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26. 新学期


 ジュリアンの騒動が一段落した後、ルシンダはフィールズ家のお茶会に招待されたり、ミアと二人で街に出かけたり、生徒会メンバーで王家の避暑地に遊びに行ったりと忙しかった。


 もちろん遊んでいただけではなく、フローラやレイに見てもらいながら光の魔術の練習をしたり、自由研究の一環で魔石について調べたり、クリスと一緒に宿題をしたりと、勉学にも励んだ。


(もう今日で夏休みも終わりだなんて……。あっという間だったけど、充実した夏休みだったなぁ)


 この一夏で出来たたくさんの思い出を思い返していると、媚びるような声色で名前を呼ばれ、ルシンダは現実に引き戻された。


「ルシンダ、夏季休暇は楽しかったかしら?」


 晩餐のデザートを食べ終えた義母が、紅茶の入ったティーカップを持ち上げながら問う。


「あ……はい、楽しかったです、お母様」

「ふふ、それはよかったわ。ねえ、あなた」

「ああ、そうだな。有意義に過ごせたようで何よりだ」

「そういえば、留学にいらしてるエリアス殿下って素敵な方なのね。あなたと仲がいいのでしょう? ルシンダのことを気に入っていらっしゃるんじゃない?」

「そうだな、今度我が家にご招待するのはどうだ? マレ王国のことも色々と伺いたいしな」


 勝手に盛り上がる夫妻をクリスがたしなめる。


「名家という訳でもない伯爵家が、気軽に他国の王子殿下をお呼びするなど止めた方がいいでしょう」

「あら、そんなことないわよ。それに、大切な娘のためじゃない」

「ああ、そうだ。ルシンダのためだからな。それに、今は名家でなくとも、私の代で名家になるはずだ」

「ふふふ、そのとおりだわ。私ももっと高貴な身分に相応しいドレスを買わなくてはね」


 クリスの忠告など全く気にしていない様子で夫妻が笑い合う。


 以前、ルシンダをアーロンの婚約者にさせようと画策していたが、今度はエリアスにまで目をつけたのだろうか。

 彼らといると、何をするにも下心が透けて見えて辟易としてしまう。


(学園が始まれば、顔を合わせる機会も減るから……)


 そう自分に言い聞かせて目を逸らしたが、義両親のにやにやとした笑みが妙に頭に焼きついて、なかなか離れてくれなかった。


 そして翌日。魔術学園の新学期が始まった。


「ルシンダ、おはよう」

「ミア、おはよう!」

「夏休みが終わっちゃったわね〜憂鬱〜」

「そうだね。でも、夏休みも楽しかったけど、学園もみんなに会えるから楽しいよ」

「……もう、あなたって子は!」


 ミアからなぜか頬をむぎゅっとされて戸惑っていると、アーロンとライルが挨拶にやって来た。


「ルシンダ、おはようございます。ふふっ、そういう顔も可愛らしいですね」

「ほ、ほうれふか……?」

「お前たちは本当に仲がいいな。……羨ましい」

「ライルだってアーロンやサミュエルと仲良しじゃないですか」


 ミアから頬を解放されたルシンダが返事をすると、ライルがぱちぱちと瞬いた。アーロンが笑いを堪えるようにして代わりに返事をする。


「そうですね。でも、私たちはお互いに譲れないライバルでもありますから」

「ライバル……」

「はい。勝者は私かもしれないし、ライルかもしれない。もしかすると、三人とも敗れ去る可能性もあります」

「三人とも?」


 こんなに優秀な彼らが全員敗れてしまうかもしれないなんて、一体どんな難関に立ち向かおうとしているのだろう。


「みんな、大変なんですね……」


 しみじみとそう呟くと、ライルがルシンダの頬をふにっと押した。


「いいんだ。それだけの価値があることだから」


 どこか甘さを感じる琥珀色の瞳に見つめられ、ルシンダはどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 けれどそれも一瞬のことで、すぐにアーロンが割って入り、甘い雰囲気はたちまち失われてしまった。


「ライル、こんなところで仕掛けてくるとは油断も隙もないですね」

「いや、今のはつい手が動いてしまっただけで……」

「私だって我慢していたのに」


 じゃれ合うアーロンとライルを「やっぱり仲良しだなぁ」と思いながら眺めていると、ミアがコホンと咳払いした。


「お二人とも、久々に会えて嬉しいのは分かりますが、公衆の面前では友人(・・)としての節度を保ってくださいね」

「悪かった……」

「……分かりました」


 了承しながらも、どことなく不満げな様子の二人を見て、ミアが何かを企むように口角を上げた。


「まあ、お二人の気持ちも理解できますからね。ここは私が堂々と触れ合える機会を作って差し上げましょう」


 何の話をしているのかは分からないが、得意げに胸をそらすミア。

 一体何をするつもりなんだろうとルシンダが首を傾げた数日後……。


「今年もそろそろ文化祭の時期だ。クラスの出し物をどうするか、ちゃんと考えてきたか?」


 ホームルームの時間、レイがクラスの生徒たちに尋ねる。


「去年のカフェ、楽しかったよね」

「でも今年はまた違うことをやってみたいかも?」


 ざわつき始めた教室で、ミアが勢いよく挙手した。


「お、ミア・ブルックス。今年もまたいい案を考えてきてくれたのか?」

「はい、今年は演劇がいいと思います!」

「演劇?」

「はい、去年も二年生のクラスが人気の恋愛小説の演劇を披露していましたが、とても好評だったそうです。私たちのクラスでもぜひやってみたいなと思いまして」


 ミアがにっこりと笑う。


「なるほど、そういえば毎年二年のクラスが演劇をやってたな」


 そう言いながら、レイが黒板に「演劇」と書き記す。


「他に案のある奴はいるか? なんでもいいぞ」


 レイからの声かけに、また生徒たちが話し始める。


「オレ、演技なんてできないけど……」

「でも去年の先輩たちの劇は素敵だったわ」


 そんな中、アーロンがすっと手を挙げた。クラス中の注目が集まる。


「アーロン、何か意見があったか?」

「はい、実は私も演劇がいいのではと思っていたんです。役を演じることにも興味があります」

「そうなのか。じゃあ、演劇に二票だな」


 レイが「演劇」と書いた横に二本の縦棒を書き足す。

 クラスのカーストの頂点とも言えるアーロンの演劇推しに、クラスの意見が一気に傾く。


「アーロン殿下が出演してくださるなんて最高じゃない?」

「エリアス殿下にも出ていただくのはどう?」

「想像しただけで尊すぎる……! 劇場が満員になること間違いなしね」

「演るならベストセラーの恋愛小説もいいけど、男同士のロマンスでも素晴らしいと思うわぁ……」


 あちこちから黄色い声や薔薇色の溜め息が聞こえる。

 結局、女子生徒たちの総意により、今年のクラスの出し物は演劇に決定した。


「では、提案者のミアが監督をやってくれるか?」

「はい、もちろんです! それでは、次回のホームルームまでに演目と配役の案をまとめておきます」

「助かる。じゃあ、次回に小道具やら衣装やらの係も含めて、全部決めてしまおう」


 そうして、あとは図書委員からの連絡やら寄付のお願いやら、別の話題に移ってホームルームの時間は終了した。



 その日の放課後。生徒たちが帰った後のガランとした教室で、二人の男女が向かい合っていた。


「ミア嬢、今日はありがとうございました。"堂々と触れ合える機会"って、文化祭の劇のことだったんですね」

「ふふ、アーロン殿下たちはルシンダと一緒に劇の練習ができて楽しいし、お客さんにも絶対喜んでもらえるし、一石二鳥でしょう? あ、殿下は客引きのためにも、もちろん男主人公になっていただきますのでよろしくお願いします」

「もちろん、ルシンダがヒロインになってくれるのなら。……でも、ヒロインなんて大役、ルシンダが受けてくれるでしょうか?」


 わずかに眉を寄せながら、アーロンが不安を口にする。


「まあ、その辺は策があるのでお任せください。あと、面倒なお兄さんたちからの妨害を防ぎつつ、お客さんからの注目も集められるように、ストーリーとか色々配慮しないといけないので、殿下のご希望にあまり沿えなくても我慢してくださいね」

「……仕方ないですね。たしかに、それももっともですから」

「ありがとうございます。では、ちゃんと成功させられるよう、協力して頑張りましょうね!」

「ええ、お互いに最善を尽くしましょう」


 こうして、どちらも満足そうな笑顔を浮かべながら、裏取引じみた密談を終えたのだった。


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