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4. 天才召喚術師


 ある日、ルシンダは師団長に呼ばれて執務室を訪れた。

 ほかにも数人呼び出されたようで、何の用事かと互いに顔を見合わせている。


 おそらく全員が集まったと思われるところで、執務机で手を組んで座っていた師団長がごほんと咳払いした。


「諸君、本日付けで魔術師団特務小隊への所属を命じる。心して励むように。君たちの活躍を期待している」


 皆、声には出さなかったものの喜んでいるのが空気から伝わってくる。ルシンダも思わず「やった!」と叫びそうだったのをなんとか堪え、小さくガッツポーズした。


「それで、この小隊の隊長だが──」


 師団長が片眼鏡をくいと上げる。


(隊長……この中の誰かが指名されるのかな?)


 特務小隊に選ばれたのはルシンダを含めて六名だった。そのうち一番経験があるのは五年目のチェスター先輩だが、「考えるよりやってみる」というタイプなので、あまり隊長に向いていそうなイメージではない。


(じゃあ、このメンバーではない別の人……?)


 そう思い至ったルシンダだったが、どうやら正解だったらしい。師団長が手元にあったベルをチリンと鳴らした。


「入ってきなさい。──さあ、君たちの隊長を紹介しよう」


 キィと扉が開く音がして、コツコツと足音が近づいてくる。


「彼は若年ながら他国で召喚術を学び、わずか数年で数々の実績をあげた天才だ。知識も実力も文句無しで、この特務小隊を任せるに相応しい逸材だと思っている」


 師団長が隊長となる人物の経歴を紹介している間に、隊長(・・)がルシンダたちの目の前に姿を現す。師団長が言ったようにまだ若く、すらりとした長身と整った容姿に皆の視線が奪われる。


 ルシンダも、彼の姿から目を離せなかった。


「では、新隊長から隊員たちへ一言」

「はい。──皆さん、はじめまして」


 隊長(・・)が涼やかな声で話し始める。


(──信じられない。本当に……?)


 あの顔も、あの声も、何年経ったとしても忘れるわけがない。


 驚いた表情で見つめるルシンダに、彼が目を合わせて微笑む。


「隊長のクリス・ランカスターです。これからよろしくお願いします」



◇◇◇



 その後は、新しい小隊のメンバーで自己紹介をしたり、魔術を披露し合ったりして業務終了となった。


 皆、新たな特務小隊のメンバーに選ばれたことで気合いが入っているようだ。いつもより高揚した様子でお喋りしている先輩のジンジャーをぼんやりと眺めていると、彼女が声を掛けてきた。


「ルシンダさん、さっきの雷の玉みたいな魔術すごかったね!」

「あ、いえ……」

「あとルシンダさんの自己紹介、趣味が意外でビックリしたよ!」

「えっ、私なんて言いましたっけ……?」


 クリスとのあまりにも思いがけない再会のせいか、その後の記憶がほとんどない。自分は一体どんな自己紹介をしてしまったのだろう。


「もう、ルシンダさんったら緊張しちゃった? この後、特務小隊のメンバーで親睦会をやるの忘れないでよ?」

「あ、親睦会があるんでしたっけ……」


 言われてみれば、そんな話があったような気がする。


「え〜、ルシンダさんって、そんな天然だったっけ? 心配だからあたしと一緒に行こう!」


 そうして着替えを済ませた後、面倒見のいいジンジャーに連れられ、親睦会の会場となった大衆食堂へとやって来た。


「ここ、魔術師団に入団したときに歓迎会でご馳走になったお店ですね」

「そうそう、何かあるときは大体この店なのよ。あたし、ここの鶏肉のマーマレード煮が好きなんだ」

「美味しそうですね。今日、頼んでみます」


 そんな風にお喋りしながら店に入ると、もう他のメンバーが勢揃いしていた。席はチェスターの左側と、クリスの右側しか空いていない。


 なんとなくチェスターの隣に座ろうかと思ったが、彼と仲のいいジンジャーが先に座ってしまった。仕方がないので、クリスの隣の席にちょこんと座る。


「よし、これで全員だな。ほらほら、二人とも酒を選んでくれ。早く乾杯しよう!」


 チェスターに手渡されたメニュー表を見て、ジンジャーと一緒に果実酒を注文すると、すぐに二人分が運ばれてきた。


「今日は無礼講だ! みんなで仲を深めよう! 乾杯ー!」


 なぜか隊長のクリスではなく、チェスターが乾杯の音頭を取る。とはいえ、クリスも別に気にはしていないようで、穏やかに笑いながらグラスを掲げている。


(……本当にクリスが帰ってきたんだ)


 時間が経って、混乱していた頭も少し落ち着いてきた。


(いろいろ話したいけど、なんて言って話しかけたらいいかな……)


 早く会いたいとは思っていたが、実際に再会してみると、三年ぶりということもあるし、関係性も変わってしまって、どう話しかけたらいいのか分からない。


(普通に『久しぶりですね』とかでいいのかな……? でも、あっさりしすぎてるかな……?)


 そんなことを考えながら、ちびちびと果実酒を飲んでいると、左側から心地よい声が聞こえてきた。


「ルシンダも酒を飲むんだな」


 クリスが微笑みながらこちらを見つめている。久しぶりにクリスから名前を呼ばれたせいか、かあっと顔が熱くなる。


「こ、こういうときは飲みますよ。あんまり、強くはないですけど……」

「なるほど、たしかに顔が赤いな。もう酔ったんじゃないか?」

「これは違います……!」


 ルシンダが頬を押さえながら反論すると、クリスは可笑そうに笑った。


(よかった……)


 三年前、ルシンダはクリスに告白されたが、返事をしていない。だから、どんな態度で接すればいいのか悩んでいたのだが、クリスは普通に話しかけてくれた。


 いずれはきちんと返事をしなければならないとは思うが、それまでぎこちない関係ではいたくない。だから、クリスがわだかまりなく接してくれたことにほっとした。


「あの、この鶏肉のマーマレード煮を食べてみたいんですけど、頼んでもいいですか?」

「もちろん。店員を呼ぼう」


 ルシンダがメニュー表を指差して尋ねると、クリスがすぐに手を挙げて店員を呼んでくれた。


「もしかして隊長とルシンダって知り合いですか? なんとなく親しそうですけど」


 ルシンダとクリスのやり取りを聞いていたのか、チェスターが首を伸ばして尋ねる。


 チェスターは魔術学園の出身だがルシンダやクリスとは在学時期が違うから、二人の関係を知らないのだ。そういえば、チェスター以外のメンバーも、同じように在学時期が異なっていたり、王都の魔術学園出身ではなかったりしている。


 つまり、ここにはルシンダとクリスが元は義兄妹だったことを知っている者はいないということだ。


 クリスがチェスターの問いに答える。


「ああ、ルシンダの兄のフィールズ公爵令息とは親友だから、ルシンダのことも昔からよく知っているんだ」

「なるほど、そういうことでしたか〜」


 ──クリスとユージーンが親友……。


 二人の仲が悪いということはないけれど、親友と呼ぶほどかと考えると、何か違う気がする。


(でも、「元義妹」って言うと、いろいろとややこしくなりそうだし……)


 やはり、クリスが言ったように「親友の妹」ということにしたほうがいいのかもしれない。そう思いながら果実酒をひと口飲んでいると、チェスターがとんでもないことを言い出して、ルシンダは咽せそうになった。


「俺はまた昔付き合ってたとかかと思いましたよ」



年末年始は1日2話更新させていただこうと思います。

本日は夜8時にもう1話更新します!

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