九狼 瞬也
「また屋上で黄昏てたんか、吉城? 見つかったら寮母さんに叱られるで」
「ああすまん、九狼。起こしちゃったか?」
部屋に帰ったワタルは2段ベッドの上の階から顔を出したルームメイトに話しかけられた。茶髪でチャラそうな見た目をしている彼の名前は九狼 瞬也だ。
「まぁ、ワシも不安で寝れんかったんやけどな……明日インハイのレギュラー発表だからやな」
「九狼もか……俺達三年なのにレギュラーほとんど入れて貰えないもんな……」
大阪出身で関西弁を話す九狼のポジションはOMFで、チーム一番の加速力に正確なパスが持ち味だ。ここだけ見れば十分レギュラーに入れる能力があると思うのだが……
「ワシに後8cm、いや6cm身長があれば100%レギュラーなんやけどな……」
九狼の身長は164cmと小柄で、体重も軽くフィジカルが弱い。
「それを言うなら俺だって後少し、足が速くて筋肉があればレギュラーどころかエースだよ」
仙台育米のチーム戦術は4-4-2のカウンターサッカーだ。
180cmを超える4人の長身DFを中心に守備をガチガチに固め、ボールを奪った瞬間前線に大きな縦パスを出して、点を取る。それが仙台育米の基本戦術だ。
スリーアローズ広島ユースや青森山本高校を始めとした全国の強敵に足元の技術では勝てないと悟った我が校の監督はフィジカル主義に目覚め、技術よりも筋肉と身長のある選手を積極的に採用するようになった。
技術で劣るなら筋力と体力で勝負せよと言う事だ。
それを証明するかのようにスタメンには1500m走を4分代で、50m走を6.5秒より速く走れて、ベンチプレスは90kg以上を持ち上げれる選手しかいない。
ちなみにワタルは1500m走は5分18秒で50m走は6.9秒、ベンチプレスは60kgが限界だ。決して悪い記録ではないと思うが育米でレギュラーを勝ち取るには足りないようだ。
一応筋トレを毎日やってるののだが、筋肉がつきにくい体質のせいか中々記録が伸びなかった。ジャンプ力と空中バランスには自信があるが、身長は173cmと平凡なので、このチームでは評価はされにくいらしい。
小さいパス回しでボールを支配する戦術のポゼッションサッカーではワタルの得意なボールタッチ能力は輝くが、その正反対をゆくカウンターサッカーではワタル達の武器はそれ程重要視されない。
つまりこれと弱いフィジカルがワタルと九狼がメンバーに選ばれて来なかった最大の理由だと思われる。
「はぁーあ。最後くらいインターハイに出たかったな。ワシのプロサッカー選手になって、巨乳女子アナと結婚する夢も明日で終わりかぁ……」
なんて不純な動機だ。いっそ清々しいな。
「明日選ばれなかったら九狼も夢を諦めるのか?」
「せやな。ホンマに悔しいけど、仕方あらへん。プロは諦めて地元で就職や……
も、ってことは吉城もか?」
いつもはお調子者の九狼だが、今は分かりやすく落ち込んでいる。
「ああ、そうだ。でも、最後のチャンスに全力で挑みたいと思っている」
「ハハッ、せやな。ワシも頑張るとするか……
ほな明日に備えて寝るとするわ。お休み」
「お休み」
九狼も同じことで悩んでるんだと知って少し気が楽になった。
「そうだ。諦めてたまるものか……」
ワタルは小さく、しかし力強く呟き目を閉じ、すぐに深い眠りに落ちていった。
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『ホッホッホ、おめでとさん。お主は選ばれたのじゃ』
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(m。_。)m オネガイシマス