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越えれない分厚い壁

 ■4年前  宮城県 仙台育米高校 学生寮 



「俺にサッカーは向いてないのかな……チームが俺にあってないし……」


 時刻は真夜中、寮の消灯時間はとう過ぎている。しかし明日が来るのが怖くて眠れないワタルは屋上で一人フェンスに腰掛け、真っ暗な夜空を虚しく見上げていた。

 本来なら綺麗な夏の大三角が見えるはずなのだが生憎(あいにく)今日は曇り空で、デネブもアルタイルもベガも誰も俺を見てはくれない。


 俺の名前は吉城(キチジョウ) (ワタル)。去年のインターハイでベスト16に入った強豪校仙台育米(いくべい)高校のサッカー部に所属している。


 明日の部活でチーム紅白戦が行われ、その結果をもとに来月から始まるインターハイの出場メンバーが発表される。

 高校三年生でもう後がないワタルにとっては最後のアピールチャンスだ。


「もし明日メンバーに選ばれなかったらプロサッカー選手を目指すのを諦めようか……」


 小学生の頃から憧れのプロサッカー選手を目指して努力して来たが、ここら辺が潮時なのかもしれない。このままサッカーを続けても高校でほとんどレギュラーになった事が無いワタルは2部リーグのJ2にすら入る事も出来ないだろう。

 大学でも真剣にサッカーを続けて才能が花開けば、プロのサッカー選手に成れる可能性がわずかだがある。


 だがうちは貧乏とは言えないが、裕福では無いし妹がいる。大学の学費も馬鹿にならないので、親に負担は掛けさせたくない。

 そもそも中学時代は地元の名門Jリーグチーム、広島スリーアローズのジュニアユースに入り、高校は遠く離れた仙台まで来た事で既にかなりの負担をかけているのだ。


「そんで地元に帰って親父(おやじ)のお好み焼き屋で働いて、ゆくゆくは店を継ぐかぁ……

 休日は昔の友達でも集めてサッカーして……」


 18歳のワタルは大人では無いがもう子供とも言えない。己の人生を責任持って選択をしないといけない時がもうすぐそこまで来ている。


 大学でもサッカーしたいと言えば親父なら無理してでも学費を出してくれると思う。だが実現できる可能性が低い夢を追い続けて、家族に迷惑をかける事だけは避けたい。これ以上のワガママはとても言えない。


 だから明日を節目(ふしめ)にしよう。もし選ばれたらこれまで通り夢を叶える為にサッカーを続ける事にする。しかし選ばれなかったらサッカーは数ある趣味の中の一つ、いわゆる生涯スポーツとして付き合っていく事にする。

 俺はそう決意した。


「そうか……サッカー選手になる夢を諦めたとしても、俺は普通にサッカーを楽しんでいいんだな……」


 やっぱ俺ってサッカー好きなんだとしみじみ思った。


 そんな事を考えてると雲の合間から顔を出した(おぼろ)な月が涙で(にじ)んで見えた。夏はノスタルジックに(ひた)りやすいと親父に聞いた事があるが、どうやらそれは本当の事らしい。


「……あれ、何で俺泣いてるんだ? 別にサッカー出来なくなる訳ではないのに……」


 大粒な涙が頬を伝わり、センチメンタルになったワタルはサッカーと共に歩んできた自分の人生を振り返り始めた。



 小学校の頃は良かった。テレビを見てアクロバットなゴールを連発したとあるサッカー選手に憧れて小二からサッカーを始めた。


 俺は地元の広島の尾道市では最強無敵だった。俺がゴールネットを揺らす度に皆大盛り上りになった。市大会でハットトリックを決めて優勝した時なんかは、親戚家族総出で()(たた)えてくれて凄く嬉しかった。まるでヒーローになったような気分だった。


 だが中学時代、俺はただの井の中の(かわず)だと痛い程思い知らされる。


 サッカー選手に成る夢を叶える為に地元の名門プロサッカークラブJ1の広島スリーアローズ ジュニアユースに入ったが、運悪く同じ歳に天才が三人もいた。

 三人とも日本サッカー史上最高の逸材と評され、彼らはチーム名にちなんで【三本の矢】と呼ばれた。

 【三本の矢】は当時13歳にして日本代表のU―15のスタメンに選ばれる程の実力があり、未だに雑誌やテレビでよく見るくらいだ。


 あいつらを間近で見て、現実には決して越えれない分厚い壁が存在すると気付かされた。


 試合に出てしてもらっても俺は【三本の矢】にパスを出す事しか要求されず、中学時代は彼ら専用のパスマシンに徹した記憶しかない。

 

 しかし当然最強な彼らには常に敵の厳しいマークがついており、パスコースなんて無いようなものだった。

 だから俺は少しでもマークを()がす為に、正確なトラップや素早いダイレクトパス等ボールへのファーストタッチを徹底的に磨いた。


 おかげで俺はトラップやダイレクトプレー等が上手くなり、それが今の最大の武器になったのは皮肉な話だ。


 そして高校時代、強引なパスばかりで大した活躍がない俺は当然のようにスリーアローズ広島のユースに昇格させてもらえなかった。つまりチームを追放された。

 

 それでもプロに成るのを諦められなかった俺はお世話になったコーチの伝手(つて)で宮城県の名門の仙台育米高校に入学した。しかし俺のこの武器はチームでは噛み合わず、公式戦に出れないまま今に至る。


「これ以上ネガティブな事を考えるのは止めて寝ようか。まだ明日最後のチャンスがあるんだ」


 弱気になった自分を鼓舞(こぶ)するように言い聞かせ、俺は涙を(ぬぐ)って部屋に戻った。


※インハイ

・インターハイの略。毎年夏に行われる全国大会のこと。各県大会で優勝した一校が出場権を獲る。

・冬に行われる選手権大会、高校とユース混合リーグの高円宮杯と合わせて高校サッカーの三大大会と呼ばれる。


※ユース

・Jリーグのプロサッカークラブが運営する直属の下部組織の事。

・一般的に、18歳以下の高校生世代を「ユース」、15歳以下の中学生世代を「ジュニアユース」、12歳以下の小学生世代を「ジュニア」と呼ばれている。



ウィキペディアより一部抜粋

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