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3. 討伐遠征


 家族旅行から帰って一週間後。ルシンダは魔術師団の任務で王都郊外にある森へと来ていた。いつもは森の奥にいるはずの魔物が、人里まで出てきて人を襲ったというのだ。


 幸い、何人かが腕や背中を負傷しただけで死者は出なかったらしいが、それも時間の問題だ。これ以上被害が拡大しないよう、王宮騎士団と魔術師団合同での討伐任務が下されたのだった。


 そして今、ルシンダは、王宮騎士団の魔術騎士となっていたライルと組んで黒死鳥の討伐にあたっていた。


「ライル! そっちに落とします!」

「分かった、頼む!」


 討伐隊の上空へ逃げようとする黒死鳥に雷撃を放ち、ライルの真上に撃ち落とす。ライルがタイミングよく剣を振り上げると、黒死鳥は腹を割かれて絶命した。


「ふう、これで全滅でしょうか」

「ああ、今ので10体目だから、これで最後のはずだ」

「それならよかったです。案外早く片付きましたね」


 ルシンダがライルに微笑む。


「……そうだな、ルシンダと組めたおかげで連携が取りやすかった。またこうやって一緒に組めたら──」


 ライルがルシンダに手を伸ばしたところで、向こうから討伐を終えたらしい他のペアたちが戻ってきた。しかし、どうも様子がおかしい。騎士がひとり、魔術師の肩に寄りかかったまま引きずられている。


「すみません……。僕を庇ったせいで怪我を……」

「……気にすんな。お前も魔術で俺を助けてくれただろ? お互い様だ」

「でも……」


 どうやら騎士が魔術師を庇って負傷したらしい。


 黒死鳥の爪は鋭く、殺傷力が高い。見たところ、怪我をした騎士は背中を大きく抉られてしまったようだ。早く手当てしないと命に関わるだろう。


 ルシンダは騎士へ元へと駆け寄った。


「あっ、ルシンダさん……!」

「大丈夫ですか? 今、手当てしますのでじっとしていてください」


 ルシンダが騎士の背中に手をかざし魔力を込めると、手のひらから白い光が溢れ出した。


「あ……なんか背中があったかくなってきた……」


 先ほどまで青褪めていた騎士の顔に赤みが差してくる。しばらくすると、深く抉られていた背中の傷は元通りに塞がれていた。


 すっかり痛みがなくなって驚いている騎士の横で、同僚の魔術師が何度も頭を下げる。


「ルシンダさん、助かりました…!」

「いえ、これも私の役目ですから。騎士さんは、もう痛みはないですか?」

「ああ、このとおり、体を捻っても全然痛くない! 本当に助かったよ。ありがとう!」


 騎士がルシンダの手を取って感謝する。周りで見ていた騎士たちも、奇跡のような治癒の力に歓声をあげた。


「すげえ! こんなに跡形もなく治せるもんなのか!」

「ライルはルシンダさんと組めるなんてラッキーだったよな」

「攻撃も治癒もできるんだもんな〜。天才じゃん」

「ルシンダさんがもう一人いればいいのにな」

「ほんとほんと。俺もペアになりたいわ」


 口々に賞賛されてはにかんでいる様子のルシンダをライルが見つめる。


「……たしかに、ルシンダが一人じゃなかったら、みんなで取り合わずに済むのにな」


 小さく溜め息をこぼした後、ライルはルシンダの肩にぽんと手を置いた。


「すまない、ルシンダ。ちょっと来てくれるか?」

「はい、いいですよ。では、皆さん、失礼しますね」

「おう、ライル頑張れよ!」

「ごゆっくり〜」


 同僚たちの冷やかしを無視して、ライルがルシンダの手を引く。


「まだ仕事が残ってましたか?」


 小首を傾げてこちらを見上げるルシンダに、ライルの目が釘づけになる。繋いだ手が熱い。


「用事……。──ああ、エリアスに頼まれていたんだ。珍しい植物があったら採集してほしいって」


 本当はそんな頼み事などされていないが、用事もないのにここまでルシンダを引っ張ってきたのだとは──他の男たちがルシンダに馴れ馴れしくしているのを見るのが嫌だっただけなのだとは、言えなかった。


 だから適当にエリアスの名前を出してしまったのだが、ルシンダは納得したようだった。


「エリアスは研究所で薬草の研究をしていますもんね」

「……そうなんだ、研究に使いたいらしい」

「そういえば、私もミアから黒死鳥の爪と羽根を持ち帰ってきてほしいって言われてたんでした」

「ああ、ミア嬢は魔道具の研究をしているんだったな。じゃあ、一緒に集めよう」


 とりあえず先に黒死鳥の爪と羽根を切り取って採取袋に詰めたあと、二人は珍しそうな植物を探して回る。


 本当はこんなことしなくてもいいんだが、と罪悪感を覚えながらも、ライルはルシンダと一緒にいられるのを嬉しく思った。


 魔術騎士として王宮騎士団に入団して以来、訓練や任務に明け暮れる毎日で、なかなかルシンダと会う暇がない。だから、仕事でもなんでも、こうしてルシンダと過ごせる時間は貴重だった。


「そういえば、近々魔術師団に新しい小隊ができるんだろう?」

「さすがライル、耳が早いですね。なんでも特殊任務に対応する人員を集めるらしくて、実は私も立候補してるんです」


 期待に目を輝かせるルシンダに、ライルが目を細める。


 この愛らしい女性は、本当に仕事熱心だ。

 きっと今はまだ仕事に夢中で、恋愛のことなど考えていないのだろう。……自分とは違って。


「ルシンダなら、きっと選ばれるさ」

「そうだといいんですけど。……あ、珍しそうなお花がありました! エリアスに持って帰りましょう」

「そうだな、きっと喜ぶ」


 嬉しそうに花を採集するルシンダの横顔を見つめながら、ライルは「まだ、今じゃない」と小さく呟いた。


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