第6話【出発】
◇◇◇◇第六話【出発】◇◇◇◇
春告げ鳥が明け方に鳴くようになり、わたくしが学園に旅立つ日がいよいよやってきました。
お天気も良く爽やかな朝。
これからの旅路の最終確認が続けられています。
わたくしの手回りはエーリュシエルがほとんどやってくれましたが、自分の装備品は自分で管理しなければなりません。
わたくしは姫鎧という軽装の鎧、腰にはボーンイーターとナイフを身に着けています。
今年のヴィクシア国からの貴族関係の入学者はわたくしが首位ですわ。
まぁ王族が二人しかいないので、当たり前といえば当たり前ですが。
いつも以上にかしこまった様子のコラードと別れのあいさつを交わします。
「いってらっしゃいませ、ピピル殿下」
「留守をお願いいたします、コラード・バルトーン伯爵。
わたくし達兄妹がともに学園に行くのは、本来ならば避けなければいけないのでしょう。
けれど、多分学園で経験する数年はわたくし達の、そしてヴィクシア国全体の未来に関わる数年となると考えますの」
「かしこまりました、お心のままご存分になさいませ。
国内のことは三将軍とも協力して務めさせていただきます。
どうぞお健やかに」
剣術の稽古以外の時間はほとんど彼から政務に関わることを学びました。
彼もわたくしの師の一人といえるでしょう。
「こっちの用意は整った、あとは姫が乗り込めばいつでも出発できるぞ」
わたくしの六頭立ての馬車に乗るのはわたくし、老師、ジェイコ親方、エーリュシエルの四人です。
この四人が乗り込む馬車で街道を行き、学園に向かいます。
そうしてヴィクシア連合王国の寮でお兄様と合流して一緒に生活する予定ですの。
またお兄様のお顔が毎日見ることができるのですね。
わたくしもお兄様も講義が一杯あるかと思います。
でも少しぐらいはわたくしの甘える時間があると嬉しいのですけど。
老師はいつもの使い古したローブに木の杖を持っています。
これで老師の旅支度は終了らしいですわね。
御者台は老師が担当するということで、安心度が段違い……
いいえ、傍から見ると古びたローブに身を包んだ得体のしれない人物にしか見えませんわね……
あら、みすぼらしい御者と侮られて賊でも出たらどうしましょう。
まぁ本気で襲ってきてもたかが賊ならば返り討ちに合うのでしょうが。
エーリュシエルは侍従長兼摂政のコラード伯爵と三将軍の息子さんたちあての手紙を預かったようですわね。
彼女も侍女として主にわたくし身の回りの世話をしながら、さらに教養を磨くために学園生として講義をいくつか受けることになっています。
しかしいつものメイド服の上に革の胸当てを付けているのは、いつでも弓を放てる態勢に移れるようにとのことだそうです。
豊満な胸部を押さえつける形になりますが、弓をひくのには彼女の胸は邪魔になってしまうそうで、なんとなくうらやましいような、残念なような複雑な気持ちになります。
近矢で速射性に優れた弓を馬車のキャビンに持ち込むのはわたくしたちの護衛もかねてのことです。
腰に短剣と矢筒もついています。
でもメイド服の弓使いのスタイルはなかなかいいものではないでしょうか。
眼福眼福ですわ。
護衛は老師が居るから心配はないと思いますが……
わたくし個人の護衛としてみるならば女の手は絶対に必要になります。
まぁ学園ではお互い違う講義を受講している間は、自分は自身で守らなければならないといけないでしょう。
わたくしが自分で出来ないことをしてもらうのと、自分でも出来ることをあえてやってもらうのではかなり意味合いが違うと思いますのよ。
ジェイコ親方はいつもの作業着に厚手の上着、あとは様々な工具が入っている木箱に手回り品少々。
親方の作業着は燃えにくい素材を使ってあるそうで、同じ素材を使った頭巾をかぶることでやけどを防ぐのだそうです。
親方の耐火頭巾は特別に髭の収納袋付きだそうで、以前わたくしが心配した髭の引火は防御しているのとのことです。
親方は館に残していくお弟子さんたちに、あれこれと指示していらっしゃいますわね。
各国の技術関係者が一か所に集まるのは学園でしかないそうで、去年それを知った親方がどうしても学園に行きたいとゴネ……ん、強く希望したのです。
それがわたくしとともに行くのであるならば、という条件で認められたのでございます。
そしてダブーも連れていくことにしました。
出会って数か月、双角大猪の成長は早いのですが食べ物が良いからかどんどん大きくなり、今は小型の馬ほどの大きさに育ちました。
いつもの衣に軽い鞍を付けて学園までついていかせることになっています。
鞍を付けるのに慣れたら時々はまたがってみて、騎獣の訓練をしてみたいものです。
さぁ皆さん準備は整った様子です。
いざ、学園都市に向けて出発ですわ。