バトル・ザ・野球拳
そしてなぜか始まった俺と海原による派遣部式野球拳対決。その火ぶたを切る戦いが部長の合図とともに開始された。
「いくぞ、最初はグー! じゃん、けんっ——ポン!」
俺がグーに対して海原はパー。
くっ、俺の負けだ。
「柴村部員、引きたまえ」
がさごそと箱の中からカードを取り出す。紙を開くと書かれていたのは、
『人生で一番恥ずかしかった出来事』
「……い、いもうとに……エロ本が、見つかった……ことです」
「それは死にたくなるぐらいに恥ずかしいな」
く、屈辱的だ。しかも海原の奴、笑い堪えてやがる
だが、こんなところで諦めるわけにはいかない。まだまだこれからだ。
「では、次いくぞ! 最初はグー、じゃん、けんっ——ポン」
俺→グー。海原→チョキ。
よし、俺の勝ちだ!
「海原部員、引きたまえ」
海原が引いた紙に書かれたお題は
『人生で一番恥ずかしかった出来事』
全く同じじゃねぇか! いったい何枚入ってるんだよ人生で一番恥ずかしかった出来事!
「言い忘れてたが、何枚か同じことが書かれたカード入っている。同じのを引いた場合、最初の答えとは別の答えを言ってもらう。例えば柴村部員がこのカードを引いたら人生で二番目に恥ずかしい出来事を語ってもらう」
「では海原部員、お題に答えたまえ」
「…………あ、姉に、え……エロゲが、見つかった……こと」
羞恥と屈辱の混じった答えだった。なんかデジャヴな気がする
「柴村部員にも劣らぬ恥ずかしい出来事だな」
海原がまるで親の仇でも見るかのような目で俺を睨みつけてくる。ふ、だが俺は心は痛まない。
なぜなら、それがさっきの俺が受けた痛みだからだ。……泣いてなんかないもんっ!
「では続いけるぞ 最初はグー、じゃん、けんっ——ポン」
俺→パー。海原→チョキ
負けた……。でも、カードのお題をクリアすれば問題はない。
「えーと、なになに……」
『人生で一番恥ずかしかった出来事』
「またかっ!」
俺はカードを全力で床に叩きつけた。
「では、柴村部員、人生で二番目に恥ずかしかった出来事だ」
「……誰もいない教室でカッコつけて夕日に向かって独り言を言てたら忘れ物を取りに来たクラスメートの女子に聞かれたこと……」
「なんて言ったのか気になるな」
もう、やだ。死にたい……。
そして、続いてのジャンケンも俺の負け。
「柴村部員、引きたまえ」
どうせまた同じなんだろ。こうなりゃやけくそだ!
「って、あれさっきのカードと色が違う」
さっきまでのカードが白色だったのに対して今回引いたのは赤色だ。
「お、ラッキーだな。それは攻撃カードだ」
え、マジで、やった。
「どんな効果なんですか」
「相手に攻撃される」
攻撃されるのかよ! どこがラッキーだよ! ゴミカードじゃないかっ!
「とりあえず、カードを見てみろ」
『相手はこのカードを引いた者にあだ名をつけられる』
「間抜け犬」
速攻でつけやがったよ、こいつ。しかも、勝ち誇ったようなドヤ顔をしている。くそっ、悔しい。 次こそは俺が勝つ……!
「まだふたりとも続けたいようだな。この勝負、なかなかに面白くなってきたじゃないか。ならばこの勝負、俺も全力で取り仕切らせてもらうぞ! いくぞっ」
部長の雄叫びと共に俺は拳を強く握りしめる。
「最初はグー‼ じゃんっ! けぇええん! ポオォオオン‼」
俺→グー。海原→グー
「あいこだ。拮抗する戦い。熱い、熱いじゃないか!」
すごくハイテンションな部長。だが、同じぐらい俺も海原も熱くなっていた。
「続けるぞ! アイッ! コでっ! ——ショオォオオオオッ!!」
互いの勝利への渇望がぶつかり合う!
結果は、
「海原の勝ちだ」
「……フッ」
「負け……た……」
ガク……。これで三連続負けだ。
「さあ、カードを引くんだ柴村部員」
うなだれながらも俺は箱からカードを取り出す。
今度は黄色のカード。また違う色のカードだ。
「お、そのカードを引いたか。柴村部員、君は相当運がいいな」
「そんなにすごいカードなんですか?」
正直、嫌な予感しかしない。
「そのカードは自爆カードだ。相手を巻き添えにできる」
結局それ自分も巻き込まれるんじゃん。
「お題はなんだ」
『お互いの名前を呼び捨てで呼び合う』
「「…………」」
「どうした、ふたりとも? やらないのか?」
いきなり女子を呼び捨てで呼ぶとか女性経験の少ない俺にとってはハードルが高すぎる! くっ……どうすれば! 諦めるしかないのか……!
「なんだ、ふたりとも降参か?」
でも、この勝負、負けらないんだ! 男を見せろ、柴村謙一!
「な、なぎさ」
どうだ。言ってやったぜ。……やめろ、露骨に嫌そうな顔するんじゃない! 俺のガラスのハートがバリバリに砕けちゃうからっ!
「ふむ、柴村部員はクリアだな。どうする海原部員。このままだと柴村部員の勝ちになるが?」
葛藤する海原。視線を俺に向けたまま何事か思考を巡らせている。心なしか涙ぐんで見える。しばらくして、海原は小刻みに震えながら声を発する。
「……け、けん……謙一」
なぜだろう。美少女に下の名前で呼ばれるなんて普通嬉しいはずなのにうれしくないのはなぜだろう。
「クリアだ。これで続行だな」
その後も俺たちは熾烈な戦いを繰り広げた。ジャンケンをしてはお題という名の罰ゲームを受けるというのを何度も繰り返した。
そして現在、人生で恥ずかしかったことを俺は三十八番目まで、海原は三十一番目まで語るまでに至った。その他諸々を含めるとお互いに五十個近いお題をこなしていた。そのほとんどが恥ずかしさを伴うものだ。
「はぁ、はぁ……」
「……っ、……はっ」
「まさか、ここまで続くとはな。まだ続けるか?」
俺と海原はぜぇぜぇと息を切らしながらも首を縦に振る。
「わかった。なら、続けるぞ……と言いたいところだが、時間だ」
気づくと時計の針はとっくに六時を通り過ぎていた。
「まだ日が短いからな、そろそろ帰らないと暗くなる。ということで今回の勝負はここまだ。結果は引き分けだな」
部長の言葉で緊張の糸が切れた。はぁ、疲れた~。全身というより主に心がズタボロだ。
「いい勝負を見せてもらった。次もいい勝負を期待してるぞ柴村部員、海原部員」
「もちろんですよ」
「……次は勝つ」
険悪だった海原と俺だがこの勝負を通してほんの少しだが仲よくなれた気がした。案外、部長の言う通り、互いにぶつかりあってみるのも悪くないかもしれない。
「では、解散!」
部長が終わりの合図で、俺たちは部室をあとにするのだった。こうして俺、柴村謙一と海原渚の派遣部オリジナル野球拳対決は幕を閉じたのであった。
そして、俺は部室に出ようとしてふと思った。
なんで俺たちは勝負をしていたんだっけ? 忘れてしまったが、忘れるってことはたいしたことではなかったのだろう。まあ、なんでもいっか。