならいいが。まぁ、とりあえず着替えに行くぞ。依頼人を待たせるわけにはいけないからな」
ということでお着替えタイム。
「完璧な女装だな。これなら問題ないだろう」
着せられたのはなぜか女子の体操服。艶やかな髪にあどけなさを残した可愛らしい顔立ち、慎ましながらも魅力的に膨らむ胸、守ってやりたくなる可憐な少女(部長談)。それが今の俺の容姿だ。ついでに胸には胸パッド(部長が持ってた)がはいっている。胸の大きさはBカップぐらい。
「これバレちゃうんじゃないですか?」
「本気で言っているのか柴村部員。今のお前はどっからどう見ても絶世の美少女でしかないぞ。先程までの冴えない平凡面してた奴とは思えん」
「そ、そうですか~」
そこまで言われるとなんか照れるなぁ~。冴えない平凡面は余計だけど、冴えない平凡面は余計だけども!
「正直言うと、俺より可愛くてムカついているぐらいだ」
なんで俺は可愛さで部長にムカつかれているんだ。
「見ろ、海原部員も殺気立ってる」
部長の言う通り海原がこちらを敵視しているが、なんか違う気がする。その殺気は主に一点に集中してるような。
「でも、声はどうするんですか。俺、部長みたいに女の子の声出せませんよ?」
「そこも任せておけ。科学部からアイテムをもらっておいた」
そういって部長が取り出したのは一見するとよく薬局とかで売っている包装シートに入った錠剤タイプの薬だ。なんかやばい薬のような気がする。
「この『ボイスチャンジャータブレット メス豚ver.』だ」
余計にやばくなったな、うん。絶対、危ないやつだ。薬物、ダメ絶対。
「部長これやばいやつなんじゃ……」
「安心しろ『合法の素材で身体に影響がないように作った』といっていた」
声変わっている時点で身体に影響が出てるんだけど……。
「それに失敗確率がゼロパーセントとも言っていた。ほら、試してみろ」
なんか怪しい気がするがこれも女の子とキャッキャウフフするためだ。俺は覚悟を決めて薬を流しこんだ。失敗率ゼロパーセントみたいだし。
「あーあー、部長、何も変化ありませんけど……」
「そうすぐにはでないそうだ。しばらくしたら効果がでるはずだ」
「はぁ……」
「そうそう、これを作ったやつが『そいつはサンプルでまだ実際に試したことないからぜひ結果を教えてくれ』と言っていたぞ」
そりゃあ、失敗率はゼロパーセントになるだろうけど、成功率も0パーセントじゃん! なんちゅうもん飲ませてくれたんだこの部長は。
「……部長これ失敗したらどうなるんですか」
「『この薬は危険だ』だそうだ」
ふざけるな! 無責任すぎるだろ! 今度その人に会うことがあったのならば絶対一発ぶん殴ってやりたい。ついでに隙あらば部長にも一発は入れときたい。
「たく、なに飲ませてくれたんですかぶちょ——あれ? 声が」
「……声がメス豚に変わった?」
海原も少し驚いた様子で感想を言ってきた。
それにしても、メス豚の声ってどんな声なんだ……? 普段と違う声に変わっているのはわかるのだが、自分からじゃ実際にどうなっているのかよくわからない。
「俺の声どうなってるんですか?」
「こんな感じだ」
部長はそう言ってスマホを取り出し、いつの間にか録音していた俺の声を再生した。
うおっ、まじか。聞こえてきた声はやや高めのソプラノ声で、俺の声とは思えない。科学の力ってすげー。
「これで問題はすべてクリアできたようだな。では行くぞ、柴村部員、海原部員」
「いや、行くってどこに?」
まだ俺たちが何の部活を手伝いに行くのか教えられてないんだけど。しかし、部長はさも当然と言わんばかりに言い放った。
「そりゃ決まってるだろ——女子バレー部だ」