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32. 告げられた未来


 いよいよ文化祭初日。

 ルシンダのクラスの劇は二日目に上演予定のため、今日は他クラスの出し物を見て回る予定だ。

 初めは去年のようにミアと一緒に回ろうと思っていたのだが、何だかんだでクリスと一緒に行くことになった。


「学園卒業前の思い出作りに」とお願いされてしまっては断れない。それに、最近どことなくクリスの元気がないように見えるので、少しでも元気づけてあげたかった。

 一緒に文化祭を楽しんだら、少しはクリスの気も晴れるかもしれない。


「お兄様は午後からクラスの案内係なんですよね?」


 学園へ向かう馬車の中で、向かいに座るクリスにルシンダが尋ねる。三年生は卒業後の進路に向けた準備で忙しいということで、どのクラスも簡単な展示や販売など、あまり手間がかからない出し物をするらしい。


「ああ、ルシンダも午後からは劇の練習があるんだろう?」

「はい、最後のリハーサルをやる予定で……」

「空き時間が一緒でよかった。ホームルームが終わったら、ルシンダの教室まで迎えに行くから待っていてくれるか?」

「はい、分かりました」


 学院に到着すると、入口の門からすでに文化祭仕様に変わっていた。色鮮やかな花々やリボンなどで飾られていて、普段とは違う雰囲気に自然とルシンダの胸も弾む。


 そんな浮き足立った気持ちのまま、朝のホームルームの時間を過ごした後、ルシンダは自席で頬杖をつきながらクリスの迎えを待っていた。


(まずはどのクラスの出し物に行ってみようかなぁ。クリスお兄様も楽しめるところがいいよね)


 そんなことを考えていると、にわかにクラスの女子生徒たちが騒つき始めた。廊下のほうに熱烈な眼差しを向けて、きゃあきゃあと黄色い声を上げている。


「やだぁ、やっぱりカッコいい……!」

「知的で本当に素敵よね」

「私、去年の劇を観て以来、先輩の大ファンなの!」


 まさかと思いつつ、クラスメートたちの視線の先を見ると、案の定そこには輝く銀髪に透き通るような水色の瞳を持つ美しい青年──兄のクリスが立っていた。


「お兄様……!」


 ルシンダが慌てて駆け寄ると、クリスがわずかに微笑んだ。

 その直後、ルシンダの背後で何人かがよろけるような足音と、「しっかりして! 気を確かに……!」という掛け声が聞こえてきた。大丈夫だろうか。


「お兄様、迎えに来てくださってありがとうございます」

「いや、では行こうか」


 クリスと並んで歩き出す。


「お兄様はどこか行きたい場所はありますか?」

「いや、特には。ルシンダが行きたいところへ行こう」

「ありがとうございます。実はちょっと気になっている場所があって……」


 そう言ってルシンダが向かった先は一年生のクラスの教室だった。窓が暗い色のカーテンで覆われており、何やら怪しげな雰囲気だ。


「ここは……『占いの館』?」


 入り口に掲げられた看板をクリスが怪訝な顔で読み上げる。


「はい。誕生日占いとか、名前占いとか、手相占いとか、色々やってもらえるみたいです。中でもタロット占いは本当に得意な子がいるみたいで、私も占ってみてほしくて……」


 占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦だと分かっているけれど、ついつい気になってしまう。

 クリスの腕を引いて中に入ると、案内係らしき女子生徒がやって来た。


「いらっしゃいませ。何の占いをご希望ですか?」

「あの、タロットで未来を占ってもらいたくて……」

「かしこまりました。お二人の恋占いということでよろしいですか?」

「えっ!? いえ、私たちは兄妹なので……」

「あっ、失礼しました! うっかり勘違いしてしまいまして……」


 すぐにぺこぺこと謝りながらも、案内係の生徒はなぜか困惑したように自分たちを見つめてくる。不思議に思ってクリスのほうに顔を向けると、自分がクリスの腕を取ったままだったことに気がついた。


 こんな風に腕を絡ませていては勘違いされても仕方ない。慌てて離れると、クリスが残念そうに耳元で囁いた。


「別に、そのままでも構わないのに」

「……!」


 どうしてかすごく恥ずかしくなってうつむいていると、案内係の生徒が、これまたなぜかルシンダに負けないくらい照れている様子でコホンと咳払いをした。


「で、では二名様ご案内いたしますね。こちらへどうぞ……!」


 そうして、どことなく気まずい空気のままタロット占いのブースに案内される。

 そこには紫色のクロスが掛けられたテーブルが置いてあり、その向こうには黒いベールを被った、いかにも占い師っぽい衣装の女子生徒が静かに座っていた。


「占いの館へようこそ。私はタロット占い師の《ステラマリス》。未来を占いたいのは貴女?」


 一つ年下とは思えないミステリアスな口調。それに、彼女の本名はヘレナだと聞いていたので、《ステラマリス》というのは占い師としての名前だろう。初っ端から雰囲気抜群で、これは占いにも期待できそうだ。


「はい、私です」

「そう、では早速始めましょう。まずは、目を瞑って」

「はい」

「そうしたら、このカードをシャッフルしてちょうだい。何も考えず、無心でね。これでいいと思ったら、目を開けて教えてもらえるかしら?」

「分かりました」


 ステラマリスに言われた通り、テーブルに広げられたカードをぐるぐると混ぜ、ここだと思ったところで目を開ける。


「……できました」


 ルシンダがシャッフルし終えると、ステラマリスが慣れた手つきでカードをいくつかの山に分ける。さらにそこからカードを二枚ずつ引いて、山の隣に置いた。


「未来を知るには過去と現在を知る必要があるわ。この二枚のカードは貴女の過去」


 ステラマリスがカードを裏返す。


「これは……正位置の《死神》と《女神》──それぞれ死と終焉、誕生と始まりを意味するカードよ。貴女は過去に誰かの死、または日常の終わりを迎え、新たな関係や生活を得た」


 ルシンダはドキリとした。

 もしかするとクリスは、ルシンダの実の両親の死と、養子になったランカスター伯爵家での新たな生活のことと結びつけているかもしれない。

 けれど、ルシンダには前世での死と、この世界への転生を表しているような気がしてならなかった。


「では次に、貴女の現在を視てみるわね。これは……正位置の《賢者》と逆位置の《狩人》。隠されていた真実が明らかになり、陰から狙われていることを暗示しているわ。思いがけない誰かが、貴女自身または貴女の力を得ようと狙っているかもしれないから注意が必要よ」

「注意……」


 これも今の状況に当てはまっているように思える。

 聖女の力を狙う者が出てくるかもしれないことは、ユージーンからも忠告を受けていた。幸いにもまだ危険を感じたことはないが、やはり注意したほうがいいのかもしれない。

 ルシンダが考えているうちに、最後のカードがめくられる。


「そしてこれが貴女の未来……逆位置の《旅人》と正位置の《聖母》」


 今まですらすらとカードを読み解いてきたステラマリスが、わずかに考え込んだ。


「……近い将来、何らかの別離があるわ。貴女がここを離れなければならなくなるか、あるいは大切な誰かに別れを告げられることになるか。悲しい別れになるけれど、代わりに貴女は安らぎを得ることになる。貴女の心は癒され、愛を知るでしょう」

「別れ……?」


 近い将来の別れといえば、エリアスが留学を終えてマレ王国に戻るはずだが、そのことだろうか。


(でも、なんだか違うような気がする)


「あの、別れというのは……」


 もう少し詳しく話を聞こうとしたルシンダの言葉を、先ほどの案内係の生徒が遮った。


「すみません、けっこう混み合ってきちゃいましたので、結果が出たところで終了ということでお願いします〜」


 そう言われてしまえば仕方がない。

 押しに弱いルシンダは案内係に促されるまま料金を支払わされ、占いの館から出されてしまった。


「もう少し質問したかったのに……」

「さっきの"別れ"の話か?」

「はい、もしかして一生会えなくなるんじゃないかって怖くて……。死に別れたりとか……そういうのじゃないですよね?」


 前世と今世で死別を経験しているためか、「別れ」という言葉につい敏感になってしまう。不安そうな顔で見上げるルシンダの頭を、クリスが優しく撫でた。


「……きっと、そういうのではないから心配するな」

「そうだといいのですが……」

「大丈夫だ。それに、さっきの占いだって、過去の話はルシンダの噂を知っていれば言えることだし、現在の話も聖女は狙われやすいに決まっている。誰でも言えるようなことを言っているだけだから気にする必要はない」

「たしかに、そうかもしれませんね」


 さっきまでは過去も現在も当てられて、ステラマリスは天才占い師なのではと慄いていたが、クリスに言われると、実は何でもないことだったように思えてしまう。


「……それに、占い師は最後に"安らぎを得る"と言っていただろう?」

「はい、"心が癒されて、愛を知る"って」

「そういう良いことだけ信じていればいい。……他の話は気にするな」


 穏やかな声音に、こわばっていた心が自然と解れていく。

 ぽんぽんと頭を撫でていたクリスの手が、そのままルシンダの髪を梳くようにして顔の横におりてくる。優しい手つきで耳に髪をかけてくれるのがくすぐったくて、少しだけ身をよじらせると、クリスがふっと微笑んだ。


「ほら、次の場所に行こう。どこか行きたいところは?」

「えっと、じゃあ、今度はバザーのお店を見てみたいです」

「ああ、三年のどこかのクラスでやっていたな。行ってみよう」

「はい!」


 先ほどまでの不安を忘れたように、ルシンダがはしゃいだ様子で階段をのぼっていく。その後ろ姿を、クリスは愛おしげに見つめるのだった。


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