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「……これは」
少年が転がり出たのはそこそこの広さで人々が行きかう名の知らない広場、中央には噴水が吹き上がり、人の手の入った花々が美しく咲き乱れている。
だが、彼が思わず声を出すほどに驚かせたのは広場でない。その驚きの対象は広場を取り囲むかのようにそびえ建つ建造物達だ。それらは皆、紺色っぽい色合いであり、高さは少なくとも彼の位置からではとてもではないが頂上は拝めないほどの高さだろう。
いつまでも座り込む訳にもいかないという結論に達し、彼はその場で立ち上がる。
「!? この格好……」
ふと、自身に意識を向けると、室内着であったはずの服装がジーパンに白シャツ、緑のパーカー、ブラウンの靴に様変わりしている。どれも自分の所持品だ。
「それよりも、早く探さないとお……ッ!!」
『目標: 2時間の生存 』
『最大獲得値: 3000 』
突如、テレパシーのように言葉が頭に刻み込まれる。
「2時間の生存ね……」
間違いなく例の不親切なゲームと関係性があることだろう。
しかし生存が目標となると、これから2時間の間は何かしらの危険が迫ってくるということだろうか。
「……大丈夫ですか?」
頭を回転させていると背後から声を掛けられる。
「ええ、まあ大丈夫ですよ」
「左様ですか。何やら先ほどから動きが変でしたもので」
「ははは……ご心配おかけしてすみません」
恐る恐る振り向くと穏やかそうな人相のお爺さんが視界に入った。かなりの高齢に見えるが、言葉ははっきりとした口調だ。
良い機会であるのでついでに尋ねるべきことを尋ねる。
「申し訳ないのですが、一つお尋ねしたいことがありまして……」
「ふむ。どうぞ」
「お手洗いはどちらにありますかね……?」
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『広場を抜け、南東方向の大通りの道沿いに公衆便所がある』とのご老人の有難い言葉に改めて感謝しながら、便所を出る。
「本当にタダで助かった……」
海外では公衆便所を利用する際に利用料金が求められる場合があると聞く。向かう途中にこの近辺の人々が使っている硬貨、紙幣を確認したが手持ちなど無いし、知りもしないものであった。
「やっと出られたと思ったら、今度は見知らぬ場所か……」
ただ、見知らぬ場所とは言っても、使用されている文字、言語は日本のそれであるのでコミュニケーションに困るということは無いだろう。この点はまさしく不幸中の幸いと言うべきだ。
「……もうすぐ日が沈むな」
夕日がセイゴや大通りの人々を照らす。もう1時間もすれば街に溶け込むように沈むことだろう。
……自分の部屋の事を思い出す。
長時間、室内に束縛されていたことで凝り固まってしまった自身の体を彼がほぐしていると、そのすぐ隣に子連れの母親が通り過ぎてゆく。
「今日のお夕飯は何がいい?」
「うーん。あっ!! 今日は "code-775 ERROR (((489t9hggh'&#)))"がいいな!!」
「分かったわ、お母さん頑張って作るからあなたも頑張ってお勉強するのよ?」
「ホント!? じゃあ、わたしもがんばっておべんきょうするね!!」
一部聞き取りにくい部分もあったが、仲睦まじい親子の会話が聞こえてくる。……しかし夕飯か、本来であればとうの昔に我が家の夕飯にありつけている頃だろうに。
……このままでは物寂しい気持ちになってしまいそうなので、気を取り直して現状を振り返ることとする。
現在、自分はいつの間に着たのかは知る由もないが、外着の恰好であり、手持ちの金銭、食料、飲料水無し。そして、2時間生存できれば何かが起こるかもしれないということだけ。
「シンプルに考えてみると、結構マズいよな……」
特に命に直結する食料と飲料水の問題は早急に解消しておきたいものだ。手段としては土下座をしてでも飲食店かどこかで食事と引き換えに働かせてもらうか、物乞いでもするのか……ここではあえて身を陰に堕とすような事は考えないようにする。
――――いや、その前に向かった方がいい場所があるはずだ。
「役所……だな」
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それっぼい事情を説明をすれば、もしかすると保護をしてもらえるかもしれない。
そんな第三者が聞けば甘いとも受け取れる考えで、セイゴは一か八か役所に向かっている最中である。
自室とは異なり、日は沈み、月の光が街を包み込み始める。小さい子供たちの姿は完全に消え、飲んだくれや仕事帰りの大人たちの歩く姿が見受けられる。
「これはもう戸締りしてるよな、多分」
通常、役所などは夜間の営業は無いものと彼は認識している。
役所には急げば間に合うと、自分が尋ねた人に言われたが、どうもこの街は大通りから外れると入り組んだ都市設計となっているらしく、無駄に時間を食ってしまっていた。
「あれか?」
迷いながらも、それらしい道を進んでゆくと正面に6階建てくらいの大きさの建造物が見える。
建物内部の照明の光が多く漏れ出している様を確認できる。……もしかすると、まだ受け付けて貰えるかもしれない。
儚いものかもしれないが希望が見えてきたので、少しばかり軽くなった足取りで目的地にまで移動しようとし――――
「お?」
特に理由もなくぼんやりと目的地である役所を眺めていると、その屋上らしき場所に黒い影が見える。明瞭さが無く、いまいち形は掴めないが、役所の1階層分以上はありそうな高さだ。
何かしらの設置物が屋上にあるのだと、推測するべきだろう。
……その黒い影が動いていなければの話だが――――
「……なんだあれ、結構……?」
アレは恐らくだが建造物ではないのではなかろうか。
夜間とはいえ、あの位置は流石に目立つ。が、周囲の人間たちは誰一人として特に騒ぐことも無く、何も異常はないかのような素振りだ。
この街ではよく見られるものなのだろうか。
それとも、今自分が役所を眺めていた際に突如として現れたものなのだろうか。
または、誰も、見えていないのだろうか。
『 ァァァァァア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!!!! 』
大気を振るわせるかのような嘶きの直後、その影は宙に舞う。
いや、ただ単に舞っているわけではない。凄まじい速度でこちらに飛んできている。
「や……ば…」
人外の外敵に遭遇した彼、神崎清吾の本能が警鐘を全力で鳴らす。
恐怖、驚愕。他にも様々な感情が入り混じる中、危機から脱出するために彼は足先を翻す。
そうして振り返ると、自分を人々が不思議なものを見るかのような目でこちらを見ている。
見るべきは俺じゃないはずだ。もっと別に――――――――――――――
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彼の意識はここで……途切れた。
『獲得値: 2500 』
『総残機数: 2 』




