三本の矢
「幟君。試合中ずっと気になっていたんだけど、ハッピーキャッスルってなに?」
試合が終わり緊張から解放されたワタルは、幟に付けられた変なあだ名の意味を聞いた。
「ああ、それは……」
「昨日、幟が赤点取ったからコーチに勉強しろと怒られたんだ。そしたらコイツ『俺は将来プロサッカー選手に成るから勉強なんて必要ない!』って反論したんだよ。
でも海外で活躍するには英語が必須だぞ! と秒で論破され、焦って英語の勉強を始めたそうだ。これも英語の勉強の一環らしい……」
横から乱入して来たチームメイトの矢野 鉄心は深いくまが出来た目をこすりながら気だるそうに、幟の替わりに説明する。
「オイ、コラ鉄心! てめぇまた俺の心を読んだな?
そのキモい洞察力を使うのは試合中だけにしろって毎回言ってんだろ!?」
鉄心に秘密をバラされて幟はあたふたしだした。
「ちなみに吉城の"吉"の字は、幸福と言う意味よりも幸運と言う意味の方が強い。だから正確に翻訳するならハッピーキャッスルではなく、ラッキーキャッスルだ」
「おいコラ、聞けや! アイアンハート!」
「ふむ、幟のクセに今回は正確に翻訳出来たじゃないか。
ただノボリスペシャルとか言うひどいネーミングセンスについては小一時間問い詰めたいところだが……」
「俺に喧嘩売ってんのか?」
「心を丸裸に出来る僕に喧嘩で勝てると思っているのか?」
柄が悪いチンピラみたいな目付きの幟と気ダルそうな鉄心は睨み合い一触即発状態になる。
「オイ、お前ら……はしゃぐならここではなく寮ではしゃげ。
整列するまでが試合だ」
そんな二人を、中1とは思えないくらい低く威厳のある声が慣れた手付きで仲裁する。
「御門……俺も早く整列して帰って、英語の勉強をしたいのは山々なんだけど……お相手さん達が、ねぇ?」
チームのキャプテンでまとめ役の佐伯 御門に注意された幟は白けた態度で言う。
「あぁ。とても今すぐ整列出来る状態じゃないだろう?
まぁ、もう見慣れた光景だがな……」
鉄心はそう言って相手側のピッチを指差す。
「ぐすっ、うぅ…………」
試合終了のホイッスルが鳴ってから数分、未だに敗北のショックから立ち直れずに、泣きじゃくっているワイマーレ鳥取の選手達の姿がそこにはあった。
「そうだな……もう少し待ってやるか……」
香熊もその中に混じり、涙をポロポロと垂れ流しながら、虚ろな目をでじっと電光掲示板を見つめていた。
「でも幟、早く帰ってしたいのは英語の勉強じゃなくてゲームだろ? ホントは」
「だから鉄心! 俺の心を読むなぁ!」
幟の大きな怒鳴り声で、香熊は現実に引き戻される。ふとピッチサイドに顔見知りがいる事に気付いた。
去年、U-12のキャプテンとして世界ジュニア大会に出場した時に気にかけてくれたサッカー雑誌記者の上原さんだ。
その時に彼に将来の夢は何ですか? と聞かれ、
『俺の夢は日本代表としてワールドカップに出て優勝する事です!』
と自信満々に答えた事を思い出した。
そんな上原さんに今の情けない姿を見られたくないと思い、慌てて泣き顔を隠そうとした。
「サンアローズ広島ジュニアユースに突如現れた3人の中学一年生の国宝級の天才達……
名付けるなら【三本の矢】……かな? これはとんでもなく凄い記事になるぞ!! こうしてはいられない、速く取材しなくては!!」
しかし彼は香熊の事なんて眼中に無いくらい別の人達に夢中になっているようだ。
「あ……う、うえは……ら……さん?」
「君達!! ちょっといいかな!?」
上原さんは放心状態のまま跪いている香熊には目もくれずに、目の前を素通りして談笑を続ける3人の元に急いで走って行った。
上原さんが通り抜けた時に起きた冷たい風が、香熊の濡れた頬を嘲笑うかのように撫でて行った感触は、高3になった今でも忘れる事が出来ない。
香熊は上原さんに取材されている3人の後ろ姿をただ黙って見ている事しか出来なかった。
「くそっ、くそっ、チクショ!! まけて……たまるかぁ……!」
拳に血が出るほど芝生の地面を強く何度も殴り、香熊は復讐を誓った。
――――
次の日、3人を特集した記事やニュースが全国に出回る。
第一の矢、【跳人】 幟 昇
第二の矢、【ピッチ上のメンタリスト】 矢野 鉄心
そして第三の矢、【皇帝】 佐伯 御門
この試合の後、圧倒的過ぎるその天才達は3人合わせて【三本の矢】と呼ばれるようになった。
しかし現実は残酷だ。
香熊はそれから相手と一騎打ちになると不定期的に、ノボリスペシャルを食らった時の事を体が勝手に思い出してイップスを起こすようになる。
『能力的にはユースに昇格させても申し分ないのだが、大事な場面で動けなくなる欠陥品は要らない』
中3の時に監督にそう言われ、香熊はワイマーレ鳥取を追放されて今に至る。
■
――ピー!! ゴール!
香熊のフラッシュバックが終わり、気付くとゴールの前には跪いて項垂れているCBの岩倉とGKの高柳の姿があった。
どうやらいつの間にゴールを決められたようだ。
「すまない……岩倉、すまない……皆……
僕が不甲斐ないばかりに……」
――ピー、ピー!!
笛が2回鳴り、2-3の一点ビハインドで前半は終わる。
「オイ、香熊……大丈夫か?」
「――ワタル……」
俯いたままハーフタイムに向かう途中、今一番顔を見せたくない人に話しかけられた。
――ああ、何もかもお前のせいだワタル。
お前のせいで情けない自分を思い出してしまうんだ……
お前のせいで自分の無力さを痛感してしまうんだ……
お前のせいで自分が嫌いになって行くんだ……
紅白戦のあの時、いつも時代や環境のせいにして悲劇の主人公ぶってるお前の事が嫌いだと言っただろ? 何となくだが、お前がそうしてるのは分かったんだよ……
何故なら【三本の矢】と同じ時代に産まれた事を――時代や環境のせいにして一番悲劇の主人公ぶっていたのは、他ならない僕自身なのだから。きっとお前を嫌っている本当の理由は同族嫌悪なんだろう。
だからこそ僕を許さないでくれ、僕を罵ってくれ! 僕が無能だから、僕に勇気が無いから、せっかくワタルが点を取ってくれても負けるんだ。こんな奴が同じチームなんかにいるから負けるんだ。
さぁ、思う存分僕のせいにしてお前も悲劇の主人公ぶってくれよ!!
「香熊、点は俺が取る! だからお前は10番――飯山をマンマークしてくれ!
この勝負、勝つぞ!!」
しかし聞こえて来た声は期待していた侮蔑の言葉でも叱咤の言葉でも無く、ただの強気なお願いであった。
【三本の矢】は
幟 昇
矢野 鉄心
佐伯 御門
の3人です。
インターハイは高校の大会なので、ユースに所属する【三本の矢】はインターハイ・デスゲーム編ではほとんど登場しませんが、色んなキャラ達に大きな影響を与えた存在としてちょくちょく登場する予定です。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
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