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香熊 信広:オリジン

「僕なんかが、アイツを……?」


 予想外れの言葉に香熊はキョトンとする。


「そうだ、飯山がボールを持つと手が付けられない。それならボールを持つ前に潰せばいいんだ!」


 ワタルはいつものあの眼差しで香熊を見つめる。

 ――ああ、やめてくれ。そんなキラキラとした希望に満ちた目で僕を見ないでくれ。


「そんな……僕に出来るわけ……」

「出来るだろう? 紅白戦であれだけ俺を封じれたお前ならな! 頼りにしてるぞ!」


 こんな情けない僕でもお前は頼りにしてくれるのか……?


「なぁ、ワタル……お前変わったのか?」


 香熊は確かめずには要られなかった。同じ【三本の矢】に敗北して、同じ屈辱を味わった似た者同士だと思っていたワタルがもう自分とは違う存在になってしまったのか、自分とは違う景色を見ているのかを……


 ■


 ――ピー!


 仙台育米ボールで後半戦がスタートした。


「さぁ、反撃だ九狼! まずは点を取って追いつくぞ」

「いいんか、吉城? (ウチ)らの守備が……」


 九狼は不安そうに後ろのチームメイト達を見た


「大丈夫だ、安心しろ。守備はアイツに任せた。

 俺達は俺達の出来る事をすれば良いさ」


 ワタルはそう言って、隣の九狼にパスをしてスタートする。


 予定通り前線に上がる飯山に香熊がピッタリとマークにくっつく。


「にしても……」

『なぁ、ワタル……お前変わったのか?』


 唐突にさっき香熊に言われた事を思い出した。


(あっぶねぇー! 一瞬【ラプラスの魔眼】の事がバレたのかと思ってヒヤッとしたよ!

 もしバレたら速攻でインターハイ・デスゲーム失格になるからテキトーに誤魔化しちゃったよ!

 なんか色々恥ずかしい事言った気がするけど、秘密を守る為だからいいよね?)


 仙台育米側は中盤でパス交換している所、トラップを乱した永見が愛媛古田の9番にボールを奪われ、すかさず飯山にパスを出す。


「フハハ! 早速(メッシ)の出番がきたぜ!」


 飯山は香熊のマークを振り切って、下がりながらボールを貰いに行く。


「さぁ、出番だ香熊。頼んだぞ……!」


 ■


「フハハ! 早速(メッシ)の出番がきたぜ!」


 香熊は下がる飯山を見ながらさっきのワタルとのやり取りを反芻していた。


『さ、さぁ……俺が変わったのかは分からないな……でも今を変える努力をしないと夢を叶えれない。その為には自分だけで無く、時代も環境も一緒に変えないと届かないとは思ってる……かな?』

『夢……?』

『ああ、夢に向かって――憧れを目指して進んでいるとやるべき事が自然と見えてくるんだ。今まで分厚い壁に阻まれて見えなかった景色が見えてくるんだ。まぁ紅白戦でお前に指摘されたおかげで気が付いたんだがな……』

『僕の……おかげ?』

『まぁな。そう言う香熊にだって叶えたい夢があるだろう?』


 ああ、そうだ。そう言えば小学生の頃上原さんに言ったっけな?


『俺の夢は日本代表としてワールドカップに出て優勝する事です!』


 って。

 【三本の矢】に誇りと自信を奪われたせいで忘れていた。小さい頃にテレビでワールドカップを見て、国を背負って一生懸命戦う日本代表が最高にカッコ良いと思ったんだ。


「ナイスパス! いくぜ、メッシ最強!!」


 飯山は香熊のマークを振り切れたと思い、スピードを緩めてトラップしようとした瞬間――


「やらせるかよぉ!!」


 香熊は斜め後ろからボールめがけて強烈なスライディングタックルを仕掛けた。


「ぐわぁッ! クソっ(メッシ)とした事が油断してしまった……」


 飯山は体勢を崩してコケ、ボールはタッチラインを割り、クリアに成功した。


「よっし! ナイス香熊!」

「ナイスディフェンです! 香熊先輩!」


 今日初めて飯山を止める事が出来た瞬間、仙台育米達は点を取ったかのような盛り上がりを見せた。


 ――なるほどこう言う事か。

 夢を意識したとたん、香熊はやるべき事を頭では無く心で理解し、勝手に体が動き出したのだ。


「ウオォォォラァァァ!!

 飯山ぁ!! お前の相手はこの()だぁ!!!

 これ以上好きにはやらせん、かかってこいやァ!!!」


 香熊は力の限り叫び、膝をついている飯山にむけて宣戦布告をする。


「モチロン、受けて立とう。英雄(メッシ)たるものいかなる挑戦も拒まず、いかなる試練も乗り越える!

 覚悟しとけ! 次は俺がお前をコケさせてやる番だ」


 しかし飯山は、余裕を持ってゆっくりと立ち上がりながら香熊をギロッと睨んだ。


(コ、コイツ――全然ビビっていない)


 威勢良く宣戦布告したはいいが、飯山に睨まれた香熊は内心ビクビクしていた。出来るだけ平然とした顔でいようと取り繕っているが、恐怖による冷や汗と武者震いは止まってくれない。

 だがやるべき事をやる為に、憧れた未来に辿り着く為に弱気な自分の逃げ道を塞ぐ意味でも自分自身に宣戦布告するのだ……


 ――ああ、何もかもお前のせいだワタル。

 俺にこの過酷な現実を突き進む勇気を与えやがって!

 俺に忘れかけていた夢を思い出させやがって!

 俺にまた立ち上がる理由を与えやがって!

 逃げ場が無くなったじゃねーか! やるしかないじゃねーか!

 だからこそ俺もお前と同じ景色を――この壁の向こう側の景色とやらを見てみたい!

 お前と一緒に日本代表になって四年後の日本ワールドカップに出場したい! それがたった今決まった新たな俺の夢であり、俺の全てだ!!

 だから――


「コイツは俺にぃ、任せろぉ!!! ワタルは点を取れえぇ!」

「ああ……任せた!」

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