第4話【剣の稽古① 】
◇◇◇◇第四話【剣の稽古① 】◇◇◇◇
ダブーとの走る訓練が終わり体が温まったら、わたくしは剣の稽古を始めます。
最初は館の前でやろうとしたら、
「朝から館の正面で剣の稽古はやめてほしい」
と庭師のルイスさんに懇願されました。
庭を荒らすつもりは全然なかったのですが……
ルイスさんはわたくしたちと同じように朝早くから庭の手入れをして、いつでもお客様を迎えられるように整えているとのことでした。
「わかりましたわ、あなたの仕事を台無しにするつもりはありませんわ。
では別の場所で稽古することにいたしましょう」
「さて、朝に剣の稽古のできる場所はどこがいいかしら……」
やはり剣の指南役である老師に尋ねるのがいいでしょう。
前にコラード侍従長から聞いた話を思い出しました。
聞いたところによるとの武人の館や城の北にある塔はどんな色をしていても黒の塔と呼ばれるそうです。
その塔の番人はいろいろな呼び方がありますが、正式には『剣の紋 一の騎士』と呼ばれ、その国で一番の武人が詰める決まりです。
その役目は主の守護。
戦において討たれれば負けとなる当主の、最後の、そして最強の剣。
先の戦争では別の人物が務めておりましたが、父の亡くなったあの日、父を逃がすために勇者王と戦い、敗れ、討たれました。
国王の代替わりやら何やらのごたごたが何とか収まったとき、北の塔の守護者はどうしようかと話題に上ったこともあったそうです。
ですがやはり先の戦で名だたる武人はほぼ討たれ、領主や将軍などの上位貴族は守護者にはなれない決まりです。
お兄様が王位につくまで時間があることから先送りになりかけました。
そんな時いつものあの調子でひょいと現れた老師は自ら北の塔の主となりに来たと告げたのです。
軍の指揮などで守護者になれない三将軍がたまたま居たことから腕試しということになりました。
わたくしも子供ではありましたが、武器で戦う人たちを見るのが大好きな子だったので観戦させていただきました。
今でも記憶に残っています。
三位将軍ブルクハルト ・ バルツァーは、剣を老師の持つ棒と一合も合わせることなく、すれ違ったと思ったらどこをどうされたのか膝をついていましたわ。
二位将軍ビュール・アルべーは流星の異名の通りモーニングスターと呼ばれる武器を振り回して戦いましたが、間合いの内側にあっという間に入られて一本。
筆頭将軍フレド・シャルティエは、国のメンツにかけて負けるわけにはいきません。
悲壮な覚悟の顔で将軍が臨んだ三戦目は、何合か細い杖で長柄の斧と戦っていましたが、老師が急に大きく間合いを外すと、
「このくらいで俺の実力は分かってもらえたんじゃないかな」
と問いかけると、筆頭将軍フレド・シャルティエは
「申し分ないかと思われます。」
「某、この場にて推挙いたします。
騎士爵として取り立てるべきかと!
この実力の持ち主を逃してはなりませんぞ。
あと可能であれば、ぜひ某にも稽古を付けていただきたい」
そう答えました。
ビュール・アルべー将軍とブルクハルト ・ バルツァー将軍も
「そうねぇ改めて自分の弱点を気づかせてから勝てる業前アタシにゃ無理だ。
なんで、喜んで推挙するわ、それから稽古はアタシも参加させて」
「おかしいなぁ俺の腕がなまったんだろうか、鍛え直さないとな。
あ、俺も推挙しま~す。
ついでに、稽古もおねがいしまぁ~す」
それぞれこう言いました。
三将軍がそれぞれ稽古を希望し、後に戦略的なことの相談も受けるようになったことから、北の塔の騎士や黒騎士、『剣の紋 一の騎士』ではなく『老師』と呼ばれるようになったとか。
わたくしが黒の塔に老師を訪ねたのはそれが理由であって、決して老師のお茶とお菓子が目当てではないのですよ。
「やっぱりお茶と菓子目当てに見えるのは俺の気のせいかな?」
ぱくぱくとおいしいお茶菓子を頬張るわたくしを横目に見ながら老師はボヤき声を出しますが、これでもわたくし老師のお言葉をちゃんと聞いておりますのよ。
しかしこの『黒い雷』は手が止まらないおいしさですわ。
お菓子らしくない名前ですし、どのあたりが雷なのかさっぱりわかりませんけれども。
しかし、わたくしも成長したものです。
最初のころなど、老師のお茶うけに夢中になって、話を聞きもらし、後であわてることもあったのですから。
老師は
「食欲が進化しただけだ」
なんてひどいことをおっしゃいますのよ。
「まぁいい、剣の修行の場所か……
確かに人目があるところで剣の稽古なんてやるもんじゃねぇからなぁ……
技を見せるわけにもいかねぇしなぁ……」
お兄様と稽古していたころはお兄様の広い部屋が使えたのですが……
主のいない部屋を使うわけにはまいりません……
老師は何事か考えているようでしたが口を開くと、
「ピピル、おまえどんな剣の使い手になりたい?
そしてどのくらい剣の強さが欲しい?」
この問いかけ、老師はわたくしの覚悟を問うていらっしゃるのだと思いますわ……
「わたくしは、山のような剣士になりたい。
わたくしは、後ろに守るものがある限り、決して下がることが許されない立場。
わたくしの後ろにあるものは安心して自分の役目を果たし、それが最後には勝ちにつながるのですわ。
ですからわたくしの求める強さは……」
わたくしの剣は王となるお兄様を守る剣、王の後ろの国を守るための剣。
ならば。
老師の顔をまっすぐに見つめ、その眼力に負けることなく誓いましょう。
『古今無双』