表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/49

第2話【愛しのアルガお兄様へ】

◇◇◇◇第二話【愛しのアルガお兄様へ】◇◇◇◇


拝啓


お兄様が学園に行かれてから、早くも半年が過ぎ、老師からお話をうかがった日と同じような冬らしい日々が続いています。

あの時つないでいただいたお兄様の暖かい手をわたくしは生涯忘れることはないでしょう。


お兄様のいないこの館はいつにも増して冷たいもののように感じます。


お兄様は学園でいかがお過ごしでしょうか。

きっと武芸にも学芸にも力を入れておいででしょう。

でも無理をなさっていないかちょっと心配です。


コラード侍従長もヴィクシア国摂政としてよく国内の安定に力を尽くしています。

お兄様と一緒に学園に行った一人息子のエドの成長具合を気にされておりました。

いつも早く国内のことは息子に任せ、館のことに専念したいと申しております。


三将軍たちはいつも通りですが、息子さんたちの帰りを待っている感じです。

まぁ彼らは全員、まじめですが筆不精ですので手紙のやり取りなどはなさらないでしょう。


そういえば、お兄様が学園に行かれた時あからさまに意気消沈したのが誰と誰なのか、これはいくらなんでもお教えしてよいものか悩みます。

まぁ察しの良いお兄様のことですから、大方目星はつくと思いますが。


わたくしのことといえば……

老師に剣を学び始めてそろそろ一年近くになります。


この間やっと木剣を卒業し、本格的に剣を使って良いと許可を頂きました。

我がことながら剣才が感じられないのがつくづく残念ですわ。


わたくしがご一緒させていただいた入学までの数か月の鍛錬で、お兄様は木剣での鍛錬を卒業されて、刃のついた細身の長剣での実践鍛練までされるようになったというのに……

あの時はさすがお兄さまと感動いたしましたが。

それがどれほどすごいことであるか、あの時のわたくしは気づくことも出来なかったのですわ。


こんなことを言ってはいけないのでしょうが。

もしもお兄様が戦いをするときわたくしは、隣でお兄様を守る盾となりたいと思っているのです。

ですからこれからも剣術の錬磨を続けたいですわ。


そうそう、わたくし用にと老師から剣を一振り頂いたのでございます。

銘は『ボーンイーター』。


老師のコレクションの一つを打ち直したものだそうですわ。

ただそれが断面が長々菱形に近い形をした刃もついていない代物で、わたくし鉄板かと思いましたわ。

先端も尖っておりませんので刺すこともできませんし、老師は何を考えてわたくしにこのような剣を授けてくださったのか……理解に苦しみますわ。


良いところといえばどんなに力を込めても折れないことだと思いますけれど。

体が成長したらまた新しい剣を頂けるとのことですわ。

これでまた剣術に励む理由が増えましたの、嬉しく思います。


もちろん、他の科目も手を抜いてはおりませんわ。


学園の一年生の必修科目である語学は、まず文字を覚え、自分の名前を書きとりし、簡単な文章を書けるようになりました。


字を書くのは剣術の型を覚えるつもりでやるとうまくいく、という老師のアドバイスを受けて自分もそのつもりやってみたのですが、ペンは折れる、紙は破けるとろくなことになりませんでしたわ。

どうやら私向けのアドバイスではなかったようで、結構落ち込んだのですよ。


実はこのお手紙を書くのも語学練習の一環として、わたくし付メイドのエーリュシエルに手伝ってもらってやっと書いているところですのよ。

わたくしと彼女の分担具合は秘密です(1:99エーリュシエルほぼ口述筆記でございます)


あとは算術、これも学園では必修だそうですので、わたくしと相性が悪い講義も頑張らなくてはなりませんわね。


四則演算と老師がおっしゃっていました。

足し算、引き算、掛け算、割り算。

頭が痛くなってまいりますわ。


でも、不思議と軍事に絡めた計算に翻訳すると正解できたりするのです。

そのことに老師がお気づきになり、大笑いされました、失礼ですわよね。


わたくしの学習事情は、このようにまずまず順調といってよろしいかと思っております。


今回の手紙で一番書きたかったことですが、なんとわたくしに相棒が出来ました。


事情を申し上げますと、ボーンイーターを授かって間もなく、わたくしは老師に

サバイバルごっこをしようと誘われたのたのでございます。


サバイバルごっことはなんですかと老師に尋ねたところ、最低限の荷物だけ持って山野で活動しどのくらい生活できるか競う遊びだと説明されました。

これはおもしろそうだと思ったわたくしは老師と二人で北のゾピ・コッガ山脈に向かったのです。


老師からゾピ・コッガ山脈は恐ろしいモンスターも生息していると聞かされたわたくしは少し怖くなってしまいました。

ですがここまで来たら後には引けません。

それにこれはこれで楽しそうだと思ったのも本当ですもの。


いよいよサバイバルごっこスタートです。

持っていく荷物はボーンイーターと厚手のマント、それに火打石(フリント)と手のひらサイズのナイフ。

あとは上着のポケットに入っていた干し肉ひとかけらとビスケット3枚。


これだけで何日も過ごさなければなりません。


最後に老師から


「アドバイスを一つだけ、飲める水を早めに確保するように、じゃあがんばれ」


と言ったかと思ったら目も開けていられないほどの突風が吹き、目を開くと私は山中に一人ポツンと立っていたのでございます。


さてそれではきれいな湧水を探しましょうか、そう考えて鼻をひくひくと動かしてみると何やらお肉と脂、そして血の匂いがが漂ってきます。

原因が何であれ危険があることが予測される為、匂いの風下に回り込むようにして警戒しつつ移動を開始いたしました。


匂いのもとにたどり着くと、そこには大きな双角大猪の屍骸とそれにたかる肉食大蜂の群れがおりました。

母親だったのでしょう、周りにも小さな子猪の死骸が何体か横たわっていました。

プギプギと泣きながら蜂の群れから逃げ回ってそれでも変わり果てた母親から離れないで生きている子猪は、もう一頭しかおりません。


助けたい、そう思いました、でもその困難さも考えました。

食肉大蜂にも巣で待つ子がいるでしょう。

子のために狩りをする生き物の生活を邪魔して、親を亡くした子を救うのは無意味だとも思うのです。


でも結局蜂の群れに飛び込んで救い上げてしまった理由の半分は母を亡くした子が泣いているのが嫌だったからかもしれません。

もう半分は夕飯が豪華になるかしらと思ったからですけれども。


わたくしの肩を超える大きさの肉食大蜂の群れを突っ切り、子猪を小脇に抱えると一目散に逃げだしたのですわ。

風下を目指して森を駆けましたが、やはり何匹かついてきている羽音がしましたの。


飛んでいる蜂の群れ相手に剣では対抗できません。

特にわたくしのなまくらな剣では無理の極みでしょう。

着こんだ防具も簡易な硬革の胸鎧を身に着けるだけです。

隙間の多いこれでは蜂に刺されてしまうでしょう。  


水の匂いを頼りに必死に走り、やっとの思いで渓流に逃げ込みました。

救った子猪も既に刺されていたようで抱える腕に小さく毒による痙攣を感じました。

特にしつこい何匹かを倒すか追い払うかして治療する必要があるでしょう。

わたくしが空いている方の手で、河原に落ちているこぶし位の大きさの石を何度か投げて必死に防衛いたしました。

やっとの思いで蜂の一匹を倒すと、残りの蜂はあきらめて戻っていったのです。


危なく死ぬところだったのですわ。

ひとまずの危機は脱しましたが、子猪の危機はまだ去ってはいません。

なるべく早く解毒をしなければなりません。

以前老師に教えていただいた川辺に生えている解毒効果のある草を探すと、それを噛んで唾液ごと子猪に与えて、震える体を温めるためマントでくるみ抱きしめました。


河原に落ちている流木を集め火をつけると水辺の冷たい空気を炎がかき消してくれます。

少し子猪の息が落ち着いてくれたかしら、でも今宵が峠だとわたくしの勘が告げています。


子猪にも何か食べさせないといけないでしょう。

もうすぐ日が暮れますし狩りをするわけにもいきません、もちろん子猪を放っておくわけにもいきませんし。

わたくしはポケットからビスケットを三枚出して口に入れて咀嚼しドロドロになったものを子猪に与えました。


わたくしは干し肉を時間をかけて食べると、川から手ですくった水を子猪にも与えわたくしも自身も飲みました。


日が暮れようとしている河原で流木を時間が許す限り集め、今宵、一晩を過ごすことにいたしました。


子猪を抱きかかえ、焚火の炎を見ながら夜明けを待っていると眠気が襲ってまいりました。

焚き火の燃えさしを持って明かりを作り、何度か水を飲んだりしながら眠気をごまかしましたが疲れていたせいもあり気が付いたら少しの間眠ってしまったようです。


翌朝、ピギプギと鳴きながらピチピチと動く子猪に起こされましたわ。

くるんでいたマントを外すと元気よくプギプギ言いながら私を見つめてきます。


わたくしと一緒にいたいか尋ねると、子猪は首を振りながら嬉しそうにわたくしにすり寄ってきました。

私に向ける親愛の目がとても嬉しかったのです。


それからおしりをめくってみてメスなのを確認して、ダブーというのお名前をあげると、嬉しそうにプギッと声を上げてくれました。


こうしてわたくしは相棒を得ましたの。


その後は木の実を取って一緒に食べたり、ダブーが教えてくれたところから、キノコとか土中にある芋を掘り出してして食料を確保しておりましたの。

食料の次は住むところを充実させようと一月ほど二人きりで活動していましたが、老師がお迎えに見えて


「三日くらいで音を上げると思ったんだがな。

 このままだとお前はここで自分の王国を作りそうだ」


とのことで、もう少しで完成しそうだったわたくしたちの砦を置いて、わたくしのサバイバルごっこは終了したのですわ。


春に学園にダブーも連れて行こうと思っているので、お兄様にご挨拶させますわね。

行儀がとてもよくて、額に白い星型のぶちがある黒毛のかわいい子ですのよ。


あぁ、学園に行く春が待ち遠しい。

春になり無事にお兄様との学園での再会を期して。

                             かしこ


光の年盛冬 水の月五日

                   お兄様の第一の崇拝者 ピピル


アルガお兄様へ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ