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第1話【トカゲの老師】

新連載、よろしくお願いします

◇◇◇◇第一話 【トカゲの老師】◇◇◇◇


あれはアルガお兄様がもうすぐ十二歳、わたくしが十一歳になろうという冬のある日のことでしたわ。


わたくし達兄妹が住む館の北にある、『黒の塔』と呼ばれる尖塔の最上階に住む通称「老師」に二人そろって呼び出されたのです。


わたくし達兄妹にとって今までほとんど接点のない人物からの呼び出しに、いぶかしむ気持ちと戸惑いを覚えたものですわ。


とにもかくにも老師の呼び出しとあれば、何をおいても彼を訪ねなければならない。


そういう決まりで若年のわたくし達に否応はありません。


登っていくほどにどんどん天気は悪くなり小雪が舞う中を、高く狭くなっていく冷たい石の尖塔の螺旋階段を不安がるわたくしに、


「下を見ないでピピル。

 もう少しでつくからがんばろう。

 手をつないであげるからゆっくりついてくるといい」


わたくしの昇るペースよりもゆっくりと階段を昇り始める優しい素敵なお兄様。

しっかりとつながれた手はとても暖かかったのですわ。



最上部に到着しドアのノッカーを鳴らそうとお兄様が手を伸ばすと、ノッカーがしゃべりだしました。


「おぉやアルガ坊ちゃんとピピル嬢ちゃんじゃないか~いらっしゃい」


そう言うと軋み音を上げながらドアが開き、その先には思ったよりも広い空間が広がっていました。


「おぅ、二人ともよく来たな。

 まぁ座るが良い」


そこにいらっしゃたのはだいぶ古びて見えるローブをまとったリザードマンの殿方。

そのトカゲ顔からは年齢はうかがい知れず、不思議な雰囲気を醸し出していました。


彼は部屋の一角にある応接セットの大きなソファにどっかと腰を下ろし、テーブルで対面する一人掛けのソファに、それぞれわたくし達を誘いました。

一礼して腰を下ろし顔を上げると、わたくし達の正面にお茶が人数分セットされておりました。


魔法の形跡もなかったと思いましたのになぜ?

どことなくドヤった顔の老師にいたずらジジイの雰囲気が感じられて何んとなくこめかみがひきつれる気がいたします。


お兄様は素直に「これは!?」なんて驚いてみるものですからますますつけあがるのですわ。

よくわからないトカゲ顔がにやけていると感じます。



「今日来てもらったのは他でもないお前さんたちの成長にかかわる話だ。

 前置きがちょいと長いが我慢して聞いてくれよ。

 茶と茶請けはお前さんたちが普段飲み食いしているものとはモノが違うから勘弁な」


と、話し始めました。



◇◇◇◇



昔、といってもそんなに前ではない。

精々お前さんたちの父親、魔王がまだ何者でもない若造呼ばわりされていたころの話だ。

大陸最大の版図を誇る魔王の国、ヴィクシアから一人の王が現れ、領内の緒種族を瞬く間に従えると、そのまま周辺諸国に戦いを挑んだ。


魔王は強かった。

彼が前線に出ればその勢いは凄まじく、何物にも遮ることはかなわなかった。


破竹の勢いで元の魔王国の周辺国家を蹂躙した魔王の軍勢だったが、戦線が広がるにつれ徐々に疲弊していった。


それが一つの転機。


魔王がいかに強くてもすべての戦線を守ることはできぬ。

むしろあの方は、すべての問題を戦で勝つことによって解決しようとしたのかもしれんなぁ。


そしてもう一つの転機。


それは戦線が四つの雄国と接したことだ。


一つは賢者国。


彼らのその磨き抜かれた魔法は矢も届かぬ遠くから魔王の軍をつぎつぎと撃ち砕いた。


一つは騎士国。


彼らの集団戦法は、魔王を中心とした塊でしかなかった魔王軍を削り取るように減らしていった。


一つは聖者国。


彼らの聖なる癒しの力は、傷ついた魔王軍が自然に治るのを待つ間を飛び越えて、負傷者をたちまちに治し再び戦線に送り込んだ。




最後の一つは勇者国。


最強の勇者王は、魔王を討ち果たし、世に平和をもたらした。



とまぁ人間世界の巷間で語られている四天戦争といわれる戦のあらましはこんなところかな?



なぁ、アルガ、ピピル。

魔王の遺した二つの命よ。



そもそも何故魔王国は戦をしたと思う?


王はな、「子を食らわせぬため」そう言っておった。


敢えて、敢えて俺たちと人間を区別するとしてだ。

支配領域が広いのは、無論俺達だ。


しかし俺たちが住む大地がもたらす恵はあまりにも少ない。

強いものが弱いものを食らうのなど当たり前のことだ。


大抵の種族にとっては、親殺し、子殺し、同族殺しは禁忌とされているが、勿論タブーとならぬ種も多くいる。


なぜか?


殺して食らわねば己が死ぬからよ。


王は若いころ人間の国々を巡って見たことがあったそうだ。

豊かに実る穀物。

丸々と肥えた家畜。


隣人を食らうことなく成り立っている世界を王はどのような目で見ていたのか……。


そして己が人の世でどのように見られているか……。



人間に見た目の近い者たちは亜人として個人や里単位くらいで交流がもあった。

中には人里になじんでそのままそこで暮らす者もいたほどだ。



しかしそれはお互いの考えの違いを理解できる知性のある者の内でも、人間から見て美しい者や、ほかに特別な技能を持ったほんの一部に過ぎなかった。



人間からかけはなれた我らはな、人間にとって「獲物」にすぎぬのだ。


冒険者と呼ばれる職業についている者たちは、魔王国の山野に分け入り我らの糧を盗み去る。

出会った我が同胞を討ち、皮を剥ぎ肉を食らい内臓すらを貴重な薬品として持ち去る。


奴らにとって我らは獲物であるということに相違なかろう?


もちろん我らとて、出会った人間を殺して食らうだろう。

襲ってくる相手ならばなおのことだ。



そこはお互い様なのかもしれぬ。



魔王国と人の国争いの本当の最初の契機はな、我らの領域とされている西の森を人間が突如として切り開いたことから始まる。


そこに住まうていたものはすべてが追い出された。


飢えた彼らは自らの領域を侵したものたちへの報復として侵入者たちへの報復を行った。

個人の闘争に村里が報復し、という風に報復が報復を生み、やがて国と国の争いへ育っていった。


最初に森を切り開こうとしたその国は、一番にヴィクシアに飲み込まれたがな。



人間が我らを獲物として見るように、我らも人間を獲物として扱って悪い道理があろうか。

自らの先祖が、親兄弟が、そして子らが人に獲物とされる世界に憤っていたのかもしれん。

自分たちが、子らが獲物とされる世を覆し、子を養うために魔王は人間の持つ富を奪い取って生きようとした。


それだけの話なのかもしれん。


魔王が死んだから敗れたのか。

勇者王も魔王との戦傷がもとでなくなったそうだから痛み分けなのか。

ヴィクシアの領土が大きく広がったからわれらの勝ちなのか。

それについては自分の中での考え方だ。

立場で思うところは違うだろう。


王が討たれ、人間と我らの話し合いがなされた。

戦は終わったが、お互いに多くをなくした。


無理解と不寛容がこのようなおびただしい犠牲を産んだのだ。


そう考えた当時の話し合いの代表達は、各部族の代表を毎年数人ずつ集め、同じ環境で過ごさせ親睦を図り、若い世代からお互いの偏見を解こうと取り決めた。


まぁ完全中立の学園都市を設立し、そこで各国の次代の代表者達を英才教育を施し大陸の安定を図ろうということだな。


戦いが終わって土地を確保し、建物を建て、指導するものを集めるのに十年かかった。

ようやく学ぶべき次代の指導者を迎えることができるようになった。


さて、ここまではわかったな?


アルガ、お前は春になったら。

ピピルはその一年後。


その学園都市に行ってもらう。

他の国の代表の子弟たちと競うことになるだろうことは想像できるな?


もちろん敗戦国の代表の中でも魔王の子供たちは、とびぬけて的にかけられることだろう、命の危険だってあるかもしれない。


学園の中での命の取り合いは禁止される決まりになってはいるが、なに事故なんてどこにだって転がっているさ。


まず自分の身を守り、能力を伸ばしていかなければならない。

人間の能力が高くなったとき自分達の能力が低いままならば、簡単に狩られてしまうからな。


ピピルは一年の余裕がある。

だがアルガ、お前にが学園に行くまであまり余裕がない。


お前には当座の命を守れる強さと知恵が得られるように、少し厳しい訓練を科すことになる。


しっかりと修めよ?

学園生活を生き残れるように鍛えてやるからな。



◇◇◇◇



おいしいお茶とお茶うけに魅了されてしまったわたくしはお話の内容をあまり覚えていませんでした。ですがお兄様の決意を込めた、


「はい!よろしくご指導ください老師!」


の声に


「わたくしも精いっぱい頑張りますわ!よろしくお願いいたします」


と答えたのです。

上出来でしょう?


ついでに余ったお茶菓子をお土産にもらってほくほくでしたわよ。

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