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25. 黒歴史の終焉


 そして翌日。

 三人揃ってお詫びの菓子折りを持ちフィールズ公爵邸へと赴くと、ユージーンと一緒にフィールズ公爵夫妻も出迎えてくれた。


「あっ、あの、昨日は本当に大変申し訳ないことを──」


 勢いよく頭を下げて謝罪するルシンダを、ユージーンが制止する。


「ルー、大丈夫だから顔を上げて」

「いえ、そんな訳には……」


 深々と下げたルシンダの頭の上から、優しく上品な声が降ってくる。


「ルシンダさん、いいのよ。どうぞお顔を上げて? 昨日のことは、むしろ私たちがあなたにお礼を言わなければならないのだから」

「そうだ。ぜひあなたにお礼を言いたい。あれほど頑なだった者を改心させるなんて、さすが聖女様だ」


 公爵夫妻が自分にお礼を……?

 改心させるとは……?


 事態が飲み込めずにきょとんとするルシンダを見て、ユージーンが微笑みながら言った。


「ルーのおかげで我が家の悩み事が一瞬にして解決したんだ。──さあ、こっちに来て挨拶しなさい」


 そう促されて姿を現したのは、天使のような見た目をした美少年だった。

 白を基調とした服がよく似合っており、どこか恥じらうように伏し目がちで頬を赤らめている姿が、とても純真で眩しく見える。


「……ルシンダ様、皆様、昨日は本当にすみませんでした」

「えっ、昨日……?」


 こんな愛らしい子に会った覚えはないけれど、と思いながら首を傾げるルシンダたちに、ユージーンがさらりと告げた。


「この子は弟のジュリアンだ」


 ジュリアン……。

 というと、彼は昨日の中二病少年の……?


「え……ええええっ!?」


 驚きのあまり叫んでしまったルシンダに、ユージーンが申し訳なさそうに謝る。


「昨日は本当にすまなかった。でも、ルーのおかげでこの通り、以前のジュリアンに戻ってくれたよ」

「わ、私のおかげ……?」


 昨日のことを思い出してみても、自分は妄想に入り込んだ挙げ句、魔術を暴走させて公爵家の綺麗な庭園を破壊しただけだ。

 こんな家族総出で礼を言われるようなことをした覚えはない。むしろ咎められて然るべきだ。


 困惑のあまり眉を寄せたまま固まっていると、ジュリアンがおずおずと口を開いた。


「あの、ルシンダ様、昨日は数々の無礼を働いて申し訳ありませんでした。……それから、ありがとうございました」

「いえ、私はお礼なんて言われることは……」

「いいえ、ルシンダ様のおかげで目が覚めました。ああいう振る舞いは、兄上やルシンダ様のような圧倒的な実力があってこそ格好いいんだって。ぼく程度の魔力では、いくら兄上のような天才を気取ってみたところで痛くて寒いだけだって……」

「そんな! ジュリ……あ、《深淵の使徒》様はとっても格好よか……」

「や、やめてくださいっ! ぼくのことは普通にジュリアンと呼んでいただけますか……?」


 ジュリアンは、なぜか顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


「分かりました。では、ジュリアン様。あなたはもう昨日の格好は止めてしまうんですか……?」

「はい、これからは本来のぼくらしくやっていこうと思います」

「そうですか……とても素敵だったのに……」


 ルシンダが残念そうに肩を落とす。


「ルシンダ様のことも、これまでずっと嫉妬してしまっていましたが、今では兄上さえ感化させてしまうほど素晴らしい力をお持ちの聖女様なんだって理解しました。ぼくも心から尊敬しています」


 昨日は陰っていたジュリアンの瞳だが、今は明るく澄みきって星のようにきらきらと輝いている。


「いつか少しでも聖女様のお力になれるように、これから勉強も鍛錬も頑張ります」


 ジュリアンがはにかみながらにっこりと笑う。


「堕天使が天使に戻ったようね」

「チューニ病は完治したようだな」


 ミアとサミュエルも安心したように、ほっと息を吐く。


「ルシンダさん、私も主人も本当に感謝しているの。困ったことがあったら必ず力になるから、いつでも頼ってちょうだいね」


 公爵夫人がルシンダの手を取ると、公爵も深くうなずいた。


「ああ、今回のジュリアンのことだけでなく、ユージーンのことでも感謝しているんだ。君のおかげで随分と雰囲気が変わった」

「いえ、そんな……。でも、そう仰ってもらえて嬉しいです」

「ぜひまた遊びに来てちょうだいね。いつでも歓迎するわ」


 こうして公爵家の問題も無事に解決したので、ルシンダたちはそれぞれ帰りの馬車へと向かう。

 エスコートしてくれたユージーンに、ルシンダが囁いた。


「お兄ちゃんが素敵な家族に恵まれて、私、嬉しいな」


 前世では、兄は両親に可愛がられていたが、優しい兄は自分一人だけが愛されることに苦しんでいたと思う。

 両親から何かを褒められたり祝われたりしたときも、兄が心からの笑顔を浮かべていたのを見たことはなかった。


 けれど、さっきユージーンが公爵や公爵夫人、ジュリアンに向けていた眼差しはとても穏やかで、ジュリアンの様子が元に戻ったことも本当に喜んでいるのが伝わった。


「よかったね、お兄ちゃん!」

「ルー……。そうだな、いい家族に恵まれたと思うよ。でも、ルーだって、僕の家族なんだからな。ずっとずっと、僕の大事な妹だ」


 ユージーンがルシンダの頭を優しく撫でる。


「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」


 大きな手から伝わるユージーンの温もりを感じながら、ルシンダは嬉しそうに微笑んだ。


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