分厚い壁の向こうへ
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ピー!
ホイッスルが鳴り後半が始まったが、やる事は前半と同じだ。あのワタルと残りの45分鬼ごっこするだけだ。
そう思った矢先、前半とは違う光景に香熊 信広は眉をひそめた。
「どうした? ワタルのやつ前線に上がらず中盤にポジションしているだと?
おいおい! まさか俺様が怖いから逃げたのか? ワタル」
香熊は挑発するように離れたワタルに言うが、ワタルは無視して、中盤のパス回しに参加している。
「何をする気だ? いずれにせよ、相手ボールなのにDFの俺がここを留守にして上がる訳にはいかないな」
さっきワタルに啖呵を切られた事も影響してか、彼が何か仕掛けて来る確信があった。だが香熊には守備のラインを統率する役目があるため、安易に中盤にいる彼のマークには行けなかった。
「今だ! 来い」
ワタルが吠えて、前線へと駆け上がる。
それと同時に紅組ボランチの二年生永見が弾丸ライナーパスを前線に出した。
「ちょ、おい永見! どこに蹴ってる?」
しかし永見から出されたパスは弾道が低く香熊が最初に触れそうだった。それも当然、永見はフィジカルとキープ力が持ち味の選手で、そこまでパスが上手くはない。
「すいません吉城先輩。ミスりました」
恐らく香熊の頭を超えるパスを想定してたけどミスったみたいだ。香熊はインターセプトをしようと軽くジャンプして胸トラップの準備をした。
「チッ、やってみるしかねぇーな……座標セット」
【後方:0.642m 左方:0.532m 高さ:1.115m 0.724秒】
しかし突然目の前にワタルが右斜め前を向いた状態で現れ、そのまま中腰でボールに向かって背中で体当たりをした。
「はぁっ!? 鉄山靠だとぉ!」
ボールは壁に当たって跳ね返ったかのように左サイドへ流れていき、下からオーバーラップしてきた九狼の足元に収まりドリブルで前線へと走って行った。
ワタルは鉄山靠パスを出したと同時に、未だに胸トラップ体制のままで動けない香熊の裏へと抜けて走った。
「クソっ、ノロマの癖に動き出しが速い。まさか背中でボールを受けた反動を使って加速しやがったのか!?」
九狼が高速ドリブルで左サイドを上がっているが、彼には一人でボールを持ってシュートに持ち込むまでの能力は無い。前線で他のDFに左サイド端っこに追い込まれて孤立するはずだ。だから無視して良い。
しかし今一番危険なのは間違いなくワタルだ。ゴール前で九狼のパスが繋がると、何をしでかすのかもはや全く検討もつかない。
そう思った香熊は遅れながらもワタルの後ろを全力で追う。今は離されてるが俺の足ならペナルティエリアに入る前にはまた追いつける。
「――九狼! 出せ!」
「オッケ、行くでワシの超絶アルティメットパス」
九狼は左サイドからアーリークロスでフリーのワタルにパスをだそうと利き足の左を後ろに振り上げた。
「――させるか!」
「ぎゃっ……すまん」
しかし寸前の所で191cmの長身が特徴の白組CB岩倉のプレスをくらい、フィジカルの弱い九狼は体制が崩れパスが乱れた。
「でかしたぞ、岩倉!」
乱れたクロスは勢いが弱く、ワタルの少し後ろに落ちるようだ。
しめた! 距離的に先にボールに触れるのはワタルだが、足を止めたおかげでトラップする瞬間に追いつける!
付近には前半の速攻カウンターを警戒してか、誰も上がってないのでパスの受け手がいない。クロス上げてコケている九狼がいるだけだ
ゴールまで約20m弱、マイナス方向からのシュートは無理だろう。
例え上手くトラップされたとしてもワタルにプレスかければこのチャンスは潰せる。
「残念だな。終わりだワタル」
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(クソっ、勘弁してくれよ)
ワタルは背後に落ちるガイドラインを見ながら心の中で毒づいた。
ハーフタイムでやりたい事を話したのに、永見はパスミスするし、頼りの九狼もあっさり削られて要求よりだいぶ後ろにパス出すし、誰もフォローに上がっていない。更に殺気だった顔の香熊が後ろから突撃してくる。
千載一遇のチャンスだったのに味方のミスにより状況は最悪。これでは誰かのせいにしたくなると言う物だ。
しかし、それでも結果を出さなければ憧れには辿り着けない。何かのせいにして自分を慰めるのはもう辞めだ。
俺のゴールでチームを俺中心に再構築して、俺の時代を築いてやる。
それがインターハイ・デスゲームに勝ち上がる唯一の方法だ。
(座標セット)
【後方:1.324m 左方:0.122m 高さ:1.982m 1.298秒】
ワタルは反転してゴールに背を向け、一歩二歩とタイミングを取りながら加速する。設定した座標を見据えてカウントダウンに合わせて大きく勢いつけて足を上にして飛び上がる。
――ああ、この逆さの景色が懐かしい……小学校以来だ……
「なにッ!? 馬鹿な、この距離からオーバヘッドシュートだとぉ!!」
そうだ。ズラタン・イブラヒモビッチの代名詞とも言えるこのシュートをここで使わずいつ使う?
しかし、いくら【ラプラスの魔眼】による補助があるとは言え、オーバヘッドシュートをするのは小学生以来だし、当時でも半分以上は失敗していた。そして約2mもの高さにある的を空中で正確に蹴れるか正直不安だった。
ドシっと右足首にボールが乗っかる重たい感覚が来たので、そのまま前に足を振り抜く。よし、どうやらしっかりと芯を捉え、シュート自体は成功したようだ。
後は約20m先の枠内に入れ、仙台育米の優秀な正キーパーの高柳を抜けてゴール出来るかどうかだが……
急いで着地して立ち上がり結果を見ようとするが――
「ぶっへぇぇ!!」
高く勢い良く飛び過ぎたせいで、まともに受け身を取れず地面に背中を強打した痛みから情けない声を出してしまった。
とっさに思いついた鉄山靠をした影響もあってか、更に背中がジーンと痛くて起き上がれない。
(結果はどうだ!? やったか?)
…………
――ウウオォォォォォォォォォオオオ!!!!!!!
一秒の沈黙の後、敵味方問わずに鳴り響く大歓声。その瞬間を見る事は出来なかったが、結果は自ずと分かった。ずっと目の前に立ち塞がっていた分厚い壁が壊れる音がしたからだ。
「ああ……これだよこれ。この感動を味わいたくて、これが大好きで俺はサッカーを初めたんだったよ……」
仲間達の大興奮する声を受けて、感極まったワタルは仰向けのまま、雲一つない快晴の空に向かって拳を付き上げた。
「これが壁を越えた先の景色か……」
宇宙まで見えそうなくらい透明に澄み切った青空はいつもより綺麗に見えた気がした。
そんな青いキャンパスに悪友が横から顔をヒョコっと出して、ワタルの伸ばした手を引っ張り上げた。
「ナイスシュート、吉城。でもまだ1-1やで。はよ立てや」
「ハハハ、もうちょっと余韻に浸らせてくれよ。九狼」
鉄山靠
・中国の武術、八極拳の技の一つ
・正式名称は貼山靠
・腰を落として相手に向かって背中から体当たりする技
※通常のサッカーでは使われません
アーリークロス
・相手の守備が戻りきらないうちに、ディフェンスラインとゴールキーパーの間を狙って浅い位置から入れるセンタリング。




