イップス
「攻めろ攻めろ攻めろォォォ!!」
総和監督の必死の声援に答えるように総和11達はただひたすら前を向いて走る。
ポツンと一人前線に取り残されたワタルは遠目からその様子を見守った。
「ここで特攻して来るか……まぁウチのDF達は優秀だから大丈夫だろ。頼むぞ香熊……」
総和の背番号8番がドリブルで駆け上がる。
「逃がすか!」
精度の低いパスによりボールを奪われたボランチの永見は、己の失敗を取り戻すべく急いで8番を追い、強い体幹で後ろから8番にプレスをかける。
「あっ! クソっ」
体を当てられた8番は体勢を崩されて膝を付き、持ち主を失ったボールはコロコロ転がっていく。
「よくやった後は任せろ!」
こぼれたボールを今度は総和の背番号9番が拾い、素早く上がる。
「ここは通行止めだ!」
「ぐわぁっ!」
すかさずCBの岩倉が9番の進路を塞ぎ、止まった一瞬のスキを付きスライディングでボールごと9番を弾きとばした。
「皆よくここまで繋いでくれた! 僕が点を取ってやる!」
しかし前に弾かれてしまったボールは総和のエースナンバーの10番が拾う。総和の全てを賭けた特攻は歪ながらも繋がっていく。
「チッ、敵の数が多いせいでセカンドボールをことごとく奪われてしまうな。一回大きくクリアするか……
かかってこいガリ勉野郎! 俺様がぶっ潰してやるよ」
そしてペナルティエリア前に立ちはだかる香熊と10番の一騎打ちになった。
■
「あああああああああああ!!!!!」
メガネをかけた大人しそうな見た目の10番は、似合わない必死の鬼の形相を浮かべ、似合わない金切り声を上げ、無策で真正面からドリブル突撃して来た。
そんな相手を見て香熊はほくそ笑んでいる。
(フンッ、気合と根性だけで圧倒的実力差が埋まるんなら誰も苦労しねぇーよ。スキだらけだぜ)
いつものようにボールが相手の足を離れた所に割り込んでボールを奪おうとした刹那――
『お前、図体はデカいクセにノロマだな! 跳び箱に丁度いいぜ!!』
突然過去の忌まわしい記憶がフラッシュバックすると同時に、香熊を強烈な違和感が襲う。
(……っ! なんだ!? 足が動かねぇ、動いてくれねぇ……この底なし沼にハマった様な妙な感覚……無理にもがけばもがく程沈んで行く無力感……上手く息が出来ない。苦しい……)
いつもの香熊ならこんな相手は赤子の手をひねるくらい簡単に防げるだろう。しかし何故か地蔵のように動かない。
「……あっ……」
そんな香熊の真横を素通りした10番はフリーでペナルティエリアに入る。
「おい、香熊どうした!? チクショっ!」
「ウオォォォォォラァァァ!!!! よっしゃああああぁぁぁぁ!!」
まさか香熊が抜かれるとは思っておらず油断していたキーパーの高柳は動きが遅れ、ゴールを決められてしまった。
「「「「ウオォォオオォォ!!!」」」」
残り時間10分で3-1。敗北と言う事実は決して覆らないが、そんなこと知った事かと言わんばかりに総和11は共に抱き合い大喜びしている。監督に至っては泣きながら熱い拍手を送っている。
しかしそんな歓声が聞こえないくらい香熊は呆然としていた。
「この底なし沼にはまって行くような感じは――イップス……!
ば、ばかな……高校入ってから治ったハズなのに……あれから一回もなって無いのに……
何故今更……このタイミングで再発するんだ……?」
「オイ、香熊! 大丈夫か?」
聞き慣れた嫌いな声に現実に引き戻され、振り返る香熊。
「ワ、タル? わ、悪い。僕とした事がミスってしまった……」
「香熊、お前に謝られるとなんか気色悪いよ……
まあ、大丈夫だろ。少し後味は悪くなるが、俺達の勝ちは動かねぇよ」
ワタルは香熊を元気付けようとするが、香熊は俯いたままだ。
「すまない……僕のせいだ……」
「だから謝んなってキモイ……
とは言え、せっかく新チームの記念すべきデビュー戦でインターハイの一回戦。後味悪いまま終わらせるのはなんか癪だよなぁ?」
ワタルはイタズラを思いついた子供の様な悪い顔をする。
「ワタル?」
「オイ、もう一点取るぞ! そしたら後味良くなるだろ?
モチロン協力してくれるよな、香熊?」
イップス
・精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りのプレーや意識が出来なくなる症状のことである。
ウィキペディアより一部抜粋




