インターハイ開幕
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一ヶ月後。
立っているだけでも汗だくになる8月。今日は待ちに待った東京インターハイ一回戦目だ。
私の名前は榊原、地元東京の総和高校サッカー部の監督だ。我が校は進学校なので、サッカーは正直それほど強く無く、インターハイも地元の開催枠で何とか出れたレベルだ。
しかし東大卒でIQ150を誇るサッカーオタクの私の座右の銘は『備えあれば憂い無し』だ。
都大会も格上の対戦相手を研究して、対策に対策を重ね勝ち上がる事が出来たので、我々は自信がついた。
そんな我が校の一回戦目の相手は仙台育米だ。
対戦相手が発表された瞬間から独自のルートで彼らの今年の試合映像を数十本手に入れ、部員全員で何度も見返して、対策を練って練習し、一回戦突破する為に準備してきた我々に死角はない。
私の明晰な頭脳で算出した勝率は62%だ。賭けとしては十二分だろう。
去年ベスト16に入った強豪校――仙台育米、相手にとって不足なし!
さぁ、我が総和11よ! 下剋上を始めようではないか!!
――ピー!!
試合開始のホイッスルが鳴った。
しかし榊原は開始早々違和感に気づいた。
「……? あのツートップは誰だ?」
ビデオで見た時、ツートップは常に田中とゴンサレスだったはずだ。
あえて相手に攻めさせてボールを奪い、速攻カウンターの縦パスをその二人に出して点を取るのが彼らの基本戦術のハズだ。
しかしこれはどう言う事だ? まさか相手が我々のような格下だから、引退する3年生に花を持たせようとして、思い出作りに控え選手を出したのか?
本気のメンバーを出すまでも無いと言う事か?
「だとしたら舐められた物だな!」
そんな中、仙台育米キャプテンの香熊が、ミドルシュートを打とうとする総和のエースにプレスをかけてボールを奪い、前線に大きな縦パスを出した。
「来た! ビデオで何度も見た仙台育米お得意の速攻カウンターだ! これを封じる為の練習はたくさんして来たから問題ない」
ボールは勢いよく前線に飛び、それを仙台育米の背番号10番が走って追う。CWの選手は違うがやる事は同じようだ。
「知ってるぞ! そこからヘディングでポストプレーをして、オーバーラップして来る味方にパスをするのだろう?
だから、パスコースは全て塞いだ! どこに出してもマイボールさ!」
ワタルは空を飛ぶボールを一顧だにせず、ガイドラインを追いながら回りを見渡した。
「お相手さんいいのか? 守備の選手をほとんど左右のパスコース塞ぐのに使って。中央ガラ空きだぞ? まあいいや、座標セット」
【前方:5.564m 右方:1.456m 高さ0.823m 4.862秒】
ワタルはダッシュの勢いを止めず、香熊からのロングボールをハードルを飛び超えるような姿勢で背面ジャンプトラップで前に弾いた。
「はぁ?」
榊原はデータに無い動きに驚く。だが相手の10番は止まってくれない。
ワタルはその勢いのまま守備が全く間に合ってない前線をドリブルで切り裂いて行き、ペナルティエリア内でキーパーと一対一になり、あっさりとゴールネットを揺らした。
予想外過ぎる出来事に榊原の空いた口が塞がらず、持っていたペットボトルを落とす。
知らないぞ、何だその超絶な芸術トラップは? 遥か後方から飛んで来たボールを何で当たり前のように走りながらノールックで綺麗にトラップ出来るんだ?
仙台育米は技術を軽視した筋肉主義じゃないのか? 君はビデオに居なかったじゃないか! どこからそんな上手い選手が湧いてきた?
「よっしゃ、とりあえず1点!
香熊ナイスパス!」
ワタルはハイタッチを求めて香熊に詰め寄るが……
「まだ1点差だ。浮かれるな!」
相変わらずワタルに厳しい香熊は拒否した。
「ヘイヘイ。んじゃ3点くらい取ってから浮かれるとするよ……」
「まぁ……そのくらい点差があれば別に良いけど……」
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その後の試合も仙台育米のペースで進んだ。
「まだ1点差だ、焦る時間帯では無い! 落ち着いて我々の練習の成果を……」
榊原は混乱する本心を必死に隠し、強気な言葉を選手に投げかける。
「吉城、エグいの行くでぇ!」
香熊からビルドアップして来たボールをバイタルエリアで受けた九狼は、得意のシザースフェイントで相手ボランチを一人抜き、カバーに来たDFを引き付けてから吉城にラストパスを出した。
「おっ! 流石パスには定評のある九狼。中々決めごたえのある難しいパスを出すねぇ。さて、どう料理してやろうか……座標セット」
【後方:0.583m 右方:0.423m 高さ:1.063m 1.423秒】
ワタルは左斜め後ろから飛んで来る九狼のパスを右足を後ろにあげ、膝を曲げて回し蹴りをしてダイレクトシュートをヒールで打つ。
予想不能な突然のシュートにワタルのマークをしていた相手DFもキーパーも全く反応出来ず、ボールはゴールに突き刺さった。
「あれは――スコーピオンシュート!?」
サッカーオタクを自称し、毎月一回以上は必ずJリーグの試合をスタジアムで見に行く榊原だが……
「うつくしい……産まれて初めてこの目で見た……」
足を蠍の尻尾のように使い、背後から来るボールをシュートする姿からスコーピオンシュートと呼ばれるその技術はプロでも滅多に見られない。
榊原は一瞬だけ自分の立場を忘れ、純粋に心を奪われてしまった。
インターハイのルール
・一試合35分ハーフの計70分
・トーナメントの勝ち上がり方式
・一日一試合。途中一日休憩を挟み、6試合全て勝てば優勝
(シード校の場合は5試合)
・同点の場合は10分ハーフの計20分の延長戦。それでも同点ならPK戦
※実際のインターハイでは、延長戦があるのは決勝戦のみですが、作者がそれを知った時には既にプロットを修正不能レベルまで進めてしまったので、この世界のインターハイでは全試合延長戦ありと言うルールに変更させて下さいm(_ _)m
この一点以外は実際のインターハイと同じルールに則って進める予定です。




